第29話 これはディナーと美女の物語です。

 それから俺たちは奥にあるカーテンで仕切られている4人掛けの半個室に案内された。いつも入り口近くのカウンターか、2人席だから初めてだ。

 というか……この席厨房と直結になってて、普段は使ってない場所じゃなかったっけ?


『はーい、ふふっ、新作をたくさん用意しました♪』


「…………」


「…………」


 そんないつもとは違う場所で4人掛けテーブルいっぱいに並べられた料理を見て俺と三矢は顔を見合わせる。


 カニチャーハンにローストビーフ、何故か茹でガニや盛り合わせや、サザエの煮つけ、ローストチキンとか、激安居酒屋に似つかわしくないメニューまである。


 あかりちゃんが次の料理を取りに厨房に向かうと、三矢が見苦しく取り乱す。


「お、お、お、お兄さん、本当に食べてもいいのかな? い、いいのかな? そうなのかな!?」


「ふっ、落ちつけ凡人。どんな時でも取り乱すな。人間とは余裕を持つことにより、次のステージに行くことができる。こういう時は心の海原に従うんだ。割り箸を割って料理と心で向かいあうんだ。食材の声を聞いて真摯に――」


「……………お兄さん、割り箸逆ですよ?」


「ふっ……この俺が動揺しているとでも?」


「はいはい、素直にいきなりのことで動揺して、どうしたらいいかわかんなーいって言えばいいのにぃ」


「ばっきゃろい!!!!」


「えっ!? ガチギレ!? なんで!?」


 俺も知らん。


「いや、動揺してても心は平静だ。波の様にゴッドウェーブでデンジャラスなんだ」


 俺が自分でもよくわからないことを演説していると、あかりちゃんが北京ダックを持ってきた。

 えっ? ま、まだ追加されるの?


「ふふっ、仲よくていいですね」


「あかりちゃん~~~、お兄さんがめんどくさいよぉ」


「はっ? めんどくさいとは何だよ。俺はこの世の真理と神に……って、今はそんなことはどうでもいい……」


「どうでもいいの? さっきまで私は何のためによくわからないご高説を聞かされてたの!? あれはもう精神テロだよ?」


 うっせえ。少し精神が上振れちゃっただけだ。

 それよりも……。


「あ、あかりちゃん? まだ料理来るの?」


「えっ? もうお腹いっぱいですか? まだ佐賀牛のフィレステーキとかビーフストロガノフとかきますけど……あっ、食べきれなかったら私が家まで持って行きます!」


「…………」


「…………」


 俺と……さっきまで騒いでいたはずの三矢は黙る。

 えっ……何? この王様みたいな好待遇。まだ出てくるの? こうなると貧乏性の俺たちとしては嬉しいのではなく、恐くなってくる。


 何なら、さっきの現実逃避の続きをしたくなってくる。


「えっと……激安居酒屋って佐賀牛とか取り扱ってるんですか?」


「いえ、流石に……うち290円統一の居酒屋ですし……でも、今日は試食会ですから!」


 いや290円統一の居酒屋の試食会で佐賀牛はもはや狂気だろ。目的がまったくわからん……。


「ふふっ、今日は『スポンサー』もいるので、いつもの試食会よりも豪華になっているんです。ふふっ、お2人のことを話したら、最高級の食材を取ることを許してくれたんです♪」


「スポンサー?」


 俺と三矢は首をかしげて、互いに視線を合わせる。なんだろう……どことなく、面倒ごとの匂いがする。


 すると、部屋に1人の美女が入ってくる。


『ふふっ、遠慮しなくてもいいわよ? たんと食べなさいな』


 その人物は今朝大学の前で会った美人『如月望』だ。


「えっ……、何でここに?」


「ふふふっ」


 如月さんは俺の質問には答えずに、楽しそうに笑っている。まるでドッキリを仕掛けて喜んでいるようだ……。


 そして、いち早くこの状況を飲み込んだのか、三矢が真剣な表情で俺を見て――。


「お兄さん、『また』浮気?」


「…………」


 お前そればっかだな……。

 俺も知らねぇよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る