奴隷少女は幸せを噛みしめたい
揚羽焦
第1話 同居人はダークホース
巨大な円形闘技場がシンボルのとある国で、亜人の奴隷をトーナメント形式で闘わせて頂点を決めるという闘技大会が行われていた。
その盛り上がりは大層なもので、大会期間中は国中が祭りの会場になるといっても過言ではないほどだった。
この大会の魅力はなんといっても、何でもありで死んだら負けというシンプルかつ過激なルール。生き残るために必死で殺しあう亜人奴隷たちの勇姿が、観客たちを熱くさせるのだ。
ただしこのルールの弊害として、ダークホースが誕生しにくいという欠点もある。多種多様な種族が参戦する割にハンデなどがないため、どうしても戦闘に長けた種族が上位を独占してしまうのだ。
しかし今大会、遂に観客待望の大番狂わせが起きたのである。
「おいおい嘘だろ、ミノタウロス族が負けるなんて……」
「やべぇ……俺伝説見ちまったよ」
観客たちの注目を一身に浴びていたのは、狼の耳と尻尾が生えた狼系亜人の少女だった。人間と体格の変わらない彼女は精々一回戦突破が関の山だと思われていたのだが、二回戦でなんと優勝候補のミノタウロス族を破ってみせたのだ。
さらに、何度攻撃を喰らっても諦めず立ち上がり一瞬の隙を見逃さず弱点をついて逆転、というその勝ち方も人々の心を鷲掴みにした。
現時点で今大会一番の歓声、拍手が闘技場内に響く。
そんな中で、俺は足早に闘技場を後にした。帰ってやるべきことがあったのだ。
「三回戦進出祝いのごちそう、用意しとかなくちゃな」
それから半日が過ぎた夜更け。家で同居人の帰りを待っていた俺の耳に、ノックの音が届く。
「おかえり、クウカ」
「ただいま、ジン」
扉の向こうに立っていたのは、狼系亜人の少女だった。そう彼女こそ、先程割れんばかりの歓声を浴びていた亜人闘士のクウカであり、俺の同居人なのだ。
「正直、もう帰ってこないと思ってたよ」
「私もだ。帰れるとは思ってなかった」
二人で顔を見合わせて笑う。
「まあ入れよ、立っぱなしだと辛いだろ」
「ああ」
壁に手をつきながら家の中へ入っていく彼女。その姿を見て、俺は肩を貸した。全身の包帯やガーゼが痛々しい。
「こっぴどくやられたもんだな」
俺がそう呟くと、クウカは頬をムスッとさせる。
「ちょっと待て、私は勝ったんだぞ。その言い方だと負けたみたいじゃないか」
「あーはいはい、クウカの完勝だったな」
「いや、我ながら辛勝だっただろ」
「……めんどくさいなお前」
他愛もない軽口が弾む。
「そんな口利いていいのか? 私で稼いでるくせに」
「ちょっと待て、その言い方は語弊があるだろ」
クウカと同棲している理由、それは俺が彼女のサポーターだからだ。
サポーターというのは、大会に参加する亜人闘士と共に生活し、身の回りの世話をする仕事のことである。
つまり、俺はクウカに飯を作ったりすることで大会運営から給与を得ているのだ。
「そういえば、食欲あるか? 用意してるけど」
「本当か……! ある!」
クウカは椅子に腰かけ、俺に期待の眼差しを向ける。耳と尻尾が跳ねるように動いていた。
俺は数時間前に作っておいた彼女の好物たちを温め直し、食卓に並べていく。
「ほら、食えよ。俺は先に洗い物やっとくから」
「ああ! それじゃあいただきま……いや、やっぱりジンと一緒に食べる。そのほうがおいしい」
握ったフォークを置き直すクウカ。
「……気のせいだろ」
そう言いつつも、俺は食卓に腰かけた。
「「いただきます」」
結構な量の料理を彼女は次々と平らげていく。その時の緩み切った表情は、試合の時とはまるで別人のようだった。
「やっぱりうまいな、ジンの料理」
「そりゃどうも。少し前まで飯屋で働いてたからな」
結局、二人分のつもりで用意したはずの料理のほとんどがクウカの腹の中へと渡ったが、俺の胃袋は不思議と物足りなさを感じていなかった。幸せそうに食べる彼女を見ているだけで、腹が満たされていたのかもしれない。
そして今度こそ洗い物を片付けていると、背後からスースーという寝息が聞こえてきた。闘いの疲れもあって座ったまま寝てしまったらしい。
こうして見ると、耳と尻尾が生えているだけの可愛らしい女の子だ。
俺は傷口に触れぬよう慎重にクウカを抱き抱え、ベッドの上にそっと運ぶ。彼女の体重は思っていたよりずっと軽かった。
「この身体でよくあんなデカい奴に勝ったな……」
なんて感心しつつダイニングに戻る俺。
次の瞬間、再び家の扉がノックされた。叩き方からして、今度はかなり乱暴な来客のようだ。
苦い顔で扉を開ける。そこで俺を待っていたのは、ガラの悪い男とその取り巻きだった。
「ようジン、調子はどうだ」
俺の肩に手をのせ、不敵な笑みを浮かべる男。
「手短に済ませてくれ」
そう返すと、突然下腹部に強い衝撃が走る。男の足裏だった。
「借りた金も返せないクズは挨拶すらできねぇのか。こっちだってクズと長話するつもりねぇよ」
男はそう言って、小さな布袋を投げつけてくる。ジャリンと音を立てて転がったそれは、結構な額の硬貨を包んでいた。
「担当してる雑魚種族がまた勝ったらしいな。運がいいねぇノミ以下のジン君は」
基本給のほかに、クウカが勝利することで俺にも勝利給が入る。男たちはそれを寄生虫のようだと嘲笑い、家の前から立ち去って行った。
俺は扉を閉め、袋の中を確認する。やはり、今回もあらかじめ計算していた額より少ない。借金の返済分に加え、紹介料などと称して男たちが抜いていったのだろう。
まあそれに気付いたところでどうすることもできないので、俺はため息をひとつだけついて考えるのをやめた。
「ふぁあ……。ジン、どうしたんだ……?」
「ああ悪い、起こしちゃったか」
眠そうに目をこするクウカ。彼女はフラフラと歩いてきて俺の手を握った。
「手、温かいな。まだ眠いんだろ?」
「うん、でも着替えないと……。手伝ってくれるか?」
ベッドに腰かけたクウカが両手を広げる。俺はシャツのボタンを上から順に外していき、袖を片方ずつそっと引いた。
「……んっ」
「悪い、傷口に当たったか?」
「大丈夫、このくらい平気だ」
今日負った怪我から古い怪我まで、傷だらけの上半身。彼女が辿ってきた過酷な生を物語っているようだ。
亜人の奴隷という最下層の身分。普段はそれを感じさせないが、数えきれないほどの苦しみや悲しみを経験してきたのだろう。
それこそ、両親が借金を残して死亡、なんて俺の不幸話がかすんでしまうほどに。
「よし、終わったぞ」
「ふぁあ……あいあとう……」
クウカがベッドに倒れこむ。よほど消耗していたらしい。
その姿をしばらく眺めてから、部屋を出る。
自室に入って椅子に座ると、心身の疲れがどっと押し寄せてきた。
「はぁ……本当に、本当に良かった。生きて帰ってきてくれて」
俺はいつの間にか流れていた一滴の涙を拭い、今日という一日を終えた。
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