第35話 心が……壊れそうです。

   ◇◇◇


 それから数分後――。

 ひとまず玄関先で話しているのもなんなので、とりあえず家に入ってもらって、リビングで座ってもらったのだが……。


「ジトォォォォォォぉぉぉぉ………………」


 な、なんか誤解されたままで、凄まじい敵意を向けられている……どうしよう……い、いや、実際俺はどういう顔をすればいいんだ。


 前に泊まった時はいきなり来た驚きもあって、深く考える余裕がなかったのだが……これって結構な状況じゃね?


 JKが許嫁って俺どんだけ恵まれてるんだよ……まあ、俺が既に法的には結婚してるのが大問題なわけだが…。


「…………」


 あ、あと、芽以さんの気持ちがいまいちわからん……何で俺のことが好きなんだろうか……いや、ありがたい話なんだけど……。


 芽衣さんはこう見えてもあのオカマ店長の娘とは思えなぐらい美人だ。高身長モデルとかやってても違和感ない。


 そして性格も真面目で少し? 自分勝手なところもあるが根は優しい気がするし、学校ではさぞモテているだろう。


 そんな人がたいして取り柄もない俺なんかを……という気持ちが強い。


「……何ジロジロ見てるのよ」


「えっ? あ、あのー、い、いえ、美人だなぁっと」


 急に話しかけられたことにびっくりして、つい考えていたことが口に出てしまった。

 すると、芽依さんは一瞬ピクッと身体を震わせて、不機嫌そうな顔を見せるが微妙に口角が上がっている気がする。


「ふ、ふん、美人ってよくもまぁ歯の浮く台詞を惜しげもなく、言えるものね。まったく、あんたは……ハデスでも太陽の光を受けるのを避けるっていうのに、恐れ多いわね」


「……は、はい」


 ど、どういうことだろう。まったく意味がわからん。


「ふふふ、二人とも仲良しでいいなぁ」


 そしてぽわぽわしてるこの人も問題だよな…いや、いつも通り飯を持ってきてくれたのだから、感謝しかないのだが……。


「それでこの人は?」


「えっと……」


「雪城さんと雪城ちゃんのお姉ちゃんです♪」


「そ、そう、そうなのね……ふーん」


 あっ、芽衣さんが折れた……ま、まあ、あかりちゃんの言葉には謎の納得感があるからな……冷静に考えるとものすごく頭がおかしい気がするけど……。


「ふ、ふん、姉ね。私は雪城翔の許嫁だから、いいけど――」


「待って」


 芽衣さんがたじろきながら、そう口にするとあかりちゃんが笑顔ながらも鋭い口調で口をはさむ。


 あっ……あかりちゃんには芽衣さんのこと三矢の友達って言ってるんだった……


「雪城さん、今の話は本当ですか……? 雪城さん、雪城ちゃんと結婚してますよね? まさかとは思いますけど……ただれた関係じゃないですよね? ふふふ」


「…………」


 笑顔なのに目は笑っておらず、声が低いあかりちゃんが怖い……。


「そ、そうよ。翔さんは私の婚約者だもん!」


 ちょっと黙ってもらえませんか!?


「ふふっ、これはお姉ちゃんとして詳しくお話をお聞きする必要がありそうですね……」


「……………」


 なぜいつもこうなる……ああ、胃が痛い……。


「さて、雪城さん、飯田ちゃん、真面目にお話をしましょう……」


「はい……」


「えっ? な、何で、わ、私、正座させられてるの? 邪悪なる鎖でも縛れない私の存在がまさかの聖なる発芽を前にして無力だというの? いえ、そんなはずわないわ! どんなに聖なる鎖も――」


「飯田ちゃん、うるさい」


「……はい」


 立ち上がった芽衣さんだが、素直に正座をし直す。な、なんかすんません……巻き込んだみたいになった……うん? でも、芽以さんもあかりちゃんも俺が呼んだわけではなく、勝手に来たわけだ。


 それなら理不尽に怒られるのは人間の尊厳を犯した非人道的な行為なのではないか? それは間違っている! 間違っていることだ!


 どうどうと胸を張って言えばいいんだ。俺は間違ってないと――。


「俺は――間違ってない!!」


「腹立つので寝言は寝て言ってもらっていいですか? 落とし前付けますよ?」


「……はい」


 こわっ……。

 ドスが利いて、笑顔に中に黒く濁ったものがある気がする……。


 えっ? こ、この人普通の居酒屋勤めのお姉さんだよな……俺がいままで会ってきた人の中でもトップクラスにおっかないんだけど……。


「それで、雪城さん、どういうことなんですか? 2人も可愛い子を侍らせているんですか? 仁義に反したことをしたのですか?」


「……い、いや、仁義って、別に……」


「うぅ、お姉ちゃんは雪城さんをそんな子に育てた覚えはないのに……うぅ、何で、こうなってしまったんでしょうか」


「えっと、別に俺はあかりちゃんに育てられた覚えなんて……そもそも、あかりちゃんと出会ったのは去年で……」


「雪城さん、少し黙って貰えますか?」


「はい……」


 言いたいこともいないこんな世の中なんて……ぽいずん。


 そして、この凍り付くような空気の中、芽以さんは何故か得意げに胸を張る。な、なんでこの場面で得意げにできるかは謎だ……言っちゃ悪いがこの人も頭が相当残念なのではないだろうか……


「ふん、この男は私の大切なものを奪って行ったわ。私はこの男に心を強奪されたの。それはまさに心のレイプよ!!!」


「…………雪城さん?」


「待って、待って、待って!? えっ? えっ? な、何? 人聞きが悪すぎる!」


「…………雪城さん? 合意なく襲ったの? ふふふっ、エンコものだよ? けじめつける?」


 恐い恐い恐い恐い!!

 えっ? どういうこと?


「雪城翔! ふふん、この女に言ってやりなさい! 私の心を犯した永遠のストーリーを!」


「ふふふふふふっ、雪城さん?」


「いやそんなの……僕にも覚えがありません……」


 と、とにかく事情を説明しよう。もう、言訳とかごまかしとか一切なしに説明しよう。この人だけは誤解させたままだと……俺の心が壊れそう……。

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