第5話 1日目‐4




 ――


 名前:ヤチヨ

 性別:女性

 種族:エルフ

 第一クラス:ハンター

 レベル:4 △2up


 筋力:4 △1up

 耐久:5 △1up

 敏捷:6 △2up

 魔力:6 △2up

 技能:7 △2up

 運命:5 △1up


 ※レベルアップの表示は6時間続きます

 ※新しいクラススキルを習得しました。確認してください


 ――


 昼食が終わって、後片付けも終わったところでステータスの確認をする。それで出てきた表示が以上のものだった。あのゴブリン達を殺して一気に2つもレベルが上がった。ゲームだとそう簡単に上がるイメージはないのだが、まだ低レベルだからなのか、何か他の要因があるのか不明だ。何にしろ情報が足りない。

 それよりも気になるのは新しいスキルを習得したという通知だ。この異常な環境を生き抜くためにはこのステータスの力に頼らざるをえない。新しいスキルというのは言い換えれば新しい力の獲得だ。優先して確認しておこう。

 クラスの項目を長押し感覚で意識を集中させると、ハンターの項目からスキルの注釈が展開する。例えるならパソコンのツリー表示みたいだ。これで二度目、それほど戸惑うことなくスキルの確認が出来る。

 さっき見たばかりのスキルの下に、新たなスキルが追加されている。これか。


 ――


 陣地製作(狩猟) Lv1:ハンターが安全な拠点を確保するために用いるスキル。魔力と触媒を使い、陣地の基点を定めて基点で結んだラインを形成する。一種の結界術。

 レベルが上がるほどラインで囲める広さが広がり、効力の幅が広がって力も増していく。ハンターが習得する陣地製作の場合、あくまで拠点の安全確保が主眼であるため、獣除けや潜伏、隠蔽に特化したものになる。


 ――


 なんとまあ、都合がよくタイムリーなスキルを手に入れたものだ。このスキルがあればモンスターの襲撃に必要以上に気を張らずに済むし、家を離れる際にも空き巣の心配をしなくてもよさそうだ。安全地帯が出来る強みは計り知れない。

 これから衣類や靴の調達に出るところだし、さっそくこのスキルの出番が来そうだ。いや、モンスターの襲撃を考えれば今すぐにでも陣地製作をしなければ。

 ご都合主義だろうが何だろうが、使えるものなら何でも使う。むしろ生き残る上ではご都合主義であった方がありがたいくらいだ。

 それで、陣地を作るにはどうすれば良いのかな? 陣地製作を意識すると脳裏に知らないはずの知識が湧き出てくる。知らない知識を知っているという奇妙な感覚を味わいつつ必要な道具や手順を確認していく。

 必要な物品は『刻印』を刻む物。これは紙でも石でもよく、書き込んだり刻んだ物を基点にして陣地を囲んで結界を作るのがこの技術スキルのキモらしい。


 『刻印』についても疑問に思った瞬間知識が浮かぶ。俺が知る中でこれに一番近いのはルーン文字だろう。直線で構成された力ある文字を刻み、その組み合わせで様々な魔法的効果を現実に発揮するという技術のようだ。

 専門の魔法を行使するクラスならばもっと様々な知識や技術があるそうだが、ハンターのクラスでは狩猟を補助する程度にしか魔法を習得しないようだ。

 ――魔法、なあ……フィクション上なら見慣れたファンタジー要素だけど、それを現実で俺自身が振るえる事実に心が高揚してくるな。うん、異常事態の中で異能を振るってサバイバルなんて、割と俺の好みに合う状況だ。危機的状況なのにワクワクしてくる。さっそく陣地を作ろう。

 石に文字を刻む道具はあるが今は早期の拠点作りがしたい。なので基点には紙を使う。紙だと風に飛ばされたり雨に濡れたりするので、時間が取れれば石に刻印を刻む方法に切り替えていく予定だ。イメージとしてはルーンストーンだろうか。

 使う紙や筆記具に決まりはないので、メモ帳から取った紙に油性のマジックで刻印を書き入れる。今の俺のレベルだと紙一枚につき一文字が限界で、これを複数用意して結界の基点にする。

 ルーン文字と同じくこの刻印にも一文字ごとに意味があって、陣地の製作で使う刻印は狩猟や安息を意味する刻印を四つ用意して基点を置く四方に設置するのだそうだ。

 雨が降っても大丈夫なよう、刻印を刻んだメモ帳をラミネート加工する。これは専用のフィルムで挟んで機械を通せば簡単に出来る。趣味の一環で写真やカードを加工するのに使っていたけど、こういう魔法に使うとは思わなかった。

 後は出来た刻印カードを敷地の四方の塀に貼り付けて、魔力を込めれば陣地製作の完了だそうだ。


 刻印カードを片手に家から出てみると、外は普段以上に静まり返っている。住宅街のはずれにあるから静かなのはいつも通りだけど、国道からの音や近隣の住宅からの生活音は聞こえていた。なのに今はそれらが聞こえない。昼下がりなのに深夜の静けさが感じられた。

 時折突発的に聞こえる何かの破裂音、衝突音、そして聞いた事のない生き物の遠吠え。陣地の製作は早急に済ませておこう。

 覚えたてのスキルだけど、自宅の敷地をカバーするぐらいなら出来る。これ以上はレベルを上げないと無理だけど必要充分だ。刻印カードをガムテープで塀に貼り付け、最後に魔力を込める。

 魔力を込めるなんてどうするのかと思えば、俺の体は勝手知ったるという具合に動く。まるで長年やってきた事を久しぶりにやってみた感覚で、貼り付けられた刻印カードに手を当てて、軽く手に力を籠める。

 すると手の平が淡く光り出し、その光がカードに移って、書いた刻印が薄く光る。刻印が光ったところで感覚的に充分だと感じ、力を籠めるのを止める。これで基点の設置が一つ終わったらしい。


「すごいな、これ」


 思わず口から出てくる言葉は、驚きや感嘆、呆れの成分が混ざっていた。手の平を顔に近づけて力を込めてみる。やはり淡い光が灯って、手全体を仄かに照らす。光る手の部分は少しだけ体温が上がっている気がして、わずかだけど熱を感じた。

 脳裏から湧いてくる未知の知識によれば、この淡い光が体内から放出された活性状態の魔力だそうだ。魔力を出す事自体はスキルでもなく、身体機能の一種になるらしい。生命力を燃やして外部に力として放出する体の機能、あるいはスキルを使う前提になる基礎能力というべきだろうか。他にもオーラやら氣やらと名称が違うけど、すべて同じ物であるらしいと知識は告げている。

 色々と考察したいところだけど、いつモンスターの襲撃があるか分からない中でのんびりできない。残りの基点もさっさと設置を済ませよう。

 刻印カードをガムテープで塀に貼り付け、魔力を込める作業を計四回。作業は滞りなく終わって、敷地の四隅に基点を設置して結界が展開された。


 陣地が出来ると同時に目では見えない壁が塀に重なるように出来た。そんな感触が感覚で分かる。これが結界なのだろう。

 この結界の効果は隠蔽と潜伏。分かりやすく言うならの未来の猫型ロボットのひみつ道具にある石ころ帽子、それのフィールド版だ。光学迷彩の様に透明になる訳ではなく、存在感が無くて意識が向かなくなる類らしい。視覚はもちろん、嗅覚、聴覚でも結界内のものは影響が及ぶ凄い効果のスキルだ。

 注意する点は、この結界自体に防御力は無く、攻撃があっても素通りしてしまうところだ。広範囲の無差別攻撃や絨毯爆撃は天敵になるだろう。そんな攻撃があればの話だが。……あるんだろうな、こんな非常識な世界になってしまったのだから広域攻撃をするモンスターないしスキル程度あっても不思議ではない。ああ、そういえば巨大なモンスターがいるんだったか。こっちに来ないで欲しいな。

 今後も臆病なくらいに慎重に動き、それでいて機を逃さないよう大胆に動かないと駄目だ。さしあたっては、日が沈む前にサイズの合う衣服と靴を調達だ。


 ショッピングモールが近場にあるといっても徒歩で行くにはやや遠い。しかし車やバイクで行くと音でモンスターを招き寄せてしまい大変危険と思われる。この辺りゾンビパニックものの作品と同じ状況だろう。徒歩よりも速く、車よりも静か、荷物を搭載できればなお良し、って選択肢は一つしかないな。

 ガレージに入り、車両の脇に並べている自転車に手をやって発進準備を始める。俺が持っている自転車も一般的な物とは少し違う。フレームのベースはマウンテンバイクだが、特徴的なのは幅5インチの極太タイヤを装備しているところ。悪路走行はもちろん、空気圧を変えれば雪道も走れる凄い奴。アメリカ発祥のファットバイクだ。

 去年これを一目見て気に入り購入。オプションで前後に荷台を取り付けて、近場の狩りや買い物、山道も走れる素晴らしい自転車だ。

 常から手入れは欠かしていないので、点検しても異常は見当たらない。後輪を浮かせてペダルを手で回せば、音もなくクランクが回って名前の元になった極太タイヤが静かに回転する。この静けさは各部に油がしっかり注されている証だ。

 さて、家の準備は終わった。いよいよ外に出かける時だ。




 ★




 自宅を出てしばらく、俺はファットバイクに跨って道を走っている。時刻は昼を過ぎた午後1時半。だというのに周囲は夜中よりも静まり返っていた。

 異変があったのが真夜中だったためか、道をふさぐ車両はまばらで車が通れるスペースは充分にある。しかし外に出ようとする人は、俺のような変わり者でなければ当面は現れないだろう。モンスターの存在が人々を自宅に籠城させているからだ。

 道に放置されている車両の幾つかはモンスターに襲われたのか破壊の痕跡があって、横転したり、炎上して黒焦げになったりしてる。不運な住宅に突っ込んでいるトラックもあった。ここだけでも大惨事なのに、警察や消防、救急が駆けつけて来る気配はない。

 放置された車両のドライバーの姿も見当たらない。ただ、朝方に見た光景や、路上に残された大量の血の跡を見ればどうなったかは想像がつく。今頃はモンスター達の栄養になっているだろう。

 それらの光景を見ながら、俺は油断なく周囲を警戒し自転車を走らせる。見慣れた近所の道は今や敵地だ。


 道路を走る車がないので堂々と車道の真ん中を自転車で走る。モンスターを察知するにも視界が開けていた方が良いし、戦うにしても逃げるにしても自転車の機動力を活かすためにスペースがあった方が良いからだ。

 程なくして俺が買い物でよく行く近場のショッピングモールに到着した。昨日も喫茶店に行くため近くまで来ていたのに何日も前の出来事のような気分だ。それだけ今日の出来事が濃厚なのだろう。

 腕に装備したGショックで時刻を確認。アナログタイプの時計の針は午後2時を回ったところを指している。冬の時期なので日はすぐに沈んでしまう。後2時間ぐらいが活動のリミットと見るべきだろう。

 モールの端、すぐに逃げ出せる位置に自転車を停めて装備を最終確認する。極力音を出さないためにコンパウンドボウとハンティングナイフが装備している武器だ。殺傷力に不安が残るけど、目的は戦うのではなくモールの商品だった物を収奪していくことだ。物を取ったらさっさと逃げてしまえば良い。

 最終確認を終えた俺は、手近にある街路樹の影に隠れてモールの様子を窺う。ミッション開始、不安と同時にワクワクしてきたぞ。


 俺が良く行く近場のショッピングモールは、オープンモールと呼ばれているタイプで店舗を繋ぐ通路は屋外にあって、その前に広い駐車場がある。食品スーパーを中心にホームセンター、マクドナルド、しまむら、ワークマンといった各業種のチェーン店が並んでいる。ここ北関東の幹線道路沿いには多数点在しているありふれた形態のモールだ。

 今回俺が目をつけている衣服の調達先は、しまむらとワークマンの二か所だ。どちらもモールの敷地の端にあって道路から上手く近付くことができる。身を潜めている街路樹からは目算で10mほど。走ればすぐだけど、この距離でも油断ならない状況になっていた。


「わお……みんな揃ってパーティーかな」


 あんまりな状態にこんな軽口が出てしまう。ゴブリンの武器を見た時から勘づいていたけど、モールはすでに連中の手に落ちていた。食品スーパーを中心に数多くのゴブリンがたむろしていて、ざっと数える限りでは二十体以上は居そうだ。

 当たり前だけど、この数の武装集団相手に何の準備もなく挑むのは自殺以外の何物でもない。彼らの目を掻い潜って衣類を調達するのが俺の今日一番の大仕事らしい。

 まずは観察。二十体以上はいるゴブリンのほとんどは食品スーパーに集中している。お目当ては食料なのは言うまでもない。

 スーパーの店の前で奪ってきた商品を美味そうに食べている奴が多い。ハムやベーコンの加工肉に噛りつき、精肉や魚を生のまま食べており、果物も好評らしい。さらに連中の知能は和製ファンタジーに出てくるものより高く、缶詰やレトルトパウチの中身が食べ物だと学んだらしい。フルーツ缶や魚介缶、瓶詰め、カレーや牛丼のレトルトパウチが開封されてゴブリンの胃袋に次々と収まっていく。

 清涼飲料のペットボトルやワインボトル、ウイスキーのボトルまで開栓されてだんだんゴブリンの宴会じみた光景になっていく。正しくパーティーだ。

 知能は高くても刹那主義で快楽主義なのは創作物と似たところかもしれない。案外労せずして衣服の調達が出来るかもだ。

 俺はこのまま街路樹の影で息を潜めて機会を待つとした。


 手元の時計で2時半ぐらいにもなると、ゴブリンの群れ全体に酒精が回っているのが傍で見ていて分かるようになる。ウイスキーにウォッカ、ジンが追加されたのが決定打だろう。スーパー前はゴブリンの宴会場になっている。陽気にお喋りして歌って踊っている。そのお気楽さが俺には羨ましい。

 ともあれ頃合いと見て、俺は街路樹の影から出た。速い動きは流石に察知されると思うので、ゴブリンの様子を窺いながらゆっくりと店に入る。途中で数体のゴブリンが俺のいる方向を見ていたはずだけど、目の焦点が俺に合っていなかったのかすぐに宴会に戻っている。酒に酔って警戒が疎かになっているんだろう。見立てたとおりだ。

 まずは手近な店、しまむらから侵入する。正面の出入り口は一般的な店舗のガラス戸で、異変があった時間を考えれば鍵がかかっているはず。けれどゴブリン達はお構いなしでガラス戸を破壊して店内を物色した跡が見られる。ただ、ゴブリン達は衣服には関心が薄かったらしく荒らされた箇所は少ない。店の状態としては良好な部類だ。


 割れて床に散らばったガラスに気を付けつつ、店内に侵入して中の様子を探る。――いる。スーパー前の宴会に参加しなかったゴブリンが1グループ、三体いるのが確認できた。宴会に参加していないので当然だけど酔っていない。ここの商品を持っていくにはどうしても彼らは障害になってしまい、排除しなくてはいけないようだ。

 排除、などという発想がごく自然に出てくる辺り、今日一日で俺の思想も大分暴力寄りに傾いた気がする。割と反社会的な思想の人間だと自覚はしていたけど、ここまでではなかったはずなのに。

 ……今は物思いにふける時間ではない。腰に吊るした鞘からナイフを抜き出す。狭い場所で音を立てず排除するならこういう刃物の出番だと思ったからだ。幸いなことにこのグループのゴブリン三体は店内に散らばって探索しているみたいだ。今なら各個撃破で仕留められる。

 身を低くして、サンダルを履いた足を慎重に前へ進めていく。店の商品である衣服に隠れながらゴブリンの一体に忍び寄っていく。幸い床がタイルカーペットになっていて音を殺すのに苦労せず、最後までゴブリンはこちらに気付いた様子は無かった。


 ゴブリンの背後に忍び寄った俺はすかさず行動に移った。ナイフを握っていない手でゴブリンの口を封じて横にひねる。これで叫び声は出なくなるし、次の行動にも移りやすくなる。

 口を封じた段階でナイフを握った手は振り上げられており、ゴブリンが驚きの声を漏らした時には振り下ろしている。ゴブリンの胸骨を破り、心臓にナイフを突き立てる感触が手に伝わってくる。普段から手入れを欠かさないバック社のハンティングナイフは楽々とゴブリンの肉体に突き刺さる。解体した経験のあるシカやイノシシ、クマと全く変わらない手応えだった。

 心臓にナイフを突き立てられて苦悶の声を出すゴブリン。もちろん俺が口を封じているので、大きな声は出ない。それでもこいつが死に切るまで油断なく周囲を警戒しつつ、ナイフを捻り抜き出した。出血は思ったほど多くは無い。仕留めたゴブリンは手近にあった試着室に押し込んで隠した。雑な隠匿だが、俺がここにいる間だけバレなければ問題はない。

 仕留めたゴブリンが持っていた武器は弓だった。飛び道具持ちを最初に仕留められたのは幸先が良い。次にかかろう。


 二体目。さんざん語っているが、今の世界に出現しているゴブリンは創作物に出てくるような馬鹿でもなければ弱くもない。まあ、こんなところで宴会を始めて酔っ払うなど考え足らずな部分はあるけど、油断していい相手ではない。このゴブリンもそうで、長物の武器を手に油断なく周囲を見ており、一見すると隙がないように思われる。ただし、経験不足のように思われる。軍隊で例えるなら新兵といったところか。

 商品の並んだハンガーラックを背にして、警戒する範囲を前方に限定しているゴブリン。俺はそのハンガーラックから衣装を静かに掻き分けて腕を伸ばした。

 後は迅速に事を終わらせる。例によって大きな声が出せないように口を封じ、逆手で握ったナイフをゴブリンの頭頂部に突き立てた。頭骨を破る固い感触の後、脳を突き破る柔らかいゼリーめいた感触がして、ゴブリンは力なく床に崩れ落ちた。ほぼ即死したらしい。

 ナイフを抜き、刃の様子を見る。バック社の頑丈なナイフだけにまだまだ大丈夫だ。好調だ。三体目にいこう。


 最後の三体目だが、俺が忍び寄る前に次の行動を始めようとしていた。衣服――おそらく使える布を――物色していた三体目は、何を思ったのか店の外へ出て行こうとしている。ここで外に出られると宴会している連中と合流されてしまい、俺の身が危なくなる。けれどナイフで攻撃するには遠い。二つ目の武器の出番だ。

 背中に背負っていたコンパウンドボウを手にして、ナイフとは反対の腰に吊るした矢筒から矢を抜き出す。鏃は狩猟用のブレードが付いた殺傷力の高い代物。日本では弓矢での狩猟は禁止されているけど、海外では盛んな国があってそういう方面に向けての商品が販売されており、日本でも通販で入手できる。

 矢を番え、ケーブルを引く。音も無く滑車が回り、弓がたわむ。スリングショットを撃った時もそうだったが、俺のエルフの肉体は弓矢にあっという間に適応して、以前の肉体以上に弓を扱えている。狙いをつけるのもあっという間だ。

 店の出口に向かうゴブリンの後頭部に向けて矢を放つ。ケーブルが空気を切る音がして、矢が飛んで、狙い通りにゴブリンの後頭部に吸い込まれるようにして突き立った。体の構造は人間と大差ないので、鏃は脳幹部分を破壊してゴブリンは即死したはずだ。最後の一体はうめき声もなく床に倒れた。

 油断なく俺は耳を澄ませて外の様子を窺う。こちらに近づく気配はなく、ゴブリン達の宴会はまだ続いている。ゴブリン三体のサイレントキル達成だ。


 放った矢を手早く回収してまず鏃の状態を確認。目立った損傷はなく問題なし。手早く二体目三体目のゴブリンの死体を一体目と同じ試着室に押し込むと、ここからは時間との勝負だ。

 事前にこの体のサイズは測定済みで、どのサイズの服を持っていくかは分かっている。持っていく衣服の種類も絞り込んでいるので、売り場さえ分かれば迷うことはない。持ってきた大型のドラムバッグに順次詰めていけば良いだけだ。

 まずは下着。ブラジャーにショーツだ。この体は貧乳の部類だけど、ブラが必要ない訳ではない。今後の活動を見据えてスポーツブラを中心に持っていく。ショーツも運動しやすいものをバッグに詰める。しかし、知ってはいたけど女性用のショーツはこんなに小さく畳めるのだな。余りにも小さくてサイズを何回も確認してしまうほどだ。

 次に上着にパンツだ。スカートは脚の防御や周囲の物に引っかかる事を考慮してやめておく。心理的抵抗もあるしな。丈夫さ重視でチノパンやデニムパンツに厚手のシャツ、革のジャケットを着込む。サイズの合った衣服だけにずっと動きやすくなった。

 すぐ隣の店舗、ワークマンからも商品を調達して、――こちらにはゴブリンは居なかった――半長靴タイプの安全靴で足元の防御を固め、作業用のグローブで手先の防御も固めた。ヘッドライトを付けたヘルメットで頭の防御も高まる。姿見で確認してみると、パンツルックなエルフ少女が探検隊のノリでヘルメットを被っている姿があった。どこかシュールな格好だけど、防御力としては有効なので問題ないだろう。ファッションショーではないのだ。美しさ、可愛らしさは二の次だ。


 一先ずの体裁を整え、装備を更新して、着替えの分はドラムバッグに詰めて早々に退散する。時刻は午後3時を回ったところ。ゴブリンを排除する時間を考えればなかなかのタイムではなかろうか、などと自画自賛してみる。

 表のゴブリン達の宴会はまだ続いている。経過時間を考えればまだまだ序の口だろう。しまむら店内のゴブリンが殺された事は発覚していない様子。撤収するには良いタイミングだ。

 特に問題なく自転車にたどり着いて、収穫物が入ったドラムバッグを自転車の後ろの荷台に固定する。後は自転車に跨って漕ぎ出せばミッションコンプリートだ。

 後ろを見やると、人間の居ないモールにゴブリン達の宴が開かれている。人の世を苗床にこれからはあれらモンスターが跋扈する時代だ。そういう印象を受けてしまう末世の光景だった。



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