第3話 告白は聖夜に


 前回のあらすじ。

 コンビニが立ち入り禁止になった。



 今回は、正社員のお話です。

 大学を卒業した私は、バイク便とライフガードのアルバイトを経て、無事に地元のシティホテルへと就職できました。

 同期も二人いて、一人は同じフロントのナイトクラーク。もう一人は洋食レストランスタッフでした。


 フロントは、営業部客室課で主に客室を売るのがお仕事です。予約を取ったりチェックイン・アウトの業務をしたり、クロークに荷物を預かったり。他にも外部の電話は大代表であるフロントに繋がるので、交換手として各部署に回すのも大事なお仕事でした。他にもタクシー手配や案内なんかもやってたな。懐かしい。


 私の上司は二人いました。

 昼間中心のマネージャーと、ナイト中心の課長です。ナイトクラークの同期共々大変お世話になったお二人です。マネージャーは柔らかいもの腰でどんなトラブルでも解決してしまいましたし、課長は英語が堪能なハンプティーダンプティーみたいな外見のベテランのホテルマンでした。


 入って一年経ったか経たないかで他部署のヘルプに入るようになりました。タイムカードを一度切り、宴会場に上がってサービスするのです。パーティーの種類は様々だし、華やかだし、楽しかったのですが、終わると22時をすぎることもあり、くたくたでした。それでも長丁場だとご飯も出たから余り苦になりませんでした。


 朝から夕方までフロント、夜は宴会場ヘルプをしていたある日のことです。

 マネージャークラスから上の人達のお給料が出ていないという噂を会場作りの時に耳にしました。私達下っ端に出すのがやっとだとか。


「そう言えば、経理に行った時に、ウリカケとかカイカケって言葉を聞いたなあ」

「取引先から、食材を掛けで買ってるって話ですよ、それ」


 レストランの同期とテーブルを運びながらそんな話をしました。


「今日、ドンデンが二箇所であるのにねぇ」

「宴会で儲けるしか無いんですよ、きっと」

「まあねぇ。客室、古いしね。宿泊費だけじゃ採算合わないか」


 ドンデンとは、パーティーが終わったらすぐに会場を片付けてまた新たにセッティングし直すことです。1日に複数回のパーティーある時のお祭り騒ぎ。時間制限ありなので各部署から一斉にスタッフが集まり数十分で終了させます。つまり、景気が良い話なのですが……。


「今日の宴会、明日もやるんだよね」

「……」


 この頃、ガラの悪いお客様も増えていました。××興業主催の宴会は2日間に渡って行われる予定でした。既にロビーにはコワモテの方々が集まってきていると言う話でした。景気は良いけど少し怖いと言うのがイチ下っ端社員の本音です。


「課長もマネージャーもいるから大丈夫だよ」


 ナイトクラークの同期がテーブルクロスを運びながら言いました。確かに、二人がいれば大抵のことはなんとかなる気がしました。


「同期三人で宴会場ヘルプって新鮮だね」

「あら、本当ですね」

「俺は来たくなかったよ」


 皆様お察しかと思いますが、タイムカードは切っています。正確に言うとナイトの同期しか勤務していることになっていないんです。宴会は一見盛況だけれど、やっぱり経営は厳しかったんですね。


 

 上司の給料が出ないと言うのは単なる噂話だと思っていたのだけれど、今思えば本当のことだったのでしょう。同期三人の宴会ヘルプの後、暫くしてからマネージャーのガソリン代が無くなり千円貸したり、社食のおばちゃんが居なくなって社食が閉鎖されたりと、不穏な空気が漂いはじめました。

 ヘルプは増え、疲れて家まで帰り着けず、途中のコンビニに車を停めて10分寝てから帰るようになりました。



 12月に入り、いよいよ経営が厳しいと言う話がそこここで聞こえるようになりました。銀行から出向で来ていた社員が忙しく立ち回っているのがフロントで働いていても分かりました。


 そして迎えたクリスマスイブ。

 玄関の看板には書かれていなかったけれど、小さな宴会場が午前中に一つ、社長の名前で予約されていました。

 出来うる限り、出られる社員は宴会場に出るように、とお達しがあり、夜勤明けで残っていた課長と一緒に会場に向かいました。


 暖房もついていない、照明もつけていない会場に整然と並ぶホテルスタッフ。姿勢を崩す人が一人もおらず、大変な威圧感がありました。

 その中、一回り小さくなった社長が現れて、いよいよホテルが潰れ、他の企業に買収されることになったと告げました。12月は全員給料が出ないとも。


 静まり返る会場。


 相変わらず誰も姿勢を崩さなかった。社長は気まずそうに、マネキンのように動かず自分のことを注視する社員の間を縫って去りました。


 クリスマスイブです。

 翌日は給料日、だった。頭が真っ白になりそうな中で、隣で見事な姿勢を崩さずにいた課長が肩を揺すって笑いました。



「はっはっは、常くん。メリー苦しみますですね」

「かちょお〜」



 肩の力が抜けたのは事実です。

 あんな時に冗談が言える胆力、私にはありません。


 ああそれにしても、仕事は好きだったから、もう少し続けたかったなぁ。

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