モスクとギャグとサバサンド(イスタンブール)

 良い意味で期待を裏切られた、ということがたまにある。イスタンブールへの旅はまさにそんな旅だった。

 初めてのイスラム教国ということもあり出発前は服装や振る舞いなどの注意点を勉強したりだいぶ神経質になっていたのだが、結果的には全くの徒労だった。待ち合わせ場所に来た現地女性ガイドは髪を覆うこともなく流行の髪型にノースリーブ姿で我々を迎えてくれた。

 勉強不足で恥ずかしいのだがイスラム教とひと口に言っても宗派は色々あり、規律なども国や宗派などによってだいぶ違うのだと初めて知った。


 ガイドに案内されたスルタンアフメト・モスク、通称ブルーモスクは半円状の屋根が可愛らしいモスクだった。周囲を囲むように6本の塔がすっと美しく空に向かいそびえている。ブルーモスクの名のとおり内部はブルーを基調としたタイルが敷き詰められている。全体的にとても緻密で複雑な絵柄に見えるのだが、タイル一枚一枚に描かれた模様がまた素晴らしく繊細でいくら眺めていても飽きない。

 高い天井の内側はドーム状にカーブしていて、明かり取りにとられた小窓から明るすぎない程度の太陽光が入り、それが一層厳粛な雰囲気を高めている。タイルも素晴らしいが、ステンドガラスの色合いが繊細な模様の壁と見事に調和していて全てが上品に仕上がっているから壁全体に模様が描かれていても全くうるさくない。むしろ丁寧に造られた祈りの場だということを肌で感じる。

 なお6本の塔は、建設時の計画では実は4本だったらしい。トルコ語の金「アルトゥン(altın)」を「アルトゥ(altı)」6 と聞き違えたのが原因とか。大規模で且つ今となっては歴史的建造物の建築について妙に人間くさいエピソードが親近感を抱かせる。個人的には尖塔の色が金ではなくてよかったと思うのだが、途中で誰かが数の違いに気づかなかったのかな、と可笑しく思う。


 良く笑うガイドと別れ散歩がてらグランドバザールを訪れた。「よりどりみどり五月みどり!」「そんなの関係ねえ!」という声に振り向くと、若者が土産物店の呼び込みをしているところだった。トルコの人は親日家、とは聞いていたが、中東の地で聞く日本語のギャグには驚いた。しかも絶妙に古いうえ思わず振り向いてしまうところが悔しい。

 バザールはおもちゃ箱のようだった。ステンドグラスの雑貨店や山盛りに盛られたスパイス屋、ドライフルーツ屋。どれもがカラフルで、初めて見る光景に胸が高鳴った。真夏の空のような濃い水色をしたトルコ石のピアスに惹かれ購入した。思えばこの後の旅行から、その土地で取れる石で作られたピアスを買い集めている。

 

 さらに足を伸ばしガラタ橋へ向かった。私はここでどうしても「サバサンド」が食べてみたかった。焼きたてのサバを生玉ネギと一緒にフランスパンに挟み、たっぷりのレモン汁を掛けて食べる。日本人には馴染みがありそうでない、焼き魚とパンの取り合わせだ。最初は戸惑ったが意外にも肉厚で香ばしいサバとパンが合う。パンに染みたサバの脂が甘く、レモンの酸味が脂の重さをさっぱりとしてくれる。実は食べる前は「サバサンドは美味しい」という噂に懐疑的だったのだが、イスタンブールはまたしても裏切った。

 思い返せば色々驚かされた旅だったが、たまにはこんなのも悪くないのではないだろうか。

(2012年渡航)

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