トラブルを乗り越えファドゥーツへ(リヒテンシュタイン)

 リヒテンシュタイン公国は、リヒテンシュタイン家の当主を国家元首とする国で、大きさは小豆島ほど、人口は35000人、東京ドームすら満席にならない小国だが、国民への直接税はなく一人当たりのGDPはトップクラスと言われている。精密機器や牧畜、切手発行などの主産業の他、タックスヘイブンによるペーパーカンパニーも数多くあり、その法人税が経済を底上げしていると言われているが、そんな生臭い話題が似つかわしい、小ぶりながら上品な街だった。新しい建物は歴史ある建物の妨げにならないよう雰囲気や色が統一され、道路の整備も行き届いていた。治安も良く警察官の数は全国でも100名程らしい。 


 日本からミュンヘン空港に着いたのは現地時間の朝だった。空港でレンタカーを調達し午後にはリヒテンシュタインの首都・ファドゥーツのホテルに到着するはずだった。距離にして300km、呑気にドイツのロマンティック街道を走り、美しい街並みやノイシュバンシュタイン城を見学。さあいざファドゥーツへ!とカーナビをセットした途端、画面が暗くなった。再起動しても反応しない。シガーソケットから電気をとっていたはずだが、どうやらどこかが故障していてソケットに通電しておらず電池切れを起こしてしまったらしい。

 私たちはケチって携帯Wi-Fiを持っておらず、そのためいつもなら準備しているはずの地図もこの時は持っていなかった。完全な準備不足、海外のカーナビを信用するなんて迂闊すぎる。

 ここはまだドイツ、高速道路にも乗っていない。縋るように立ち寄った郊外のマーケットに地図は売っていない。なんと私たちはドイツの田舎町でファドゥーツへの道しるべを完全に失ってしまったのだ。


 途方に暮れかけていた私たちを救ってくれたのはマーケットの駐車場に車を停めていたお爺さんだった。言葉は通じなかったが、私たちの意思を汲み快くナビを見せてくれた。おかげで高速道路の番号とファドゥーツ出口の名称と道順をメモに書きとることができた。その間に別のおじさんが「俺は車の修理屋だ、見てやるよ」と私たちのレンタカーの運転席に座りあちこち見てくれた。結局その場でサクッと修理できるような故障ではなかったのだが、異国の地で差し伸べられた手がどれほど有難いものか。お爺さんとおじさんの手の温かさが心に沁みた。

 そしてメモを握りしめ出発。地図も持たずドイツ語も解らない私たちは予定の倍以上の時間をかけ、超原始的な方法で奇跡的にファドゥーツへたどり着いたのである。


 疲れ果てていた私たちはホテル近くのレストランでシュニッツェルとチキンソテーの夕食をとり、早々に寝てしまった。 

 翌日、ファドゥーツ城を訪れた。小高い丘の上にある城からは緑色の山々に囲まれたファドゥーツの街が一望できる。ドールハウスを並べたような街並みが可愛らしい。街の運動場のようなところに大勢の人が集まっていた。なんとなく近づくと誰かが「ビーチバレーの全国大会をやっている」と教えてくれた。全国といっても日本なら町内会程度の規模の人数だ。だがその場にいる誰もが楽しそうにゲームを眺めている。穏やかで平和な雰囲気を感じた。

 

 ファドゥーツの土産物屋でワインを買った。リヒテンシュタインで作られているワインは数が少ないため他国へ輸出をしていない。買うにはこの国を訪れなければならず手に入れるのは難しいと聞いた。後日談だが、相方がワイン好きの集まる会へ持参し大層珍しがられたと得意気だった。


 ファドゥーツの街の中心から車で10分ほど走るともうスイスとの国境だ。スペインへ行くためチューリッヒ空港へと向かう。到着までは大変だったが、絵本に出てくるような可愛らしい街並みと穏やかな空気を感じることのできたファドゥーツへの旅だった。

(2017年渡航)

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