巫女、メイド、シスター。幻想の國、仕える者たち
巫女服
メイド服
ゴスロリ
魔法の國を、私は彷徨っていた。
森を抜け、山を越え、そしてようやっと宿場町に辿り着いた。
魔法の國。幻想の國。住民も様々。耳が尖っている者であるとか、獣の耳を携えた者などもいる。
故に、分からない。私はこの世界が分からない。
宿場町を暫く探って歩く。ここは、ここは――
「英国。イギリスっていう感じかな。さながら」
私はとある魔女の元で育てられた。私は魔法など使えなかったが、色々な本を読ませてもらった。
そこから知った事で、いわゆる世界というくくりの中には、沢山の國があって、國によってそれぞれの言語、文化があり、あるいはそれらは対立しうるのだと。
しかし、何だろう。この感じは。何だろう。この、混沌としているような、入り混じって、境界など曖昧で、あるいは最初からそうだったかのような。
「腹が減ったな」
私は機嫌が悪いのだろうか。そうだ、単にそれだけかも知れない。このもやもや、胸の中の不可解さも、全ては思い過ごし、深層の夢なのかも知れない。
――ん。
とある商店の前が騒がしかった。
ああ、いいな。心地好い。ホワイトノイズが愛おしい。狂った胸中を調律してくれる。私はふらふらと近付いた。
「ちょっと、いいですか」
私は野次馬に話しかけた。
「これは何の騒ぎですか」
「ん?なんだ、珍しい衣装の人だね。なんのことは無い。無銭飲食だよ」
無銭飲食?事件じゃないか。なんのことは無いだって?どういう訳だ。
「知らなきゃ教えてやるよ」
説明を聞くと、ここは飯屋で、はじめは市民が飲み会をしていたらしい。そこに、とある貴族一家が入ってきて、「みんなの分も我々が持とう。その代わり道を教えてくれないか」と声を上げた。大喜びでみんな飲み食いした。しかし、終わった後に財布が見当たらず、さてどうしたものかと話し合っているのだそうだ。
「ふむ」
間抜けな貴族だ。
どうにもならんな。ここでは食えそうにない。別の店に行くか。
その後色々歩いて回った。しかし、駄目だ駄目だ。酒臭い。私は嫌なんだ。そんな場所が。
仕方なく、なかば食う事を諦め、教会に辿り着いた。私はそこにぶしつけに入って行く。
「すみません。お尋ねしたいのだが」
私はシスターに話しかけた。
「この辺りに、菓子屋かパン屋は無いかね」
シスターは口をつぐんだ。
………………
「……いえ、失敬、なんでもない」
私は去ろうとする。
「あっ、お待ちください!」
シスターが慌てて引き留めた。
「何か?」
「あっ、いえ……」
「お困りですか?」
ん、誰だ。私は振り返る。
「――――」
メイドだ。どこの家の子だろう。
「図書館ならあちらですよ」
メイドは窓の外を見た。
――――
私は、図書館まで案内される。その間、私はつとめて話しかける。
「お使いですか?お嬢さん」
「いえ、抜け駆けですよ。お姉さん」
「抜け駆け?」
「美人の司書さんに会いに行くんです。仕事で出てきたんですけどね」
その子は、横顔ばかりを私に見せていた。
程無くして、図書館に到着した。そしてその子は、閉館という看板の斜め先に進む。
「ほらね?美しい司書さんでしょう?」
人の事では、ない。その子は回収ポストの前に立つ。
「受け入れてくれるんです。昼夜問わず。夜が怖い子にも優しいんですよ」
「へえ」
ちゃりん、がしゃん、ごとん。
その子は用事を済ませて、私をまた公道へと招く。
「ねえ、お姉さん、お姉さんは神様のお使いなんですか?」
「ああ、まあそうだね。巫女だよ。それらしい事は今はしていないけどね」
「あら、私だって今は、メイドらしい事なんてしていませんわ。面白いですね」
それだけ言って、また横顔だ。でも、目元は微かに流線を描いていた。
私は興味を引かれて、自分の話をしてみる。
「分からなく、なってしまったんだ」
「ええ。何がですか?」
「この世界はいつまで持つのかなって。幻想の國は首都も無ければ政府も無い、法も定義も習わしも、何がなんだか分からない」
私達は話しながら、また先程の教会に向かっていた。
「難しい事を考えるんですね。巫女のお姉さん。防衛線が無いから世界が壊れそうって事ですね」
「本物なのかな、この世界って」
「さて、ねえ?」
「もうすぐかい?さっきのシスターに謝ろうか」
――――
「お姉さん、私より背、高いのね」
「ん?何を今更」
「でも、腕を少し持ち上げれば、ほら」
「えっ」
頭を、撫でられた。
「ね?届くでしょう?規律とはこういう事」
これはまいった。不安な早口も見透かされていたのかな。
「得意なのかい、こういう事が」
私は誤魔化そうとする。
「ええ。いつも重い物を持ち上げていますから」
「いずれ、宴は終わるでしょう」
「そうなのかな」
「文化は文字と化して、とどのつまりは物語。周縁の光彩、確かにそれは混沌とするでしょうね」
「今、か」
教会にて語る。シスターに。
「さっきはすまなかった。そして再び邪魔をしてしまって申し訳無い。異教徒の私が」
「――いえ」
シスターは水を飲ませてくれた。全て洗ってしまおうか。
「少し、見ていっていいかい」
「是非に。どうぞ」
「へえ」
足音が響く。
「どこかであった物語を、刻み込んで、へえ、なるほどね」
私は、辞書みたいに重たいその本を、パラパラとめくってみた。
「紙の味がする」
「衣装も全員違いますね」
「ああなんだ。何か変だと思ったら。足音が整っているんだね。私と、君は」
綺麗に歩くメイドだ。
仕える者たち。これも何かの。
「乾杯しようか」
三人で地べたに座った。私の正座を二人は真似てくれた。
――戸惑って、走り続けて行き着いた、誰かが作った建物で。
――ごきげんよう。
「ところで、巫女のお姉さん」
その子は、落ち着き払って眼鏡を拭いている。
「財布をどこかに落としてしまったみたい。一緒に探してくださらない?」
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