第2話 ミニマムな引っ越しとトラ柄のsomething


 前回の粗筋。

 喫茶店がヴァニッシュしてしまった。



 今回は、コンビニの早朝アルバイトのお話です。

 週2~3回、一回2~3時間のお仕事です。メリットは、期限ぎりぎりの廃棄のパン(某メーカーの板チョコデニッシュ)を貰えたこと。その廃棄パンをお昼にしていたので、昼食代がちょっとだけ浮きました。今は厳しいだろうから、廃棄パンはもらえないかもしれませんので、アルバイトをする人はご注意ください。

 

 バイトに応募したのは春頃でした。なんでもオーナーさんの奥さんがいなくなってしまった(離婚だか、病気だか、詳しくは聞きませんでした)為に、人が足りなくなってしまったとか? 兎も角ピンチなのだということはよく伝わりました。

 

 初めてのコンビニバイトは色々覚える事がありました。新聞・雑誌に煙草にお酒。揚げ物なんかのファストフード調理。品出しに商品廃棄。忙しかったけれど、常連さんに顔を覚えてもらえるようになり、それなりに楽しく働いていました。



 勤めて6ヶ月くらい経った頃でしょうか。丁度クリスマス前くらいの事です。電話が頻繁にオーナー宛に掛かってくるようになりました。とはいえ、兎に角沢山の商品を扱うコンビニだから、取引も色々あるのだろうと、仕事にも慣れのほほんと学生をしていた私はあまり気にしていませんでした。


「常さん、電話かかってきても、俺いないって言っといて」

「え? はい」

「忙しいからさ、また時間ができたらかけ直すよ……ところでさ、聞いてよ。話は変わるけど、俺今引っ越ししてるんだよね。勤務終わってからだから夜な夜なちょっとずつ運んでさぁ。いいよぉ、気分が変わって」


 オーナーは電話の話はそこそこに、嬉々として引っ越しの話をしだしました。

 自分の車で荷物を運んでいる事。

 新しい家に荷物が入るのが楽しみな事。


「はー……業者さん使わなくても引っ越しってできるんですね」

「おー、できるよ。時間はかかるけど案外簡単なんだよなぁ」

 

 オーナーはバックヤードで椅子を揺らしながら満足そうにしていました。その間も電話が鳴ったので、対応し、言われた通りに相手にオーナーはいないと伝えました。



 ある日のこと。

 色々教えてくれたコンビニの先輩が、日々増える電話を捌きつつ作業をしながら、お店を回していたのがオーナーの奥さんであったことを教えてくれました。


「奥さんがかなりきちきちした人で、返品作業とか、発注とかみんな目を通してくれたんだよね。でもいなくなっちゃったからオーナーが慣れない仕事しなきゃで、だから電話が鳴りやまない」

「そっかぁ。じゃ、オーナーは大変だね」

「……。──うん、そうだねぇ」


 少し間がありましたが、何時もの先輩でした。

 ちらっと覚えた違和感を見なかったことにして、ペットボトルの補充に行きました。



 次の年になり、冬休みがやってきました。

 シフトを増やしてもらい、ある日出勤すると、ロッカーの内側に茶封筒が張ってありました。中の良かった先輩のロッカーにも封筒が張ってあって、二人で中を確認すると一万円札が一枚、入っていました。


「……ボーナスってやつ?」


 先輩が首を捻って言いました。


「アルバイトでも、ボーナスって出るんですね?」

「いや、出たこと無い」

「ですよね。……使わないで取っときましょうか」



 2,3日後。

 冬の、まだ暗い中をコンビニへと急ぎました。シフトを増やしてもらったので、きっと普段より多めにお給料が入ることでしょう。それが純粋に楽しみだったので、もう少しで給料日ともなれば、うきうきしながらの出勤でした。


 ところが、何時もよりも景色が暗い。

 国道の高架の下をくぐってすぐに、コンビニの人工的な灯りが見える筈なのですが、早朝の暗さのまま。

 


 コンビニに着くと、何かひらひらしたものが張ってあります。近づくと縞々の、トラ柄の、Keepout的なテープが張ってあって中に入ることができません。一緒に朝勤予定だった先輩も着いており、二人で店の中をのぞいてみましたが、人のいる気配はありませんでした。

 

 結局そのまま、明るくなってもコンビニは開きませんでした。


「……そういえば、オーナー、引っ越ししてるって言ってましたね。夜逃げだったんだ」

「仕事、できなかったからなぁ。あの一万円は、給料は出せないから、せめてもの詫び金だったのかなぁ」


 真っ暗なお店を前に、詮方なくて、二人途方にくれました。

 その月のお給料は出ず、茶封筒の一万円が手元に残りました。そんなしょっぱい思い出です。




 ところで。

 コンビニで買い物をする時に、ついもやもや考えることがあります。

 当時の私はもう絶対に夜逃げだと思ったのだけれど、それでKeepoutなんて張られるものなんでしょうか。

 学生で、バイトと部活が楽しくて新聞も読まないテレビも碌に観ないそんな生活。近所で何か起きてもきっと分からなかった。

 


 あれは夜逃げではなく、事件だった可能性もあったんじゃないか?

 そんなことをふと思ったのです。まあ、ひょっとしたらどこぞに差し押さえられた可能性もあるし、勿論事件じゃないのかもしれませんが。

 今となっては、真相などもうわかりません。


 ただ今後も数十~数百に一回くらいは、Keepoutのコンビニの事が頭を過ることもあるのでしょう。

 



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