オーロラを探して(アイスランド)

 私たちの前にオーロラが出現したのはほんの10分くらいの出来事だった。たった10分間だが、その後何年経った今でも思い出すとドキドキと胸を高鳴らせる体験だ。

 レンタカーを停めたのは24時間営業のスーパーマーケットの駐車場だった。雲の切れ間とオーロラが出現している場所の交錯したところがその辺りだった。高校生くらいの男の子が数人、ジュースやお菓子を持って店から出てくる。時間は午前0時過ぎ、どこの国でも男の子は明かりのあるところに集まるのだなと思った。東京なら真夜中のコンビニの風景だろうか。


 男の子たちが店の前でたむろし始めたその数分後、黒い空に白い影がうっすらと浮かび始めた。雲の切間から太陽の光が差し込むような感じで雲や霧とは明らかに違う。白から黄緑色に変わり、形は横向きから縦方向に変化した。

 けれどその時点ではまだオーロラなのか確信が持てず私は後ろを振り返った。なぜなら煌々と輝く満月がまだそこにあったからだ。9月の半ば、日本なら中秋の満月の時期。加えて駐車場の灯りも昼間のように明るい。それでも光はくっきりと目の前に現れ始めていた。

 慌てて通りを渡り向かいの小さい土手に登る。その頃にはもう人工灯や月光をものともしない光のマジックが、真夜中のレイキャビクの空で華やかに開催されていた。

 黄色がかった緑色のラインは黒い空を背景にして、風に揺れるレースのカーテンのように柔らかくしなやかに形を変えていく。カメラの準備をしながら、いつふっと消えるのか分からない儚い光を目に焼き付けるべきか、少しでもカメラに収めるべきか葛藤した。

 オーロラは波打つようにたなびき、机に置いたリングのように丸くなり、そして風にさらわれるようにふんわりと揺れながら闇に溶け込んで消えた。その時間、僅か10分ほど。


 興奮と脱力感が同時に押し寄せ胸はドキドキしているのに言葉が出ない。オーロラを見たという実感が薄い。一生に一度は見たいというあのオーロラのはずなのに。あれだよね? 本物だったよね? 私たち本当に見たんだよね? 何度も相方と確かめ合うとようやく少しずつ実感を感じ始めた。帰りの車の中で夢中で感想を言い合い、感動が消えないよう言葉で胸に刻み込んだ。そうしないと「やっぱり夢だった」となるんじゃないかとも思っていた。

もちろん夢ではなく、その証拠にピンボケではあるが写真も撮っていた。

  

 今回私たちはレンタカーを借りてレイキャビク周辺の観光地を回っていた。日が沈んだら宿に戻り、アイスランドのウェザーフォーキャストとオーロラフォーキャストの2つのウェブサイトを立ち上げて常に監視し、雲がなくオーロラが強めに出現している場所に車で向かう、という探し方をしていた。オーロラが出現していても雲があったら見えないと聞いたからだ。出来る限り万全の支度を整えたつもりだったが、実際に見れたのは最終夜のこの日だけだった。それでも短い滞在期間で見れたのはラッキーだと思う。

 

 オーロラを見た帰り、スーパーにたむろしていた男の子たちはいなくなっていた。真夜中の通りは車も少なく歩いている人などいない。たまにすれ違う観光バスはオーロラ鑑賞ツアーのバスだろう。あの人たちも見れただろうか。もし見れていたら私たちのように今頃興奮気味に盛り上がっているだろう。

 街中の宿に戻るととても静かだった。私たちにとっては唯一無二の体験でもこの地にとっては特別なものではないのだなと、当たり前のことを当たり前に感じた夜だった。

(2016年渡航)

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