第6話 1日目‐5




 衣服の調達に成功し、ショッピングモールを後にする俺の耳に一つの異音が聞こえたのは、モールを後にしてしばらく経ってからだ。

 短く乾いた破裂音。俺が今自転車で通っている道は国道になっている幹線道路で、普段だったら道を走る自動車の走行音に紛れて聞こえないぐらいの音だ。道行く車がなくなって、周囲の住民たちもモンスターに怯えて息を潜めているか、殺されているかで静かになっている環境だからこそ、今の音はハッキリと聞こえた。聞き覚えのある音だ。銃声、なんらかの銃器の発砲音だと思われる。

 趣味のひとつに射撃がある俺は、趣味が高じて年に一、二回ハワイやグアムに銃を撃ちに行き、そこで日本だと撃てない拳銃やアサルトライフル、大口径のライフルなどを撃ちまくっている。もしかすると自衛隊員よりも撃っているかもしれない。加えてこの体になってから耳が良くなっているので、聞き間違いという可能性は低いだろう。

 自転車を止めて音のした方向を見やる。続く二発目はなく、銃声で周囲のモンスターが動いた気配も感じられない。音が聞こえてきた先にあるのは一軒の住宅。周囲の他の家屋からは離れており、そこ以外にそれらしい場所は見当たらず、川と畑があるだけの地方都市の郊外の風景があるだけだ。


 こんな非常時に明らかに怪しい場所へ首を突っ込むのは愚策以外の何者でもない。こうして止まっている暇があるならさっさと家に帰って収穫物の整理をして、夜に備えて態勢を整えるべきだ。

 そんな正論が頭にあるのに、どうしてか俺は銃声が聞こえたあの住宅が気にかかる。これもこの肉体に備わった能力なのだろうか? 調査すべきだと直感めいた何かが訴えているのだ。腕時計で時刻を確認する。午後3時半。あまり調査に時間は取れない。冬の太陽はすでに傾いていて、すぐに沈んでしまうだろう。夜に備えるためにも手短にいきたい。

 直感に従い調査すると決めれば、住宅前に自転車を停めてコンパウンドボウを手に慎重に近づく。問題の家は敷地全体を高いブロック塀で囲っていて、一階部分は玄関以外は隠れている。モンスターが潜んでいる可能性はあるし、住人から攻撃される可能性も充分考えられる。

 視界が利かないときに頼りになるのは耳からの情報と鼻からの情報だ。不審な音は聞こえないが、鼻は嗅ぎ慣れた臭いをキャッチした。生々しい鉄臭さ、血臭だ。

 自宅の鍵を付けているキーホルダーは鏡になっている。それを使って塀の向こう側を窺ってみると、モンスターらしき影が映った。動いている様子はなく、伏せた状態のままピクリともしない。どうも死んでいるようだ。


 思い切って家の敷地に入り塀の内側を探る。家屋も敷地も何の変哲もない一般住宅のそれだったが、モンスターの死骸が転がっているだけでかなり凄惨な現場に変わってしまうものだ。

 モンスターの死骸は敷地に1体だけ。近寄って調べてみる。形状は犬や狼に似ている。かなり体格が大きく、並の大型犬より二周りは巨大だ。後ろ足で立てば2mを超えるだろう。これだけなら特大サイズの犬種と言える。ただし、尻尾の部分がヤマアラシみたく硬質な棘になっていたり、前足の爪の一部が大きな鍵爪になっている。犬に似た形のモンスターだ。

 スキルの生物知識(狩猟)にもヒットがあった。クローハウンドという名前のモンスターらしい。名前の通り前足にある鍵爪が特徴で、他にも尻尾を勢い良く振って棘を飛ばす飛び道具持ちだと知識は教えてくる。敷地を良く見ればコイツが飛ばした棘があちこちに刺さっている。毒はないそうだが、棘の長さ太さは焼き鳥の竹串ぐらいだ。家の壁に深く刺さっている威力を考えれば当たり所が悪ければ死ぬ。鍵爪に飛び道具と凶器二つを持ったヤバイモンスターである。

 ふと、ハウンドという部分が気にかかって改めて周囲を警戒する。やはり俺の警戒の網に反応はない。犬とか狼の特性があるなら群れで行動すると思ったからだ。知識でも群れで行動するとあるし、他の個体がうろついているかもしれない。ただ今のところ気配はない。死後結構時間が経っているようなので群れが去った後か、元々一匹狼だったかもしれない。

 そしてこのモンスターの死因は銃撃。死骸のあちこちに銃創があり、何発もの銃弾を受けたと分かる。敷地の地面を見れば空薬莢がポツポツ落ちており塀には弾痕があった。ちょっとした銃撃戦があったくらいの消費弾薬量だ。朝方に聞こえていた発砲音はここからかもしれない。


 落ちていた空薬莢を拾ってみる。使われた弾薬は幾つか種類があった。12番ゲージの散弾実包は日本でも扱いが多く、俺みたく猟師が自衛のために撃ったなら不思議ではない。しかし、他に落ちている空薬莢は訳が違った。

 ――9ミリパラベラム。45ACPに7.62mm×25トカレフ弾、9mm×18マカロフ弾……拾った空薬莢は全て自動拳銃用のものだ。そして日本では一部の例外を除いて所持できない銃器である。なのにそれらが使われた形跡が散らばっている。弾薬のラインナップからして法執行機関や自衛官が使ったとも思えない。となれば考えられるのは、ヤクザや過激派を始めとした非合法な集団が所持していて使ったという可能性だ。


 もう一度家屋全体を見渡す。住宅街にあって目立たない二階建ての家屋だ。他の家屋からは離れているけど、この辺りだと珍しくもない。俺の家もそうだからだ。非合法な集団がこんな北関東の地方都市に拠点を作るのだろうか、と思ってしまう。そういうのはもっと都心の方だと思っていた。

 色々と思うところはあるけど、日が沈むまで時間がない。当初の予定通り手短にいこう。モンスターの死骸から離れ、玄関に足を向けた。


 玄関の前に立ち、中の人間から攻撃されないよう呼び鈴を鳴らすべきだろうか、と考える。しかし住人はモンスターの襲撃に遭ったところだ。関われば面倒臭い事になる。その上非合法組織の拠点かもしれないのだ。もう少し様子を探ってから立ち去ろう。そう決めた。ここは自宅から近い場所だし、不安要素を調査しておく目的と思えばいい。

 玄関の鍵は開いていた。そっと中を窺う。目立ったところはなく、普通の住宅の玄関だ。音も変わったところはなし、臭いは硝煙の臭いがした。

 何かあればすぐに外に出られるよう土足で家に上がる。家の中は物が異様に少なく生活感が薄い。台所は数えられるくらいしか使われていないと分かるし、住人の様子が分かる品が全くない。非合法組織の拠点である可能性はますます高まる。

 家の中でも戦闘があったらしく、血の痕や空薬莢が落ちているし、あのモンスターの棘が壁や天井に刺さっている。さらに弾を撃ち切った拳銃が床に転がっている。特徴的な角ばったシルエットはグアムで撃った記憶と変わらない。グロック拳銃だ。弾切れでスライドが後退位置で止まっている。その上、モンスターの棘がフレーム部分に深く刺さっていて使い物にならないようだ。こんな銃が無造作に転がっているのだ。日本の法執行機関や自衛隊ではないのは確定だ。

 一階は全て見終わった。やはり人気はない。次に二階へ行ってみる。階段にも血の痕があり、血を流した何者かが上へと行ったのだと簡単に分かる。そして二階に上がると血の臭いと硝煙の臭いは濃く、新鮮なものになっていた。


 二階は一階と同じく物が少なく生活感がない。だから先程の銃声の出所がすぐに発見できた。

 二部屋ある二階の一つ、部屋に唯一あるベッドの上で一人の人物が物言わぬ死体になっていた。30代くらい、俺と同年代の男性で、がっしりとした体格をポロシャツとジーパンで包んでおり、強面だっただろう顔面を血に染めている。死因は自殺。口にショットガンを咥えて発砲、ベッドを血と脳みそで赤くペイントしている。傍らにはアルコール度数の高いスピリタスのビンが飲みかけであり、酒を飲んで恐怖を忘れようとしていたのが分かる。

 ついさっきの出来事なので、飛び散った血はまだ鮮やかな真紅の色をしており、細かく散った脳みそと頭骨の破片がベッドに撒かれている光景は何かの前衛芸術じみている。死体の喉からゴポゴポと音が聞こえるのは、肺に残った空気のせいだろう。


 やけに静かな部屋の中、血と硝煙とアルコールの臭いが混ざって少し気分が悪くなってくる。並みの神経の人間ならキャーキャー騒ぐか、気分を悪くして胃の中身を戻すかだけど、俺は動物の解体でこの手の光景は慣れているので問題はない。

 人も獣も死ねばどっちも血袋、糞袋だ。人の死体も獣の死体も変わりはない。とはいえ、濃くなってくる血生臭さは気分が悪くなる。臭いでモンスターが寄ってくるかもしれないので、換気で窓を開けるのもアウトだ。日没時刻も考えて長居はできない。手早く用事を済まそう。

 二階の二部屋を見て回り、この家に生きている人間、モンスターが居ないのを確認した。立ち去る予定は若干修正、ここからは武器回収タイムに突入する。


 俺の予感にかかっていた物は、ここにある武器の事で間違いないみたいだ。これからは自衛用の武器弾薬がいくらあっても困る事はない。回収してありがたく有効活用させてもらおう。

 ベッドの下、床下収納、クローゼットの中、タンスの中、押し入れの中に天井裏。探せば結構な数の銃器と弾薬が出てくる。いずれも日本では個人が所有できない違法銃器の数々だ。

 どうもこの家は非合法組織の武器庫かもしれない。警察の目から逃れるため、表向き組織とは無関係の家屋に武器を隠しておき、捜査をやり過ごしている。などという話をネットで見たことがあったが、実在するとは思わなかった。

 だとすると自殺した男はここの倉庫番か。どういう経緯で彼が自殺したかは興味ない。俺にとって重要なのは、より取り見取りの銃器から有用なものをチョイスする事だけだ。


 この武器庫にされた家を探して、二十挺の銃と対応する複数種類の弾薬を全部で二千発程発見した。まだ隠されているかもしれないけど、やはり時間がないのでこのぐらいで打ち切っておく。銃を一階のリビングの床に広げて、どれを持っていくか検討を始めた。

 二十挺全部は持ってけないし、持っていくつもりもない。倉庫番の管理が行き届いているのか見つけた銃は全部手入れがされていて、油紙で包むなど保存にも気を遣っている。こういう管理の仕方が今後はできなくなると考えれば、選ぶ水準は自然と高くなる。

 弾薬の補給も考えなくてはいけない。ここにある弾を使い切ってお終い、では話にならない。警察や自衛隊、在日米軍基地などから弾を補給することを視野に入れよう。すると選ぶ使用弾薬はリボルバーだと38口径、自動拳銃だと9ミリパラベラムか45ACP辺りに落ち着く。これで二十挺から八挺にまで絞り込めた。

 次は俺が拳銃を持つ目的、その目的に沿う銃を選べば良い。ショットガンやライフルといった長物は自前であるし、俺が拳銃に期待しているのは至近距離でのバックアップ用だ。これで五挺に絞れる。後は俺自身の好みと、今の体格に合うのかと、銃の状態を見てからになる。


 絞った五挺の銃の状態を一つ一つ手に取って確かめていく。しつこいようだが時間が無いので手早く。

 驚いたことにここにある銃のほとんどは密造やコピーではなくオリジナルのようだ。製造番号などは削られているけど、製造元の刻印や分解した中身を見てオリジナルと判定できる要素は沢山ある。非合法組織なら密造銃や粗悪なコピー銃のイメージだったのだけど、違ったらしい。

 分解して中身の状態まで確認して、中々の良品揃いだと分かった。そして五挺とも今の俺の体格で扱える。後は本当に俺の好みの問題だけになる。

 ――となると、これとこれだな。五挺の中から二挺を選び、ついでに長物も二挺――こちらは数が少ないのもあってほとんど迷いなく選べた――合計四挺の銃器をお持ち帰りすると決めた。


 用は済んだのでさっさと撤収する。収穫した四挺と弾薬は自宅でゆっくり弄ればいいと考え、まだスペースに余裕があるドラムバックに収納した。

 時刻は4時半近く。この季節ではいよいよ日没時刻で空全体が暗くなっており、西の空だけが鮮やかに赤く染まっている。あちこちの電柱にある街灯に明かりが灯り、LEDライトの強い光が道を照らし始める。この時刻は帰宅ラッシュの時間帯で、本来なら幹線道路では車が渋滞して、帰宅する学生達の自転車が車列を作る光景が見られる時間帯のはずだ。

 それが今では道行く影は俺一人、通りの家屋の窓には一つも明かりがなく、不気味なくらいに静まり返っていて、強く吹く乾いた風の音だけが耳に入る。こちらで暮らして馴染んだ光景が一変するのは俺自身思ってもみないほどショックだったみたいで、知らず足が止まっていた。

 本格的に暗くなるまで時間がない。軽く頭を振って我に返った俺は、荷物が増えて重くなった自転車に跨ってペダルを踏みしめた。静まり返る街の中、静かなはずの自転車の走行音がやけに大きく聞こえた。



 ★



 以降の帰り道は何の問題もなく、俺は無事自宅に帰り着いた。自宅も無事で何者かが侵入した形跡もなく、ルディは帰って来た俺を元気よく迎えてくれた。半信半疑だったけど、結界の機能は本物みたいだ。

 日課にしている夕方のトレーニングはなし、この非常時に無闇に体力を消耗するのは得策ではないからだ。代わりに収穫物の衣服と銃器、弾薬を改めて検分しておく。時間が無かったので割とテキトーにバッグに詰め込んだため、落ち着いた場所でゆっくりと見ておきたい。

 夕食は缶詰とレトルトで簡単に済ませ、ルディにはゴブリンとの戦いで役にたったご褒美でお高い缶フードの封を開けた。美味そうにドッグフードを食べているルディを横目に俺は収穫物をドラムバッグから出して検めていく。


 下着類は簡素なものでまとめている。体にフィットして動きを邪魔しなければそれでいい。シャツとパンツも袖や裾が長く、生地が頑丈な物を選んだ。この非常時においては実用性重視だ。靴は半長靴タイプで足首まで保護し、つま先に金属の保護板がある安全靴を持ってきた。サイドジッパーがあるので着脱も簡単だ。

 ジャケットは以前の物が一応は着れるので、店から着て来た革ジャケット一着だけに留めて、手袋や靴下、防寒用のタイツをバッグに詰め込んできた。基本的に丈夫で長持ちすれば着るものにこだわりはない。今回持ってきた衣服だけで俺は充分着回せると思った。

 調達した衣服を衣装ケースとクローゼットにしまい、いよいよ収穫物の銃器の検分に移る。


 持って来た銃の数は四挺。拳銃二挺に長物二挺という内訳になる。作業部屋から工具を持ち出して軽く分解して中身を確認するつもりだ。

 拳銃は二挺ともガンマニアならシルエットを見ただけですぐに分かる有名どころだ。まずは小型のリボルバー拳銃、S&W M36……の系譜に連なるM360のようだ。チーフスペシャルという愛称を聞けばピンとくる人は多いだろう。日本警察でもM37の後継として調達されていており、お巡りさんが持っている事で知られる拳銃だ。なので警察の施設から弾薬を補給できると考え持って来た。

 このM360はPDと呼ばれるアメリカ本土のベースモデルで、フレームやシリンダーの素材が強靭であるため357マグナムを発射可能な銃だ。とはいえあの武器庫にマグナム弾はなかったので、本来のスペックを発揮できる日は来ないかもしれない。


 次に大型の自動拳銃FN社ハイパワー、その最終モデルのMk.Ⅲになる。ブローニング・ハイパワーという名前を聞けば、これもピンとくる人が多い銃だ。ベルギーのFN社が戦中戦後を通じて生産した9mm口径拳銃の代表格で、名工ジョン・ブローニングの遺作として一部界隈で有名な傑作銃だ。在日米軍やもしかしたら物持ちの良い日本の警察や海上保安庁、自衛隊にもあるかもしれない。そう思ってこれを選んだ。

 ハイパワーは世界でも数多く生産された拳銃の一つで、使用している弾薬も世界的に入手しやすい9mmパラベラム。日本であっても弾薬や予備の部品が調達できる見込みがあって、なおかつ俺がグアムやハワイで扱ったことがある銃だからという基準で選んだ。


 リビングのテーブルの上で拳銃を分解する。ルディは食事の後リビングのソファに寝そべってくつろいでいる。賢い犬なのでこちらの作業を邪魔せず、俺は安心して作業ができる。

 あの武器庫にいた時から思っていたけど、あそこに保管されていた銃器はかなりマメに手入れがされている。非合法な組織なら銃器を雑に扱って、フレームに錆が浮いているぐらいは覚悟していた。なのに実際は、丁寧にガンオイルが塗られており、要所にはグリスも注されている。銃身もキチンと磨かれていて新品同様とまではいかないが、美品といえる保存状態だ。

 あの自殺していた男が倉庫番なら、元は自衛隊員か海外で軍務経験を積んだ人かもしれない。そういえば、着ていた服はポロシャツにジーパンといかにも自衛隊員の私服っぽかったな。今となっては知りようがないし、これ以上興味も湧かない話だが。


 拳銃を組み立て直して、次は長物の二挺に手を伸ばす。卓上に置いたポータブルラジオからは緊急特番がずっと流れて、同じく卓上に置いた電灯スタンドが手元を照らす。窓にシャッターを下ろしたので大丈夫だとは思うが、念を入れて部屋の照明は暗めにしている。

 テレビは夜になって地上波はNHK以外何も映らなくなり、ラジオは地元の放送局の奮闘でどうにか放送がされているといった状況だ。地域のローカル局なだけに、流される情報も地元密着の身近な情報だ。停電した家屋の件数、断水した地域、避難所の案内といった情報が繰り返し流される。

 異変の初日だというのに結構な切迫度合いだ。非常事態に対応する警察をはじめとした法執行機関、自衛隊、各地の自治体も災害や犯罪者、テロリストなら想定していても不意に現れるモンスターというのは想定外だろう。加えて警察官の武器使用にも厳しい基準があるし、自衛隊の出動にも手続きが必要だ。モンスターがそういう過程を待ってくれるはずもなく、きっとろくに態勢が整わないでここまで追い込まれたと思われる。

 怪獣が出現して人々を襲うパニック映画を見たことがあるだろう。その中では出現が予測されていたり、ソナーやレーダーで進路を推測されたりしている場合が多い。だから人々は予め備えることができていた。対して今回の異変は全くの不意打ち、一夜にして世界全体で大異変が起こって人側に対応する暇が与えられていない。この初動の混乱がどこまで響くのか、一介の市民である俺には知りようがない。


 長物の一つ、AKアサルトライフルの輸出モデル、イジェマッシAK-103から手を付ける。

 今後銃器はロクに整備できない過酷な環境に置かれるだろうと考え、耐久性に優れるこれを選んだ。俺の手持ちのサコーはボルトアクションの手動式だが、こちらはアサルトライフルだ。連射速度は手動とは比べ物にならないほど高く、いざとなればフルオートもできる。多数の敵を相手にするなら心強い武器になるだろう。

 世界中の紛争地帯でこのAKのクローンやコピーが使われているように信頼性は高く、今でも改修型がロシアを中心に各国の軍隊で使われている。遠距離狙撃はサコーでやる予定なので、100m以内の火力源を期待している。

 使う弾薬は7.62mm×39弾。あの武器庫から持って来た200発と空マガジン5つが全部だが、弾薬の調達先にはあてがある。この7.62mm×39弾は日本だと銃砲店で取り扱っている弾種だ。俺は使ったことはないが、イノシシを狩るのに手頃な弾らしい。略奪の手が入る前に銃砲店から早急に回収しておきたい。

 バラして内部を点検したのち組み立てる。AKのシンプルな内部機構が美しい。ボルトが作動する金属音が得も言われぬ心地よさを感じさせる。シャーリーンなんて名前を付けてみようかな、などとアホなことを考えつつ次の長物に手を伸ばす。


 持って来た四挺のラストはショットガン。モスバーグM590。アメリカ人大好きなショットガンの一つで、日本でも猟銃で手にできる一挺だ。

 日本でこれを猟銃で手にする場合、弾数制限の規制をクリアするため弾倉に2発しか入らいよう改造される。改造されず審査されずで手にしたら違法である。そしてこの銃はその違法な銃器だ。弾倉には本来の装弾数である9発の実包が入る。これまで水平二連で我慢してきた身には福音になるほど嬉しい一挺だ。

 日本で手に入るスライドアクション散弾銃で代表的な物はレミントンM870の方だけどこちらの方が後発メーカーな分、操作性といった部分で考えられた作りをしており、レミントンよりモスバーグという人もいるし、俺もモスバーグ派であったりする。だからあの武器庫でレミントンのショットガンを見つけたけど、自殺していた男が使ったこれを持って来たのだ。

 ゼロ距離以下で人の頭を吹き飛ばしたせいで、銃のあちこちには血や体液が付いている。これらは放っておくとサビの原因になるのでひとつひとつ丁寧に拭き取っていく。この銃はモンスターとの戦闘で使われたらしく相応に汚れが見れられる。それらも銃の整備用品を使って丁寧に磨いていく。

 自殺に使われた銃を使う事に忌避感は皆無だ。使える物で、好みにも合う道具なら前歴はよほど酷くない限り気にしない。自殺銃だった前歴は俺にとってよほどではないのだ。感性が鈍いだけなのかもしれないが。


 ストーブで温められ、照明が幾らか落とされた自宅のリビング。そこで銃の整備をしつつラジオから流れるニュースに耳を傾ける俺。この状況に不謹慎ながらワクワクしてくる。小学生の頃、台風の上陸で停電が起きて非日常がやって来た時、ロウソクを明かりにしてキャンプや遠足をしている気分になったものだ。そんな子供心たっぷりのあの頃を思い出す。

 ゴブリンとの戦闘を経験してなお、これなのだ。俺は案外、能天気で快楽主義なのかもしれない。

 四挺の銃の整備が終わり、手に付いたガンオイル等の汚れをウェスで拭きつつ、次はネットで情報収集でもしようと考えた。書斎で別に暖房を使うのは節約を考えれば控えたい。ノートパソコンが別にあるのでこちらを使う。Wi-Fiで電波を飛ばしているので、ネット環境は悪くない。これで朝方と同じサイトを巡回してみよう。

 さっきまで銃が載っていたテーブルの上にノートパソコンを広げて起動。程なくして立ち上がったパソコンを使いネットに接続した。


 ネットは朝方以上に酷くなっていた。記事を書いたり、画像を撮影する人がモンスターに襲われているので、まともな記事が少なくなっている。フェイクニュースやデマ、流言飛語がSNSや掲示板に増えているし、動画投稿サイトでは巨大モンスターの姿もアップされている。

 東京の八王子撮影だという動画には、巨大な空に浮かぶクジラが映っていた。全長300mはある巨体が音もなくプカプカと浮かび、尾びれを動かしてゆったりと宙を泳いでいる姿は幻想的ですらある。八王子の集合住宅が連なる団地の上空100m未満の低空をクジラは泳ぐ。撮影者も「うわぁ……」なんて声しか出ておらず、呆然としているのが分かる。

 空飛ぶクジラはそのままゆったりと飛び去って行ったところで画像は終わっている。コメント欄には合成乙とか、いや合成ではない、とか検証コメントなども入って、中々に盛況だ。

 掲示板の方でも盛況さは衰えておらず、朝方に見た時よりも種族やクラス、スキルに関する情報が増えている。ネット情報なので真偽はともかく、何らかの参考になるだろう。


 ――


 【ゲームじゃないよ】ステータスの力でモンスターあふれる世界を生きていこう 総合スレ part105【リアルだよ】


 ・

 ・

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 50:Gちゃんを支える職人ドワーフ


 一応コテハンをこれにしてみた。家の爺ちゃんは今や一家を守るガーディアンです


 51:名無しのヒューマン


 コテハン了解。けど、リアルモンスターハンターだろうけど、爺様大丈夫か? 年齢的に


 52:Gちゃんを支える職人ドワーフ


 >>51それなんだけど、爺ちゃん種族がエルフに変わっていて、肉体的にめっちゃ若返っている。しかもイケメン


 53:開闢の錬金術師にオレはなる


 爺様、夜中に現れた怪しい表示を信じてキャラメイクをしたのか


 54:名無しのセリアン


 イケメンだと? ならば我の敵だ。どこだ、どこにおる。凸しなくては


 55:名無しのヒューマン


 イケメン死すべし、慈悲はない


 56:開闢の錬金術師にオレはなる


 >>54‐55ハイハイ、しっと団乙。そういうのは、別スレ行ってくれ。

 でもそうか、エルフの種族説明を見たことがあったけど、寿命が10億年だっけ。それと比べれば人間の寿命程度、誤差レベルだよな。

 ところで職人スキルで爺様を支えていくのかい?


 57:Gちゃんを支える職人ドワーフ


 >>56ええ、最初はゲーム感覚で職人系の種族とクラスをとってしまったけど、意外と面白くて。

 爺ちゃんも今後もモンスターと戦うし、消耗する武器の面倒を見てくれる人がいてくれるなら心強いと言ってくれている。

 猟銃とかだと消費する弾薬を考えなくちゃだし、家にある軍刀とかでも刃こぼれしたり、曲がったりするだろうし、整備する人は必要だろうと思う。


 58:名無しのハーフリング


 軍刀ww爺様って元は日本兵とか?


 59:武器好きヒューマン


 どういうタイプの軍刀? 旧軍の軍刀といっても様々な形式がある。ワイはそれが知りたい


 60:開闢の錬金術師にオレはなる


 弾薬については何とかなるかもしれない。実は火薬に使われるニトロセルロースと雷管をスキルの錬金で産み出すことに成功した。

 詳しい事はツベに投稿してみたから錬金術のスキルがあるならチャレンジしてくれ

  【ツベ動画】


 61:名無しのヒューマン


 おおー……これ、原材料スライム?


 62:名無しのドワーフ


 スライムだな。異変が起こって以降、あちこちで見かけるようになった奴。生態的にはミミズとかダンゴ虫みたいなスカベンジャー。なんでも吸収して消化する


 63:開闢の錬金術師にオレはなる


 錬金術を修めれば分かるけど、スライムって色々な使い道がある。動画に投稿しているように火薬や雷管の原料になるし、魔法薬品の原料や触媒にもなる。

 いちいち野良のスライムを捕まえるのも手間なので、捕まえたスライムに餌を与えて増やし、養殖をしようかと考えている


 64:Gちゃんを支える職人ドワーフ


 養殖って、えぇぇぇ……凄いことするんだね


 65:名無しのセリアン


 よwうwしょwくwwwwwwクソSugeeeeewwww


 66:開闢の錬金術師にオレはなる


 戸惑っているのはわかるけど、今後文明社会からの補給は望み薄なんだぜ? なら自前で補給体制を作らないといつかは詰むぞ。そしてそれを模索するのに早すぎると言うことはない。

 だからオレは異変初日の今日から生き残るために色々と模索するつもりだ。今後も有用と思った情報はツベの方に上げておく。参考にしてくれ


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 ・


 ――


 ――ふむ……動画を見る限り出来上がるのは、銃器用のシングルベースの無煙火薬みたいだ。火薬をシート状にして裁断、粒にして燃焼速度を整えるコーキングも大した設備もなしにやっており、雷管もボクサー型の銃用雷管の金属キャップに錬金術で生成したジェル状の物体を少量入れて薬莢にセットしている。

 この動画の投稿主は俺と同じように弾薬をリロードできる設備を持っているようだ。この錬金術師なる人物が言うように今後の補給を考えるなら自前である程度賄える技術が欲しいところ。

 今は結構な数の弾薬を持っている俺だが、モンスターを今後も相手取るなら心許ない。次にクラスを取得できる機会があるなら錬金術師を真面目に検討しようかと思う。


 ネットサーフィンを程々で切り上げて、画面端の時刻表示を見やれば夜の9時近く。俺の生活リズムなら寝る準備をする頃合いだ。成人を過ぎた世の普通の人々の感覚だとまだ夜が浅いかもしれないが、早寝早起きが習慣化しているため眠気が出てくるようになっている。

 今後は日のある内に一日の行動を済ませるようにしておけば、電気や灯油の節約になるだろう。となれば就寝時刻はもっと早まりそうだ。

 軽く感じている眠気に従いパソコンの電源を落とし、ストーブの火を消して脱衣場を兼ねる洗面所で歯を磨く。今後はまともな医療も受けられなくなるだろう。健康を維持するためにも歯磨きはより重要な習慣となる。それを念頭により丁寧に歯の手入れをする。

 洗面台の鏡には見慣れないエルフ少女が歯を磨いている姿が映る。非常に愛らしい姿だけど、これが俺だと思うと何とも言えない虚しさを覚える。ナルシストの気は無いのに自分の姿に喜びを感じるのだから。

 ルディの歯磨きもいつも通りに行い、さっさと寝る支度をしてしまう。階段を上がって寝室に向かえば、俺の行動を察してルディは自分に与えられたスペースに足を向ける。犬用のベッドがそこに置かれており、そこに体を入れたルディは丸くなって寝る態勢になった。それを見届けた俺は一階の照明を落として二階の寝室へ。


 寝室に向かう途中、外からは緊急車両のサイレンが聞こえた。サイレンの音からして警察みたいだ。変異から24時間も経っていない。まだ無事な警察や消防が頑張っているのだろう。

 ラジオでは避難所の案内が放送されていたが、当然ながら俺はそこに行くつもりはない。この家を拠点にした方が良いに決まっている。結界のおかげでモンスターから察知されにくいし、安全度で言えば比較にならない。

 とりあえず心の中で今も奮闘する警察の皆さんにご苦労様、とだけは言って、寝室のドアをくぐった。


 普段寝る時の服装はスウェットの上下だったが、今後はモンスターの襲撃も考えて外着のまま寝ることにする。手元にはすぐに使えるように実包を装填したモスバーグを置いておく。寝室に銃というアメリカ式ホームガードって奴だ。実は少し憧れていた。

 狩猟に出かけた時も野外で寝る際にクマの襲来も考えて身構えていた。結界をどこまで信頼していいか分からない以上、気持ちとしてはその時の感じでいいだろう。警戒しつつ体を休める。

 手元置いたモスバーグの質感に頼もしさを感じつつ俺はベッドに入った。眠る直前、今日の出来事が脳裏に浮かぶ。朝に見殺しにした少女、殺して解体したゴブリン、ショッピングモールでの戦闘。いずれも俺にとっては有意義な経験だった。明日も刺激的な日になりそうな予感がしている。

 昨日よりもさらに遠足前日の小学生みたいなワクワクとした気分を味わいつつ、俺は眠りについた。憂いはあってもここまで明日が楽しみなんて気分は久しぶりだ。



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