第5話 エスプレッソに砂糖を入れて
前回のあらすじ。
サラマンダーが尻尾を切った。
今回は、とあるカフェのお話。
すぐに次の職を探し、カフェの求人を見つけました。なんでも、現地の農場と直接契約していて、良い豆が手に入るとか。エスプレッソ系のドリンクやフード作りの研修を受けて、晴れて社員になれました。
所謂フランチャイズ店で、本社とは別にオーナーさんがいました。初対面の印象はにこやかなご年配の男性でした。
研修中にご挨拶を済ませていたので、次に会ったのは実際に働く店舗にて。都内、山手線の最寄りを降りて徒歩20分くらいのかなり古いオフィスビルの地下でした。
「○さん(本社社員)、ここは……」
「常くん、皆まで言うな。僕は虎ノ門を推したさ。でも賃貸料が安いのと土地に愛着があるのとでここに決まった」
目の前に暗い食料品販売所。
同じ階のごく近くに、競合となる喫茶店。
飲食店街のあるこの地下の客層は高く、50から70代と見受けられました。オフィスの若い層は地下にあまり降りてこない印象です。エスプレッソベースのドリンク、売れるのか!?
「大丈夫だよ常さん! 大船に乗った気でいなさい! ほら飴でも舐めてー!」
「オーナー、ありがとうございます」
背中に伝う汗。
本店、支店ともに面接前に視察済みでしたが、立地が良かった。通り沿いだったり劇場の側だったり、お客様を掴める場所だったように思います。
「宣伝頑張ってみます」
「おー、その意気だよ常くん」
その後、一階に宣伝うつ許可を得てポスター貼ったり、チラシ配りを行ったりしました。チラシのついでに、珈琲3杯分くらい飲めるポイントの入ったカードが本社からきたのでそれも配り、しかし、やっぱりお客様はイマイチ増えない。
味は悪くないけれど、近くの喫茶店と比べると割高に感じてしまいます。おまけに喫茶店の方がソファーがあったり席が区切られたりしていて居心地が良かった(行ってみた)。
そしてトラブルが発生します。
「常さーん、ポイントカード無効です!」
「えっ! あれ、これ本社からきたやつだね。問い合わせる……お客様、お待たせしてすみません今確認取りますので」
「常さん、こっちもです!」
「ええっ!? 変だね、昨日まで使えてたのに! 本社からのポイントカード一時受付なくして」
慌ててバックヤードで本社に問い合わせました。
「○さん、こないだのポイントカードなんですが」
「あー! 常くんゴメンね! あれ2週間の期限付きなの言うの忘れてたよ。ははっ、ゴメンゴメン」
「…………ッ! ………………ッ!!!! どうすれば?」
「謝っといて」
てへっという擬音が付きそうな口調で本社社員さんは言うと、電話を切りました。謝り倒してその日は終わりました。報連相大事。
売り上げが上がらない為、閉店後、時々オーナーと本社社員さんと会議をしました。
オーナーさんはあまり元気がありません。私もバイトを増やせない分働いているので元気はありません。
「常さん飴舐めるかい?」
「いえ、大丈夫です……それは?」
「お腹すいたろ、沢山持ってきたから食べなさい。僕も食べるから、珈琲一杯淹れてくれる?」
私は丁寧にエスプレッソを淹れました。
とろりとデミタスカップに落ちる様を見てももう感動はありませんでした。きちんとクレマが珈琲の表面を覆っているのを確認し、オーナーに渡しました。
「スプライトと、コーラと、ファンタと、ガラナどれが良いかな? お菓子も沢山あるから食べなさい」
「じゃあ、ガラナいただきます」
甘いもの大好きなオーナーが買ってきた甘いお菓子とガラナをいただきながら甘い会議は進みました。オーナーはエスプレッソに大量の砂糖を入れています。
会議ではオフィス向けにワンコインのお弁当を置くかどうかでオーナーと本社社員さんが揉めていました。カフェメシ的なものでなく、幕内とか鳥からとかそういうのをオーナーさんは推していましたが、結局カフェの方向性に合わないので売らないことで話が纏まりました。
次の日。
大量の幕内弁当や鳥から弁当、カレー弁当が搬入されました。現れたオーナーは満足そうです。
「は?」
「常さん、○さんはダメだって言ってたけど、もう頼んだ後だったからさ、宜しく頼むよ。珈琲とセットで売りゃあ問題ないだろ」
てへっという擬音のなんて似合うことか。
レジにお弁当なんてキー無いので、搬入個数を聞いてテーブル移動させて叩き売り。当然朝礼でそんな話できるわけもなくバイト混乱、私謝る。報連相大事(2度目)。
結局、お弁当効果もそこそこに本社とのすれ違いが続き、売り上げも上がらず潰れることに相成りました。
その前に労基署から店舗に連絡があったり、保険切られたり、オーナーが持っていた別の店舗の社員が行方不明になったり色々ありました(行方不明の社員さんが労基署に連絡したのか?)。
最後の会議の時。
「常さん、スプライトとコーラとファンタとガラナ、どれが良い?」
「エスプレッソいただきます。お金払うんでいいですか?」
「うん、いいよ」
淹れた珈琲に、オーナーと一緒に大量の砂糖を入れて飲みました。チョコみたいで悪くは無かった。そう、味は悪くなかった。
報連相をしっかりしていれば、もう少し持ったのかもなあと思いながら、一気に飲み干しました。
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