クラシック・ハバナ(キューバ)

 首都ハバナの旧市街では50-60年前のクラシックカーが道路を行き交っていた。

 スペイン統治時代の面影を残すバロック調の教会や建物はそこだけ切り取ればまるでヨーロッパの旧市街のように華やかで、どこから写真を撮っても様になる。

 そしてキューバと言えば、カラフルにかつダイナミックにカスタマイズされたクラシックカーだ。バロック様式のクラシカルなホテルの前にずらっと並べられた赤や黄色や緑や青のクラシックカーは圧巻だ。まるでクラシックカー同好会が年一のイベントに全国から集まったように見えるが、ハバナではこれが日常なのだそうだ。中国製や韓国製の燃費の良さそうな車も走ってはいたが、それはそれ。なぜかハバナの街にはクラシックカーがとても似合う。


 クラシックカーは観光の一端として商業的にも、そして実用的にもまだまだ必要性を感じさせた。

 観光客にとっては他の国の観光地のどこでも見られない唯一無二の魅力的なアイテム。ピンクのクラシックカーの横で写真を撮ればいっぱしの映画俳優になった気分を味わえる。車好きでなくてもはしゃいでしまう光景だ。

 そして車の所有者は観光客を乗せてチップを稼ぐ。日々の現金収入という実用的な面でも大切な存在なのだと思う。実際、自分で長年手入れをしてきた車の方が真新しい中国製よりも使い勝手がよいのだそうだ。

 私たちが乗った車はギアがずっとPに入っていた。聞けばエンジンを逆向きに付けたから前に走る時はPに入れるのだそうだ。通常の向きではうまくエンジンが動かなかったので逆に取り付けてみた、というようなことを言っていた。

 周囲の国との関係上、新品の製品が手に入りにくい環境にあるからこそ今あるものを大事に手入れして使う。車のことも尋ねれば自分の家族のことを話すように色々教えてくれる。

 

 キューバでは国民ほぼみんなが公務員で給料が同じ、食料配給チケットがあり小麦や砂糖や油などは配給所で受け取る。飢えるほど貧しくはならないが金持ちになることもない。だからサービス精神などという言葉は皆無。いくら頑張っても給料に反映されないのだから、店もホテルも誰もが同じテンション、というか欲しいなら売っても良いけど、という態度だ。ギラギラしているのは観光客向けの商売をしている人たちだけで、それ以外では愛想笑いを見ることもなかった。

 この国を訪れた時にこの環境を不便に感じることもあるかもしれない。だがチェーン店やゲームセンターのネオンが増えて観光客の奪い合いなどが起き始めたら、素朴だけど味わい深い今のキューバの魅力は失われてしまうような気がして少し寂しく感じる。


 私は立ち寄っただけの観光客だからキューバの良い一面しか見ていないのだと思う。暮らしてみたら理不尽に思うことも不満も出てくるのだろう。

 実際、空港で荷物がターンテーブルに出てくるまで2時間半待たされたし、ホテルの部屋にインキーしてしまった時には客なのに結構叱られた。欧風の建物の裏道は汚くて臭かった。

 だけど夕方になるとぱりっとした制服を着た学生をあちこちで見かけた。聞けば教育と基本医療は無料で受けられるのだそうだ。決して裕福ではない国だが、食べること学ぶことに困る人たちはいない。人が生きるためには何が大切なのか。その回答は多分とてもシンプルで、昔は私たちも知っていたような気がするのだが、新しい物や事が常に溢れてくる日常の中に埋もれ複雑さばかりが増しているような気がする。

 街も人もクラシック。どこか懐かしさを感じるこの国をいつかもう一度訪れてみたい。

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