雪山、ハサミ、魔王。記念日、音楽のテスト

ワンドロチャレンジ



雪山


ハサミ


魔王





中学校での、音楽の授業の時の話。

別に良いとか悪いとかじゃないけれど、音楽科の先生は変わった人が多いと感じる。僕ももう三年生、十五歳だ。ジェントルになる前の、尋常でミドルな生徒としては、最高年長者であり、あるいはこの時期にしか体験できない小中学校の記憶という意味では、今が最も鮮明で確実でフレッシュな事情を知っているかも知れない。

音楽の授業は好きだった。真面目な生徒はサボるから。転じて、変な人達が集まるから。

「原田くん」

出席を取る。僕の名前が呼ばれる。

「皆勤賞、おめでとう」

黒いスーツの男の先生だ。今日は七月の三十日である。

「原田くん、君に質問がある」

「何ですか改まって」

先生は僕の方を見る。

「何故、欠席しないのかね」

「先生がそれを言いますか」

「今日はみんなが恐れていたテストの日だろう」

まあ。確かにそうではあるが。

音楽のテスト、と言っても、音楽科の教科書通りの内容ではないのだ。

テストの内容とは、論述だ。真面目な生徒こそ嫌がる論述の時間。つまりそれはどういう事なのか。

「じゃあ始めます。今日は3人だけだが、どうぞよろしく」

先生が開始を告げ、そして僕ら、出席した三人の生徒は、自由席で座って耳を澄ませる。

先生がピアノを引く。僕らはそれを黙って聞く。

これは「魔王」という曲だ。昨日そう教えられ、先生の演奏を数回聞いてある。

しかし、今日は何か違う。音がズレている。音痴な魔王。そんな演奏。

演奏が終わり、先生が立ち上がって口を開く。

「さあ、テストだ。問いはたったひとつ。今演奏した曲の題名を当てよ、だ」

要するに想像力の勝負なのである。今の演奏は「魔王」に相当するか。聞いた各々の解釈を見るのである。

同じ形式のテストは、一年生の頃から行われていた。そして前回までは、この題名当ては自由回答だった。先生は全員の感性を見たかったのだろう。

しかし、あまりにもそのやり方の評判が悪かった。そのせいか分からないが、今回の題名当て、先生はこの問いを、選択式にしてきたのだ。

■基本情報■魔王という曲を、意図的に音を外して聞かされた。ではこの曲の題名とは何か。


選択肢。

一、魔王

二、雪山

三、ハサミ


さて、答えよ。

「みんなにヒントをあげよう。そこにいる原田くんは、音楽の授業を一度も欠席していない。だから彼と相談しても良いと思うよ」

……はあ。そうなの。



僕は他の二人の生徒と話をする。あの選択肢から何を選べば良いか。

まず、僕は言う。

「僕に従ってくれ」

二人の生徒は頷いた。

話は終わりだ。僕は一人で考え始める。

「おや、原田くんが先導するような形かい?」

先生は、テストの回答における、僕の独占的な行動を否定しない。

僕は暫く考えて、時計を眺めて、そして。

授業の時間が終わるまで待った。

チャイムが鳴る。

「おや、時間だ。終わってしまったね」

「先生」

不合格ですか?と僕は問う。

「いや?別に」

先生ははっきりと言わない。

「休み時間だ。退席したい者は自由にしてよし」

二人の生徒は出て行った。僕は一人、教室に残った。

「先生」

「何かね」

「僕の考えなんですけどね」

「うむ」

先生は穏やかな表情で傾聴してくれる。

「あのー、あのですね。まずドラマの舞台は雪山なんですよ。それでですね、イカ焼きってあるじゃないですか。お祭で売っているようなイカ焼き。あれがですね、喉に詰まるんです。それで、雪山で窒息したらすぐ死ぬじゃないですか。多分ですけど。それでですね、たまたまハサミがリュックにあったので、ちょっと怖いけど口の中に入れて、イカを切ったんです。そしたら何とか助かったんです」

「ふむ」

「終わりです。無理やりみっつ繋げてみました」

「とても良いね」

先生は褒めてくれた。

………………………………………………………………



そして。先生は語る。

「芸術は爆発だとかなんとかっていうだろう。あれね、私に言わせれば、芸術は「暴発」だ。だと思うのだよ」

「はい」

「つまりね、音楽や絵や物語、芸術、アート、クリエイト、そういうもの全般って、突発的に妙案が浮かんでも、その閃き、閃光のような一瞬は本人しか知覚できなくて、またそれも一瞬の事だから、本人も忘れてしまったりする。だからそういう閃きを外に出し、作品として見せようとしても、理不尽な評論、収益化の難航、そういうものが待ち受ける」

「はい」

「実際この音楽のテストだって、私はそこに芸術性を見出したかった。しかし、いざやってみたら、やれ時間が足りなくて全員回らずに不公平だ、だの、独創的過ぎて成績の評価が偏るだの、私からしてみれば困った意見が飛んできた」

でもそういうものでしょう?創作って。芸術って。その人が持っている、その時点までの最大出力をやるしか無い。そして吹雪に当たって成長するしか無い。

「君の皆勤には感謝するよ。また素晴らしいと評価もする。君くらいの歳ならば、まだまだ分からない事が多くてなかなか大口は叩けんものだろう。ましてや、不人気の末に破綻が見えている課題に向かって、めちゃくちゃななりに最後まで糸をつむごうとしたのは非常に勇気のいる行動だっただろう。さっきの、イカ焼きやらなんやらってのも、君の実体験から引っ張り出した噺だろう?」

「まあそうですね。お祭りのイカ焼きと、若干脚色と、あとまあ先生をギャフンと言わせてやろうと思って、授業時間中のボイコットの末に、天秤でみっつ全部選ぶような適当な事を言ってみました。否定はできないはず。あんな適当な話でも、先生は音楽の人だから」

「何か経験があるのかい?」

「はは、まあ――――」



「ワンドロチャレンジ……一時間創作ってのをちょこっとやってまして。今日はまあ記念の日ってことで。はい。何でもアリなら胸を張ってやってやろうと」

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