第8話


「ええ、近藤先生もウナギが好きだったから、喜んでくれましたよね」


ヤツメウナギをかじりながら、沖田が言った。


結局、近藤さんの話題になるか。

「そうだったな。

近藤さんは、ウナギが好きだったよな」


そう言って土方は、タレをめ取った串を庭に投げ捨てた。


「前に話したかもしれないが、俺の親父は、労咳ろうがいで死んだんだ。

俺が生まれる頃でな。

大変な飢饉ききんで、誰も彼も、ろくに食えない時代だったそうだ。

その頃に、滋養じようのある物をたくさん食ってたらな、俺の親父も死なずに済んだかもしれんなあ」


沖田は、庭に咲いた花をながめながら聞いていた。


「百万人以上も死んだ飢饉だったそうですね。

当然、私は、直接は知らないんですが、子供の頃に、周りの大人達から聞かされましたよ。腹いっぱい食えるのは、とっても幸せだって」


安政あんせい大飢饉だいききんだ。

日本から見て地球の裏側、南米ニカラグアのコシグイナ火山の大噴火によって、地表に届く太陽光が弱まったのが原因とも云われる。

当時、火山灰で空がさえぎられ、太陽が赤くなっていたという記録もある。

その約十年後に発表された、エドヴァルド・ムンク代表作の絵画「叫び」の背景に描かれた、不吉なオレンジ色の空が、その時代の空の色を表していると云う。


「まあ、今は腹いっぱい食えるしな。

お前の主治医の松本良順まつもとりょうじゅんって蘭方医らんぽういは、評判の名医だそうじゃないか。

ゆっくり休め。治ったら、存分に働いてもらうからな」


また、土方の気休めだ。

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