第44話 お姉ちゃんは若頭です。

「え、えっと……あなたは……」


「くくっ、ひとまず、座られたらどう?」


「あっ、そうですね……」


 俺は尻尾でも生えてそうな小悪魔っぽい笑みを浮かべた少女の言う通りに、置かれている座布団に腰を下ろした。


 それに続き、三矢と如月さんも腰を下ろす。フレアさんはまるでSPのように如月さんの近くに佇んでいる。


 座った場所は東村家の人たちの正面で3メートルほど離れていて、真ん中に座る少女の前に如月さん、右手に座るあかりちゃんの前に俺、初老の男性の前に三矢だ。


「がるるるる。お兄さんの浮気相手……」


「…………だから違うって」


 俺はめちゃくちゃ威嚇している三矢をなだめながら、動揺を無理やり抑える。


 困惑しまくる俺に対して少女はにこにこと笑みを浮かべている。その幼い年齢にゴスロリという服のせいか、一周回って可愛さよりも、謎の威圧感がある。


 少女は俺の言葉に小さく頷く。


「ああ……ごめんなさい。私は――」


「ちょ、ちょっと! 『カシラ』!! 私の可愛い、可愛い弟である雪城さんが婚約者ってどういうこと!? 雪城さんの婚約者は雪城ちゃんと飯田ちゃんだよ!」


「そうだ! そうだ! 芽以ちゃんとか言う1人余計なのがいる気がするけど、あかりちゃん、もっと言ってやってよ!」


 少女が名乗ろうとした時、やっと思考が追い付いたのか、今まで唖然としていたあかりちゃんがキッと少女をにらみつける。


 それに対して、初老の男性があかりちゃんの方にゆっくりと向くと、鋭い眼光でにらみつける。


「あかり、やめなさい。大事な客人の前だ。我が誇り高き東村の尊厳を汚す気か? けじめを取るか?」


 す、すごい迫力だ……もう、ドラマで見るヤクザの親分にしか見えない……ドスノ利いた声に目力、そしてそのっ物騒な雰囲気……ほ、本物だ。


 とか、思っていたのだが……。あかりちゃんが前髪をかき分けて、男性をにらみつける。


「ああん? 黙れやクソ親父。何が誇り高き東村だ。とっくに廃れてゾンビのような家だろうが。そんなくだらないことに私の可愛い弟を巻き込むんじゃ――」


「……あ、あかりちゃん?」


 いや、この人が一番怖いわ。

 お、俺のために怒ってくれるのはわかるから、嬉しいわ嬉しいんだが……普段おっとり美人なのでそのギャップが強い。


 あ、ああ、でっも、今『きゃああ! しまったぁぁぁぁ!!』みたいな顔でこっちを見ているのは可愛いかもしれない。


「おほん、カシラ……それに如月さん、初めからそのつもりだったんですか?」


 あかりちゃんが如月さんをにらみつけるが、如月さんは小さくため息を吐きながら、横に大きく首を振る。


「確かにあなた方の若頭様が翔さんといい関係になりたいというのは知っていたわ。それで『取引』を持ち掛けられたわけだし。でも、わたくしは翔さんを『無関係』にするためにここに呼んだのよ。まあ、東村家の稀代の若頭様は違う思惑があるようだけどね……話が違うんじゃないかしら? 『その話』は翔さんにはしない契約で、翔さんの顔を見れれば満足するのではなかった?」


 如月さんが少女を疲れたような視線を送るが、少女はそれを感情の入っていない業務用の笑顔で受け流す。


「くくく、まあ、あなた方『如月』を利用したのは謝罪しますが……あなたにとってはこの状況も想定内でしょ?」


「…………はぁ。想定内だけど、起きては欲しくはなかったわね。わたくし、既婚者に女を紹介したみたいじゃない」


「ああ……まずは自己紹介よね。そうよね……」


 如月さんがため息を吐くと同時に、少女は俺は俺の方に向き直る。その顔は営業用の感情の読めない笑顔ではなく、再びひまわりの様に綺麗で、嬉しそうな笑顔で、口調もさきほどよりもくだけていて、敬語も抜けている。


「くくっ、私は東村組の若頭の『南坂 杏珠(みなみざか あんじゅ)』。そしてもう1つの顔が……数持ち、ナンバー2『血刀』と言われる『傭兵』の1人よ。『呪われた血』を持つ者同士、仲良くしましょう。くくっ」


「…………よ、よろしく」


 あ、あれぇ。この人も芽以さんと一緒の中二病の人? 漫画みたいな設定だよ? だ、だけど……芽以さんと違って冗談を言っている感じがまったくしないし、あかりちゃんと老人が重々しい空気なのが……変にリアリティを出してるんだけど……。


「浮気か……浮気だね……また浮気だね……あーあ、浮気だね」


 お前は持ちネタやめろ。

 明らかに不倫よりも邪悪なことに巻き込まれようとしてるだろ……これ。

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