第21話 貯金はきちんとしましょう。

   ◇◇◇


 それから十数分後――。

 俺と三矢はファミレスで食事を済ませて、近所の公園に来ていた。8千万の金の入った通帳を押し付けられるという、軽い? ハプニングはあったが……。


 真っ青な青空、4月の穏やかで春の陽気が気持ち良い気候、公園で遊ぶ小さい子供にそれを見守る親御さんと、昼休みなのかスーツ姿でベンチで寝ているおっさん、そして車で小さいお店を出しているクレープ屋さん。


 平和だ……。


「……よし、三矢。クレープでも食うか! 今日はなんでも買ってやるぞ! ストロベリーか? チョコか? 俺的にはチョコマシマシのブラックオメガスーパーマウンテン盛りがお勧めだな。そうだ仲良く半分こにしようぜ!」


「お兄さん……現実逃避しても何にもならないよ? 人間は前を見て、しっかり足を進めて、生きていかないと……」


「おう、うっさい」


 お前にだけは正論を説かれるのは納得がいかない。


「い、いやだなぁ、お兄さん、軽い冗談じゃん♪ 今日のことはサクッと流してくれよねぇ~~。あっ、それとクレープは食べる」


「いやいや、8千万を軽く流せるほど俺は大金持ちじゃねぇよ!」


 まったく、頭が痛い……なんでこいつはこんなノリが軽いんだよ。ノリがいい人は嫌いじゃないけど、時と場合を選んで欲しい……。


「あれはおじさん、お前の両親の遺産か…?」


 1ヶ月前に亡くなった三矢の両親が三矢に残したもの……高校生であった三矢があれを持っている理由はそれしか考えられない。


「うん……税金とか私はあんまり詳しくないんだけど、正式な手続きをすれば私のものになると思う……」


「よく、あのがめつい親戚連中に取り上げられなかったな」


 俺たちの親戚はクズだ。事故死で両親を失った俺への扱いは最悪で、両親が残した金は勿論、土地なども含めて全ての財産を法的にグレーなことを行い奪われ、俺は施設に入れられた。


 そして……それは成人した今でも『一部』を除いて取り戻せていない。


 その話を知ってるのか、三矢は肩をすくめながら答える。


「そう、お兄さんのことがあったからパパも警戒して、自分にもしものことがあったら、私に資産が渡るように手続きをしてくれてたんだ……」


 三矢は暖かな笑顔を見せる。それは両親との絆が見て取れるようだった……。


「そうか……ん? でも、なんでそれなら、俺にその資産を渡すんだ? お前が持ってるべきだろ?」


「くすっ、お兄さんはざーこざーこだねぇ~。お兄さんに渡すに決まっるじゃん、だって、これは『夫婦』の『共有財産』なんだからねぇ。くすくすっ、あのお金はお兄さんの好きにしていいんだよ? 私の身体と一緒に……」


「…………」


 な、なんだろう……どんどん外堀を固められているような……。いや……別に嫌じゃないんだけど……伊達に童貞を貫いているわけではないしいな。


 でも、こいつはそれでいいんだろうか? 大切な親の遺産だろうし、俺なんかと結婚して……。


「むっ、お兄さんが見当違いなことを考えてるねぇ~~? もう、そんな細かいことを考えてないで、ずばっと全部貰っておけばいいんじゃない? 私と大金が一気に手に入るんだから、宝くじが当たる並みの幸福じゃない?」


「はぁ、そんな簡単な話じゃねぇだろ。特に金の方はおじさんがお前に残した金なんだから」


「それを言ったら、私を引き取る際に結構お金使ったでしょ? ふふーん、三矢さんはお見通しですよ?」


「うぅ」


 こいつには隠してたんだけど……バレてたか。まあ、あのクソ親族共が、無償で俺の提案を受けるとは思わないわなわ。


 平気な顔で下種な政略結婚とかやってる連中だし。


「と・に・か・く! 通帳はお兄さんが預かってて! 暗唱番号は私の誕生日の235日後の日付だからね!」


 三矢は俺に通帳を押し付ける。


「こ、これ渡したら、お前金ないだろ?」


「くすっ♪ 私の当面の生活費は抜いてあるから~今私そこそこお金持ちだよ? なんなら、ファミレスは奢ってもらったし、クレープは私が奢ってあげるね! まっかせて~、私、ざーこざーこなお兄さんの好みは把握してるから!」


「お、おい……」


 俺が止める間もなく、三矢はクレープ屋にかけていった。

 まったく……この通帳どうしろって言うんだよ……ま、流石に好き勝手に使う気にはならないし、俺が保管しておくか……。


「それにしても……普通こんなものぽんと渡すか? ……信用されてるのかね」


 口元が自然とほころぶ。

 俺は……金を渡された事実よりも、通帳を俺に預けた三矢の信用を嬉しく感じた。

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