夜空を埋め尽くす星とぺトラバイナイト(ヨルダン)

 念願のペトラ遺跡を訪れたのは初めてTVで見てから20年近く経っていたと思う。ピンク色の岩壁に造られた豪奢な建築物は当時高校生だった私の記憶に焼きつき、いつか実際に見てみたいと思っていた。

 ゲートを通り強い日差しを受けながら緩やかな坂道を下ると左右から空を覆うように聳え立つ岩の塊が見え始める。シークと呼ばれるその巨大な岩盤の裂け目をさらに進む。裂け目なので道幅は狭く先ほどまで青く広がっていた空は川のように細く見えている。岩の丸みに沿って進むと突如視界の左右にあった岩が開き目の前にエル・カズネが現れた。山のような巨大な岩壁に彫られたエルカズネは高さ45m、幅50m、想像していたよりもかなり大きい。だが岩の硬さを感じさせない繊細で滑らかなデザインは迫力と優雅さを併せ持っている。王族が住まうような装飾が施された建築物が宝物殿だと聞いて驚いた。これを山の上から吊るしたゴンドラに人を乗せ人力だけで彫って造ったのだというからさらに驚いた。


 一旦ホテルに戻り夕食を済ませてから、夜に行われるペトラバイナイトというツアーに参加した。この時間になるとゲートから先はツアー参加者しか入れない。園内に街灯などはないので真っ暗な闇の中を、地面に置かれたキャンドルを頼りにシークを歩く。昼間に太陽の陽射しを反射していた坂道にはゆらゆらとオレンジ色の淡い光が漂う。その光に導かれながら黒い岩の迫るシークを通りエルカズネに到着した。

 昼はピンク色に染まるエルカズネの前の広場には無数のキャンドルが配置され、柔らかい光が闇の中にかろうじてエルカズネを浮かび上がらせていた。柱の上の部分、綺麗な装飾が施されていた所は光が届かず闇に紛れて見えないが、それが逆に想像力を刺激する。あそこに彫られていたのは天使の顔だったか悪魔だったか、それとも別の何かだったか。昼に見たはずなのに、夜の遺跡はちょっと怖いようなワクワクするような得体の知れない雰囲気を醸し出している。

  

 空を見上げると見たこともない星空が広がっていた。真っ黒な岩の輪郭が星空との境界線だと分かるくらい、空が隙間なく星で埋まっている。流れ星は縦横無尽に流れ落ちそこらじゅうで星が瞬きをしている。地球から見える星の数はこんなにあったのか。眺めていると自分の存在をふっと忘れそうな気分になった。

 あそこで瞬いている星はこのエル・カズネがまだ存在していなかった頃からずっとあったはずだ。そしてここに人類の社会が作られ栄え衰えていくあいだ、あの星は地球に向けて輝きを送り続けていた。そんな風に考えたら今こうして両方を眺めていることがとても神秘的に思えた。

(2012年9月渡航)

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