第3話 烏の帰還


 10月25日。

 昨夜、見事に復活カムバックを果たした連続爆弾魔――連続爆弾魔人、否、連続爆弾星人たる犯罪者『レイヴン』によって、無残に爆破された三葉銀行中央本店を。


 未だ周囲を「KEEP OUT」と書かれたテープで区切られたエリアの外側にて、マスコミや野次馬が集まり好き勝手に撮影会を開く中――エリアの内側に駐車した覆面パトカーに凭れ掛かるような姿勢で、堂々と煙草を吹かしていた癖毛の男は、鋭い眼差しでもって睨み付けるように見上げていた。


「――どうした? いつもの仏頂面が更に酷いことになって。せっかくのイケメンが台無しだぜ。純也」

「……速見」


 神田かんだ純也じゅんや

 警視庁捜査一課特殊犯係に所属する刑事たる男は、今まさに件の爆破された銀行から出て来た防護服の男にそう声を掛けられた。


 速見はやみ真二郎しんじろう

 彼は警視庁警備部機動隊における爆発物処理班のエースであり、また神田とは腐れ縁の仲でもある。


 神田は速見に「そんな戯言よりも先に報告しろ。爆弾はもう残ってなかったんだな?」と問い、速見は神田に「ああ。奴が仕掛けた爆弾は、昨日の大金庫を爆破した本命ヤツだけだったみたいだ」と返した。


「でも、どうしてそこまで警戒してんだ? 『レイヴン』の奴は、今まで事前に予告した以上の余分な爆弾なんて隠し残したことなんてなかっただろ?」

「……なんか匂うんだよ、今回の爆破ヤマは」


 紫煙を虚空へ吐き出して、短くなった煙草を携帯灰皿へと押し付けながら、神田は「……違和感は、初めて予告状を見たときからあった」と、爆破された銀行を眺めながら言う。


 速見が「予告状ってこれだろ?」と、事前に配布されたコピーを取り出しながら、二人に見える形でそれを広げた。


【10月24日、祭りの始まりを告げる号砲を放つ。

 死の騎士も、愛の聖職者も、我が飛翔を止められはしない。

 我を止めたくば、莫大なる金貨を捧げ許しを請うか、燃える棍棒を手に立ち塞がるがいい。

 全てを呑み込む皇帝と共に、我は君達を歓迎しよう。


 我こそは――爆弾星人『レイヴン』なり。


 追伸 再び、アナタに逢えるのを楽しみにしている。我が宿敵よ】


 速見は「回りくどくて厨二くさい、いつも通りの気障な言い回しに思えるんだが」と言うと、神田もまた「……ああ。奴が作った、本物の『レイヴン』が作った予告状――暗号ってことは、間違いないだろうさ」と返しながら、速見からコピー用紙をひったくるって解説を始める。


「『来たる10月24日、祭りの始まりを告げる号砲を放つ』――アイツは犯行日時も暗号にしてもったいぶる時もあるが、あっさりと日時を指定してくる時もあるから、これに関しちゃあ、まぁだ。……およそ一年明けの復帰戦にしては、ってのが違和感といえば違和感だがな」


 そう言いながら神田は、二行目の『死の騎士も、愛の聖職者も、我が飛翔を止められはしない』の部分を指差すと。


「飛翔は単に『レイヴン』っていう己の名前にちなんだだけだろう。問題は『死の騎士』と『愛の聖職者』の部分。しかしまぁ、これはとどのつまり、三行目を解く為のピース――ヒントってだけだ」


 つまり、犯行場所を示すメッセージは三行目――『我を止めたくば、莫大なる金貨を捧げ許しを請うか、燃える棍棒を持って立ち塞がるがいい』の部分。


「ここまでを踏まえれば、この暗号文がトランプの絵札スートをもじっているってことが分かる。『死の騎士』はスペード、『愛の聖職者』はハートだ。『我を止めたくば』、残るクラブとダイヤが示す場所に来いって言ってるわけだ」

「『莫大なる金貨』がダイヤを示してるってのは何となく分かるけど、『燃える棍棒を持って立ち塞がるがいい』ってのが、どうしてクラブになる?」


 クラブが示すのは、幸運とか、知恵とかだろ? という速見に、神田は「まぁ、確かにそれが一般的だが」と、同意を示しながらも言葉を続けた。


「その他にも、クラブのマークには棍棒を示す意味が含まれているんだ。そこから連想される農民を示す意味でもあるから、騎士や聖職者や商人を意味する他のマークよりも強弱としては弱いとされる――だがまぁ、ここで大事なのは、棍棒がクラブを示しているってことだけだ」


 つまり、金貨と棍棒が――ダイヤとクラブが示す、『全てを呑み込む皇帝』がおわす場所を、レイヴンは犯行場所として予告していたということ。そんな神田の言葉に、速見は目の前の建物を見上げながら、呟くように言う。


「それが、ここ――」


 大金庫『アレキサンダー』が置かれる、三葉中央銀行だったってわけだ――そんな速見の呟きを聞きながら、懐から再び煙草の箱を取り出しつつ。


 神田は、犯行場所として予告されていたその場所を、そして、その予告通り、まんまと爆破されてしまったその事件現場を見上げながら言う。


「……ああ。そもそもトランプのクラブのKキングのモデルが、かのマケドニアの伝説的な大王たる征服王アレキサンダーだからな。三葉銀行としても、それを踏まえた上で世界最高峰のセキュリティを謳う、御自慢の最新の大金庫をアレキサンダーと名付けた上で目玉にしていたらしいから、それらを踏まえてのトランプのスートをもじった暗号――予告状だったのかもしれない」


 つまりは、本気で犯行場所を隠そうとした、難易度重視の暗号では決してなかった。

 かの連続爆弾魔人――爆弾星人『レイヴン』らしい、洒落とカッコつけが詰まった、解読されることが前提の、正しく犯行予告状だった。


 問題は、それを事前に解けても、そこまで事前に読み解けていて尚――神田をはじめとする警視庁の精鋭たちが犯行を防ぐことが出来なかった、ということと。


「――で? 純也はそんな『レイヴン』らしい予告状の、一体何処に違和感を覚えたんだ?」


 神田は速見のそんな問いに、新たに取り出した煙草に火を着けようとして――しかし、それを箱に戻しながら「……だから、此処だよ」と。


 犯行予告された場所であり、一夜明けて犯行現場となった――三葉銀行中央本店を見上げながら、言う。


「奴は――愉快犯だ。洒落とカッコつけに満ちた予告状をわざわざ犯行前に公表し、それ以外の破壊は一切しない、まるでゲームをするように犯罪を犯すクソ野郎だ。――だが、だからこそ、アイツは自分の『美意識』を最優先に行動する」


 そんな奴の『犯罪美学ポリシー』が、これまで最も顕著に表れていたのが、事前に配布される予告状でも、凶器たる爆弾でもなく、会場となる犯行場所だった、と。


 これまで誰よりも強い熱意で、爆弾魔人『レイヴン』を追いかけ続けてきた神田純也警部は語る。


「アイツが犯行場所に選ぶのは、腐った金で築き上げた富豪の豪邸や、盗品を我が物顔で並べる美術館、社員をまるで奴隷のように絞り上げるブラック企業のビルディングといった――いわば、『黒い権力者』の『象徴』だ。まるで社会悪を成敗するような義賊気取りなヤツだからこそ、ここまでマスコミや世間の人気者になった」


 神田は犯行から一夜明けても尚、一向に減る気配のない人混みを――『立ち入り禁止』のテープの向こう側に集まるメディアや市民を横目で見ながら言う。


「……それはつまり、今回の被害者たるこの銀行にも、これまで『レイヴン』の標的となった奴等と同様に、後ろ暗い所があるってことか?」

「マスコミ連中や自称正義の一般市民たちはそう疑って、あるいはそう決め付けて、執拗な取材や誹謗中傷を繰り返しているみたいだが――今の所、警察うちらの捜査じゃそんな黒い何かは見つかっちゃいねぇ」


 だからこそ、妙だと、神田は呟く。

 あそこで大騒ぎしているマスコミや一般人のように盲目的に銀行を黒だと決めつけるつもりはないが、それでも、何の後ろ暗い所もない綺麗な銀行を『レイヴン』が短絡的に標的にしたとは、どうにも思えなかったのだ。


 これまでと違い、爆弾魔人ではなく、爆弾星人と名乗りを変えたことが――『レイヴン』の犯行スタイルの変化を事前に示していたというのだろうか。


(……それに、一番の違和感は……やはり、あの予告状の『追伸』)


 確かに、あの爆弾魔人は、自身の犯行を事前に阻止しようと、何度も現場に現れた『アイツ』のことを、殊更に気に入り、意識しているのだということは、共に現場でレイヴンに立ち向かい、捜査で肩を並べてきた神田には瞭然のことだった。


 だが、それでも、奴は『アイツ』への個人的なメッセージを、少なくとも世間に広がる予告状に書き記したことは、一度もなかった。


 マスコミや市民があれほどに熱狂しているのは、その『宿敵』の正体を知りたいからでもあるのだ。


「『追伸。再び、アナタに逢えるのを楽しみにしている。我が宿敵よ』――か。……結局、彼は此処には現れなかったけど」

「当然だろ。アイツはもう――刑事デカを辞めたんだからよ」

 

 そう言いながら、神田は寄りかかっていたパトカーから身体を離し、犯行現場となった銀行へと足を進める。


「だからこそ、『レイヴン』の野郎は今度こそ、俺ら警察が捕まえなきゃならねぇ」

「『祭りの始まり』――あると思うか? 二件目つぎの犯行が」


 神田は速見のそんな愚問には何も答えない。

 だからこそ、速見は神田に、続けて別の愚問をぶつけた。


「……お前がそこまで『レイヴン』にこだわるのは、アイツがお前の手を逃れている唯一の爆弾犯だからか? それとも――」

「さっきから、何を戯言を並べてやがる、速見」


 犯罪者を止めるのが――刑事デカの仕事だろうが。


 そう言って神田は今度こそ、まるで己へと火を着けるように、再び加えた煙草に着火して、そのまま後ろを振り返ることなく、ただ目の前の事件へと目を向ける。


 かつて共に爆弾魔人へと立ち向かった、あの爆弾魔人が現れるといつも決まって別部署から駆り出されていた、あの年下の相棒は、もうその隣にはいない。


「……お門違いだとは、分かっちゃいるが」


 恨むぜ、黒ちゃん――そう呟いた速見は、その独りぼっちの背中を追い掛けるように、自身もまた、再び犯行現場へと戻るべく足を進めた。




 


 ◆ ◆ ◆






 そんな二人の刑事の背中を、『KEEP OUT』と書かれたテープの向こう側——マスコミや一般市民が集結している人混みの中から、眺める二人の男がいた。


「——結局、貴方が望む男は、姿を見せませんでしたね」

「…………あぁ」


 そうだね――と、感情の色が見えない瞳の男が、無機質に呟く。


 こんな人混みの中においても飛び出してしまうような巨躯なる男は、自分と同じく黒いフードを被っている、そんな青年に。


 言葉と同じく、無機質な、冷たい眼差しを――己の美学を踏み躙る形で、無残なる有様へと破壊した建物へと向ける青年に対し。


 懺悔するように、その高い位置にある頭を俯かせながら言う。


「……申し訳ありません。私如きの為に、貴方には……多大なる代価を払わせてしまった」

「別に、お前たちの為なんかじゃないよ。これは僕が、僕自身の為に、払った当然の代価だ」


 僕が、僕自身の欲しいものの為に、支払った代償だ――と。


 己の傍らに立つ大男を一切見遣ることなく、ただ真っ直ぐに、己が破壊したものを、己が犠牲にしたものを見つめ続ける、そんな青年を。


「…………」


 青年と同じく、黒いフードを被った大男は。


 静かに、ただ真っ直ぐに、見詰めて。


「——そう。これは、お前が選んだ道だ、『カラス』よ」


 そんな二人の背後から、白いフードを被った男が声を掛けた。


 無機質な瞳の青年が、無精髭まみれの大男が、まるで銃口を背中に押し付けられたかのように、ピタリとその身体を固める。


 白いフードの眼鏡の男は、そんな彼らに、歪んだ微笑みを向けながら。


「これは、お前が選んで、お前が欲して、お前が始めた祭りなんだ。鳥籠を抜けて、羽ばたきたいと」


 自由を、求めて、起こした事件だ――そう言いながら眼鏡の男は、白いフードの中から、にちゃりと、笑って。


「ならば、最後までやり遂げてもらわなくては困る。このデカブツだけではない。後、三人。お前を待っている者たちがいるぞ」

「…………」

「さぁ、ここに集まっているお前のファンたちに、教えてやるがいい。次なる祭りの会場を」


 それこそが、我らが騎士ナイトの思し召しだ――そんな眼鏡の男の言葉に。


 無機質な瞳の青年は「…………分かっているよ」と。


 灰色に濁った、曇天の空を見上げて。


「――僕は、飛ぶと誓ったんだ。自分の翼で。誰よりも自由に」


 例え、そこが、蒼く綺麗な空でなかったとしても――と。


 そう呟きながら、黒いフードの青年は、懐からカードの束を取り出し、それを宙へとばら撒いた。


 ひらひらと舞うカードは、集まったマスコミやレイヴンファンの民衆の上に降り注ぐ。


 なんだこれはと騒めいていた彼らだったが、その中のひとりがカードを掲げながら、震えた声で叫び出す。


「よ、予告状だぁぁああ!! れ、『レイヴン』の新しい予告状だぞぉおおお!!」


 どよめきが伝播し、民衆がパニックに陥る。


 そんな中を掻き分けるように、叫びを聞いて取って返してきた二人の刑事が、「KEEP OUT」のテープを潜り抜け、民衆の海に飛び込んで来た。


「ちっ! 退け! 退けぇ!!」


 混乱の中、自らも空を舞うカードを一枚掴み取ると――神田は。


 民衆の波間の中から、空を舞うカードに手を伸ばすでも、地に落ちたカードを拾おうと這いつくばるわけでもなく、ただ真っ直ぐに、こちらを無機質な瞳で見据える黒いフードの青年と目が合った。


「————!」


 彼の両隣には、黒いフードの大男と、白いフードの眼鏡の優男。

 それは昨夜の犯行現場の監視カメラに映っていた――否、そんな映像を思い返すまでもなく、その『烏』をずっと追い続けてきた男には。


 神田純也には、その青年の正体は一目瞭然だった。


「————『レイヴン』!!」


 咄嗟に黒いフードの青年に向けて手を伸ばす神田だが、青年はそんな神田に背中を向けて、何処かへと立ち去っていく。


 民衆の波に呑まれる神田には、ただその背中を睨み付けることしか出来ない。


「待て! お前——なんでこんなことしてんだよ!! 『レイヴン』!!」


 必死に叫ぶ神田の声を遮るように、青年は烏色のフードを深く被り直した。


「————『レイヴン』!!!」


 かつての仇敵のひとりに、青年は「…………すまない、神田さん」と、小さく呟くと。


「もう――爆弾魔人『レイヴン』は、いないんだ」


 爆弾星人と、そう自ら名乗り直した青年は。


 一つ目の祭りの会場を後にし、新たな祭りの会場へと足を向ける。


 己が払った代償に、己が捨てた未練に、目を背けるように、背中を向けて。



 



 ◆ ◆ ◆



 



【来たる10月27日に開かれる、次なる祭りへと皆様方をご招待させていただこう。

 神に嫌われた樹々に囲まれた永遠なる丘の上で、絢爛豪華な宴を用意した。

 先人が紡いだ光の芸術が彩る中で、それを打ち消す新たな芸術を御覧に入れよう。

 全てを叶える皇帝と共に、我は君達を歓迎する。


 我こそは――爆弾星人『レイヴン』なり。


 追伸 どうか、姿を見せて欲しい。我が愛しの黒い光よ】

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怪人と星人。時々、探偵。 鶴賀桐生 @koyomikumagawa

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