第5話 自宅

お嬢様が驚いた表情で固まっている中、俺はさっきのやり取りをカウンターから見ていたバイトのお兄さんに話しかける。


「こんちわ~。」


「こんにちわ。…ワタル君が女の子を連れて来るなんて、店長に知らせなきゃ。」


と、冗談を言ってくる。


ちなみに、店長とは俺の親父である。


「あと、今度からは帰ってくるときは裏からにして。」


お兄さんは急に怖い顔になって言ってきた。


すんません。


俺はお兄さんに謝ると、未だに固まっているお嬢様を連れて、部屋に向かった。


_______________________


土日のうちに見られたら不味いものを片付けておいた自室にお嬢様を招く。


お嬢様は物珍しそうにキョロキョロしている。


「どうした?そんなにキョロキョロして。」


「いえ…。家族以外の私室に入ったことがないものですから。」


思ったよりも悲しい理由だった。


「そうか…。」


何となく気まずくなってしまったので、さっそく本題に入る。


「じゃあ、猫連れてくるから。待ってて。」


「分かりましたわ。」


俺は立ち上がると、扉を出て猫のところに向かった。






猫を抱いて扉を開けると、お嬢様が本棚の本に手を伸ばしていた。


…本棚っ?!不味い!


猫をサッと床に置くと、俺は今にも本棚に届きそうなお嬢様の手を横からガッチリと掴んだ。


お嬢様はいきなり手を握られて驚いたのだろう。


困惑の表情でこちらを見た。


やべぇー、なんて説明しよう。


「本棚には、見られたら恥ずかしいものがあるから触らないでくれ。」


テンパって本当のことを言ってしまった。


俺は馬鹿か?


そんな俺の焦りの表情に何を感じたのか、お嬢様は真剣な顔で「勝手に本棚を触ってすみませんわ。」と謝ってくれた。


まさか、察してくれたのか。


理解してくれたのか。


お嬢様が天使に見え、「いいよ、そんなわかりやすいところにエロ本隠した俺が悪いから。」という言葉が俺の喉から出る直前、お嬢様が言った。


「自分で描いた少女漫画や小説を見られたら恥ずかしいですものね。」と。


……どうやら俺が隠していたものを、彼女は勘違いしてくれたようだ。


あっっっっっぶねぇえええええ!


言わなくて良かった。


挙動不審な俺をお嬢様が怪しそうに見る。


「どうしたんですの?」


「いや、何でもない。…そうだよな~。こっそり書いてる少女漫画とか見られたら恥ずかしいよな。」


弁明しようと試みたがそれでも彼女は先程と同じ様な目でこちらを見ている。


ヤバいな。


そう思った時、「にゃあ~ん」という声が部屋に響き渡った。


お嬢様が猫の方を見た。


――チャンスだ。


「ほら、撫でるか?」


俺は猫を抱えてお嬢様に見せた。


「ぜひっ!」


そう答えたお嬢様の目には、もう俺は映っていなかった。


よっしゃあ!!


窮地を脱した俺がふと猫の方を見ると、猫はお嬢様に撫でられながらこちらを見ていた。


目が合う。


その瞬間、猫は俺に向かって笑った。


まるで、「やれやれ、俺が居なきゃどうなってたか。」とでも言うような笑みだった。


ね、猫…!


俺が猫に心から感謝していると、


「ところで、この子の名前はまだないんですの?」


そう聞かれた。


「まだ無い。」


「なら、もしよろしければ名前を付けさせてもらっても?」


そう尋ねる彼女の目は期待に輝いていた。


「いいぞ。」


「ありがとうございますわ。…実は、もう決めていますの。」


ほう。この土日に考えていたのだろうか。


「なんて名前なんだ?」


「では、言いますわ。今このときから、この子の名前は…。」


溜めるな。そう思いお嬢様の方を見た。


お嬢様はチラチラとこっちを見ている。


…どうやらノッて欲しいらしい。


いいだろう。俺は口でドラムロールの真似をした。


「ドゥルルルルル…」


言いながらお嬢様の方を見ると、満足そうにこちらに向かって頷いた。


その非常に可愛らしい表情を見て、俺は何となく困らせたくなった。


「ドゥルルルルルル…」


お嬢様は『そろそろいいぞ』とでも言うように、こちらに向かって先程より大きく頷いた。


「ドゥルルルルルルル…」


まだドラムロールをやめない俺に対し、お嬢様は戸惑い出した。


「ドゥルルルルルルルル…」


お嬢様が困惑しながらも俺に何か言おうとした。


今だ!


「あの「ダンっっ!!」」


よし。無事タイミングを被せることに成功した。


お嬢様は何とも言えない顔で、小さく「もう良いですわ…。」と言い、顔を上げた。


「この子の名前は、ミケランジェロです!」


…それは、もしかしてこの猫が三毛猫だからだろうか。


「…無反応だと辛いですわ。」


見ると、確かにお嬢様は辛そうに、恥ずかしそうにしている。


「あれだよな。何というか…うん…。センス溢れる名前だよな。…三毛猫だから、ミケランジェロ…。凄くいい名前だと思うぜ…。」


俺のフォローに、頬を赤く染めたお嬢様は小さく「違うんですの…。最初は本当に似合うと思って…。でも、これがダジャレだと気付いた時には…この名前以外しっくり来ないと感じるようになってしまって…。」と返した。


……ドンマイ。







太陽の光が赤くなってきた頃、お嬢様が帰ると言うので、玄関へ見送りに来た。


「じゃあ、またな。」


というと、お嬢様は「その前に…。」


と言ってスマホを取り出した。


なんだろう。写真でも撮るのかと思って俺がピースするとお嬢様は呆れた顔で言った。


「連絡先を交換しましょう、ということですわ。その方が次に来るときも便利でしょう?」


確かに。今日彼女を誘ったとき、教室中から見られて居心地が悪かった。


もうあんな思いをしたくなかった俺は、スマホをポケットから出した。




お互いにスマホを操作して、メッセージアプリに新たなアカウントを入れることに成功した。


「じゃあ、今度こそまたな。」


俺が言うと、彼女は笑顔で「ええ、また。」

といった。




それから一時間ほど後のこと。


俺がスマホを弄りながらミケランジェロを撫でていると、スマホからメールの着信を告げる音楽が鳴り出した。


メッセージを確認してみると、お嬢様からのものだった。


『今日はとっても楽しかったですわ。また遊びましょう。』


『アリスちゃんが楽しんでくれたなら何よりだよ😘

 猫と遊んでいるときのアリスちゃん…可愛かった ナ笑   

 こちらこそ楽しませてもらったよ😉

 また遊ぼうね😄❗』


と返信した。


そのあと何度もスマホが鳴っていたが、俺は無視して猫を撫でることに専念することにした。

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