ひまわり。ひまわり畑とヒナタ様

ひまわり






ひまわり畑で作られた迷路というイベントがあった。おおよそ日の照る田舎町で、地域の活性化の為に、この町は色々頑張っているようだった。

行ってみようと思った。僕はバックパッカーだった。留年大学生だった。つぎはぎの日々だった。

色気って言うと成人向けって変換しそうだけど、僕はそういう事が言いたいんじゃなくて、何ていうかな。有名なアニメ映画のような。神隠しに遭うかのような。そんなノスタルジアに恋焦がれた。

気が付いたら現地で歩いていた。何も考えていなかったから迷子になった。敢えて言うならば、他の観光客の気配からわざと遠ざかっていた。

綺麗なひまわりだ――

日向へと向かった。白昼夢のようだった。


「やあ」

誰かの声がした。男とも女ともつかなかった。

神様かな?僕は朦朧とそう感じた。

「楽しそうだね」

楽しいですよ。ひまわりさん。

「ひまわりさんじゃない」

あ?何?

コォーーン、と、白昼夢が千切れる感覚があった。

「やあ、おはよう」



何だ。柔らかい。何の感触だ。人か?

「ここはね。私の住処、まあ言えば神社なんだがね。もう誰も、参拝になんて来ないのだよ」

へえ。興味深いですね。ひまわりさん。

「ひまわりさんじゃない」

じゃあ、お名前は?

「ヒナタ、だ」

ヒナタ様。

僕は、ヒナタ様の膝に頭を乗せていた。

「日射病……という言葉は適さないか。熱中症は大丈夫かい?ここは涼しいから身体は冷めたと思うが」

「ふむ」

「何だね」

「神様っているんだ」

ヒナタ様はそれを聞いて複雑そうな顔をする。僕はそれに興味を持って、更に問いを投げかける。

「何の神様なんですか?」

ヒナタ様は黙っている。

「何かやましい事情がおありで?」

「いや?」

首を振って、ヒナタ様は遠くを眺めた。

「ひまわり畑が、続いているだろう」

「ええ。そうですね」

「象徴。何かの象徴として神は生まれ、そしてその対象の繁栄の為に信仰をもらって働くんだ」

つまり自分はそうではないと、ヒナタ様は言いたいようだった。

もう、名前も変わってしまった。

ひまわりさんではなくなってしまった。

独立した「ヒナタ」になってしまった。

言葉は似ている?いいや。それは言い訳じゃないかなあ。

「性別だってどっちだっていいのにね」

結局集客なんだよなあ。

神聖な信仰が築けたら幸せなものだろう。しかし、それはジレンマ。美しいものを実現する為には、まず頭数。つまり目立つ集客アクションが必要になる。

「女性である必然性も無いのにね」

ヒナタ様はやけに悲観的だった。僕は率直な感想を口にする。

「でも、あなたは「何か」から生まれた神様なんでしょう?」

「そうだな」

「ルーツが何であれ、凛として対象の発展に尽くす信仰の存在は嫌いじゃないですけどね」

「ひとつ、言い訳をしていいかい?」

ヒナタ様は僕の頭を撫でた。

「私はその昔、ひまわりの神、ひまわりの象徴、ひまわりそのものだったのだろう。その頃。本当に原初の頃、朧気にあった生まれたての意識が、自然の中の少女を夢想したんだ」

「言い訳ですね」

「白昼夢だった。先の事なんか考えていなかったね」

白昼夢。


「なら、いいのでは」

ヒナタ様は不安そうな顔をする。

「ヒナタ様。妄執から手を離そうよ。もう、そのようなものからは。そうだ、手を離そう。もういいんだ。昔の事はいい。独り立ちしよう。そうしたって、孤独にはならないから」



「――ほんと?」



――――――



「僕、大学で報告してみますよ。神隠しに遭ったって。自慢じゃないけど、有名な学校なんですよ」

「え――?」


「そうすればきっと、誰かがあなたを知るでしょう」

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