第23話 ホテルまで来て何もしないんですか。

 人間……売り言葉に買い言葉というのが一番よくない。この時、人間は一種の興奮状態なわけで、平常時のまともな思考などない。

 一言で言えば狂っている状態だ。人間という知性のある生物でありながら、そのあり方は獣に近い。


『相手に負けたくない』という謎の熱き想い、『絶対に負けられない勝負がここにある』という勘違い。摩訶不思議……まさにこの言葉が相応しい。


「…………」


「…………」


 そう、俺たちはノリでこの世の全てが解決すると思っていたのだ――。様々なミラクルが重なり……俺たちは『ホテル』に来ていた。


「…………」


「…………」


 最後の予防線でもろその手のラブホテルではない……部屋は普通のビジネスホテルだ。


 ダブルベッドが部屋の半分を占めており、風呂とトイレは別だ。しかし、どことなく、システムが怪しかった。ご休憩3000円とか書いてあったし……。


 そのせいかここに来る前まではーー。


『くすっ? ざーこ、ざーこ、ざーこなお兄さんは、私とホテルに入る勇気なんてミジンコほどもないかぁ。あーあー、童貞のお兄さんには難しい話かねぇ』


『ああん、ホテルぐらいなんとねぇよ。大人な俺が動揺するとでも? はぁ、これだからガキは嫌いなんだ。ホテルぐらいでギャーギャーとみっともない』


『はぁぁ。こっちはお兄さんにレベルを合わせて会話してあげてるの気がついてない? ふ、ふん、私みたいな大人レディがラブホぐらいで動揺するとでも?』


 とか、2人ともイキっていたのにいざ部屋に入ると……。


「………………」


「………………」


 無言でソワソワしている。

 ホテルの入る前の勢いは何処にもない……ただのチキンが2人いる。


 そして……重い沈黙に耐えかねたのか、三矢がそっぽを向いてどこか不機嫌そうに一言――。


「噴水がないね……というか、ここってラブホ? 普通のホテルじゃないの? あーあ、そんなに緊張しちゃって、情けない」


「お前に言われたくねぇよ! 小鹿みたいに震えてるじゃねぁか!」


「こ、これは、武者震いだもん! お兄さんがどんな恐るべき性癖を隠してるか、恐怖してるだけだもん! あ、アブノーマルなものはいいけど、できれば痛いのは嫌だなぁ」


「お前! いい加減思考の暴走を辞めろ! 俺はそんな気持ちは――」


「ふーん、ここまで連れてきて、何もしないんだねぇ。ふーん……無理やり連れ込まれたって、スマホの番号を適当に110って押して話しちゃおうかな……」


「…………」


 やっべっ、クソ詰んでるこの状況。


 俺がもう、警察に捕まるか、いっそのこと人間としての尊厳を捨てて性欲に身を任せるか本気で悩んでいると……


 三矢ががっかりしたように肩を落とす。


「はぁぁぁぁ、ここまでお膳立てしてるのに、手を出さないとか……童貞の貞操概念の強さって半端ないね……もう一周まわって可哀そう」


「すみません、本気で同情するのはやめてもらえますか……心が折れそうです……」


「……まあ、私も心折れそうなんだけどね……うぅ、ここで覆いかぶされない自分が憎い。メスガキになりきれてない……」


「め、メスガキ?」


 こいつちょくちょくその言葉言うけど、今JKの中で流行ってるの?


「…………よし」


 三矢は何かを決心したようにうなづくと。

 俺のすぐ前まで歩いてくる。もうお互いの距離は数センチ。何かの拍子で、三矢の大きな胸が俺にふれそうだ。


「み、三矢……?」


「えい」


「わあああっ!」


 三矢は俺の胸を強めに押す、俺はたまらず背後のベットに倒れ込む。

 すると……三矢は寝転がった俺の頭のそばに両手をつき、覆いかぶさる。


 その顔は緊張と笑顔が入り混じっていて、胸元からは青い下着と大きな谷間が見える。


「えへ、襲っちゃった♪ も、もうここまでしたら、最後までやってもいいよね?」


「……………………」


 三矢様がご乱心だあああああああああああああああああ!!!!

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