第14話 修羅場とは急にやってくるものなのです。

 現実逃避しても現実は変わらない……ああ、まずは落ち着こう。ピンチの時こそ冷静に物事を見極めて正解を手繰り寄せなくてはならない。


 この状況で冷静に対応とする俺の強靭な精神力を誰か褒めて欲しい……最も――。


「この泥棒猫。地獄の火炎のおぞましい憤怒の心も、モスラとなって羽ばたくことができるか試してみる? それともぬるま湯でゆっくりとなだらかに死ぬ方がいい?」


「ああん? 日本語でお願いできる~~? くすくす、人様の『愛の巣』にやってきて随分な物言いだねぇ~。ふーん、これ浮気? 浮気相手がきたのかねぇ~? くすくす、わーい修羅場だねぇ~」


「…………………」


 この空間では誰も褒めてはくれなそうだけど……。

 俺って褒められて伸びるタイプなんだけどなぁ。それをここで主張しても怒られるだけっぽいし、と、とにかく1つ1つ問題を解決していこう。


「おい、三矢、とにかく服を着ろ」


 まずはこの裸族をどうにかするところからだ。

 そう考えたのだが……何故か、芽以さんに向けていた攻撃的な視線とは打って変わり、ニマニマとからかうような視線を俺に向けてくる。


「えっ? いいの~? お兄さんの大好きな裸だよ? おっぱいだよ? この機会にもっと見ておいた方がいいんじゃないかねぇ~? くすくす」


 チラッと芽以さんに挑発的な視線を送る三矢……芽以さんはむっとしながら、その視線を見つめ返し……俺に不満気な視線を送ってくる。


「雪城翔、あんたには失望したわ。大好きな裸? おっぱい? あんたは万年発情期の雌猫なの? ふん、欲望に身を任せる人生は、さぞ、楽しそうね」


 どこかいじけたような物言いに、少し罪悪感を持つ……あ、あれ? お、俺が悪いの? どっからどう考えてもおかしいのはこのクソガキだろ。


 それと美少女の裸が嫌いな男はいない。


「おい、三矢、本気で服を着ろ。着ないと……」


「着ないと?」


「俺今すぐ仕事中のあかりちゃんに告白してくるわ」


「…………!!!!! わ、私、すぐに着替えてきます!!」


 慌てて風呂場の扉を閉める三矢。


 ふっふっふ、昼の一件で三矢があかりちゃんに謎の対抗意識をもやしてるのはわかったからな。

 まあ……あかりちゃんに告白してフラれて傷つくのは俺な気がするけど、そこは気にしない。


 まあ、しいて問題を上げるとすると。


「あかり、あかり、あかり……あかりね。あんた、どれだけ不貞を働けば満足するの? ネットのコメンテーター気取りの神たちなら二度と立ち直れないほどにズタボロに書かれているわよ? ゴミを煮詰めて、さらには500年封印したヘドロのような男ね」


「……………」


 ゴミを見る目の芽以さんだ……一難去ってまた一難とはまさにこのこと。違うか……一難さっても、7難ぐらいあるか。

 俺の人生ハードモード過ぎないか?


 ピピピピピピピピピ。


 その時、俺のスマホが着信を知らせる。その音を聞くと芽衣さんの肩はピクっと震えて、どこかバツの悪そうな顔をする。

 さっきまでの強気な態度とは裏腹に悪いことをして、それを隠そうとする子供のような反応だ。


 その理由はすぐにわかる。着信の相手は芽以さん父親である社長だ。


「な、何よ……出なさいよ」


「あ、ああ」


 俺は電話に出る。すると、少し慌てて心配そうな声が聞こえる。


『雪城くん? 夜遅くに変なこと聞いて悪いんだけど……家のバカ娘、そっちに行ってなぁい?」


「えっと……」


 俺はどう返答したらいいか、悩んでいると……


「はぁ、私に気を遣わなくていいわ……悪いのは私よ。天界でも許されない那由多の影を堕とす罪を犯したのだから……」


「…………は、はい。なんで黄昏てるかはわからないけど」


『そ、その声!! ああ……よかった、雪城きゅんの家にいるのね……はぁ、まったくもう、心配かけて、バカ娘ねぇ』


「ご、ごめんなさい……」


 社長の声が大きいので、受話器から聞こえたのか、芽以さんがしゅんとした声で謝る。


『もう、謝るのはあたしにじゃないでしょ? まったく、電話で雪城きゅんの話をしたら電話を切って、連絡が取れなくなるんだもん。はぁ、心配したわよ? ストレスでお肌が荒れたらあんたのせいよ……そうそう、雪城きゅん、芽以は好きにやっちゃっていいから?』


「えっ……? や、やっちぁ? え?」


『うふふふ、ウブでかわいいわ。セックスよ! セックス』


「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 このオカマ何言ってるの!? 何で『台所のカップ麺食っていいから』みたいなテンションでそんなこと言うの!?


『女がこんな時間に男の家に行くんだからそれぐらいは当然でしょ? ああ、あんたの『娘』ちゃんの反感を買うようなら、タクシーに詰め込んでちょうだい』


「ちょ、ちょっと、どこまで本気なんですか!?」


『うふふふ、やっていいのは本当よ。あっ、従業員が呼んでるわ。悪いけど芽以のことお願いね。この借りは必ず返すわ。はーい、今行くわよ~~!!』


 そう言ってオカマは電話を切った。

 えっ? どうするのこの状況。


「…………」


「…………」


 芽以と目が合う。社長の話が聞こえていたのか、顔は赤く、もじもじしている。そのしぐさが妙に色っぽい。


「なによ……やりたきゃやりなさいよ」


「…………で、できるわけないでしょ。三矢も同じ家にいるんですよ……ま、まあ、三矢の許可が下りるなら、考えもなく――」


「そ、そうなの!? 私、許可取ってくるわ!! 雪城三矢!!! 私と漆黒で深淵の神の名を汚す、紅蓮の取引をしましょう!!」


 そう言って芽以さんは踵を返して風呂場に飛び込んでいった。風呂場からは三矢の『え、えっ!? な、何、強姦魔!?』という、悲鳴が聞こえて来た。


 ちなみに……この後、事情を聞いた三矢に2人そろってめっちゃ怒られた。

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