chapter 9: REVELATIONS(1)
次の週の夕方、ヨハンネスはルールマン宅を訪れた。
徒弟が、パン焼き窯の掃除をしていた。
ルールマンは、中庭で翌日使う分のまきを割っている所だった。
「婆さんから伝言。施療院兄弟団は減刑タンガン書?って奴を出してくれる。たぶん聖霊修道会も連名。あと婆さん達が入ってる街の独身婦人会にも、かけあってくれるんだと」
ヨハンネスは、そう告げた。
「ありがたい」
そうは言ったが、ルールマンは沈んだ様子だった。
「なぁ、おっちゃん。まだ何にも悪い事してないのに、罰を軽くしろって願い出る話が進んでるの、おかしくないか?」
「まったくだ」
ルールマンは、ため息をついた。
「ちくしょう! ありえねーだろ!」
ヨハンネスは、悪態をついた。
「ピーピーうるせぇ! てめえは、その汚ねぇ口をなんとかしろ!」
珍しく、ルールマンが声を荒げた。
ヨハンネスは一瞬、身をこわばらせる。
その後、不満そうな表情を見せ、ルールマン宅を去った。
翌日からヨハンネスは、リューベック市内のパン屋を訪ねて回った。
あの日、ヴィッテンボルグと会っていたパン職人を探す為だ。
聞けば、リューベック市には三十四人のパン職人がいるそうだ。
それでも、三日目には探していた人物を見つけた。
クラウスという人物で、西門近くの下町でパン屋を営んでいた。
神経質そうな三十代の職人で、妻一人、子一人。
徒弟の少年を一人住み込ませている。
夕刻。
そのクラウスが小路を歩いている。
仕事明けに酒場で一杯やり、帰宅する途中だ。
せり出した上階によって空は狭く、すでに小路は薄暗い。
クラウスの背後を、ヨハンネスが歩いていた。
巧みに気配を消している為、パン職人は尾行に全く気付いていない。
小路に人通りは少なかった。
ヨハンネスとクラウスの間の距離が、少しずつ縮まっていく。
少年の表情から力が抜けて、無表情になった。
と、その少年の肩を叩く者がいた。
振り返ると、ピーター警吏の男装従者だった。
肩掛け付きの頭巾をしっかりとかぶり、口元を隠していると、ぱっと見には女性に見えない。
男装従者があごで横道を示した。
ヨハンネスはシェルドをちらりと見ると、黙って横道に入った。
男装従者も、それに続いた。
「市民に対する刃傷沙汰への罰は、最低でも市民権の剥奪です。分かっているのですか?」
彼女は、腕組みをして少年を見下ろしながら言った。
「そんなつもりねーよ。あんだテメエ?」
語気鋭く、ヨハンネスは尋ねた。
「ピーター様の従者です。覚えてないんですか?」
「そんなんわーってるよ。テメエの名前を聞いてんだ」
ヨハンネスの言葉に、男装従者は一瞬言葉に詰まって、まばたきした。
「メヒティルトです」
「そっか……。俺は、ヨハンネスって言うんだ。よろしく」
ヨハンネスが、普通の顔で言った。
「えっ。はい」
メヒティルトと名乗った従者は、虚をつかれたように応えた。
「で、そのメヒティルトさんが俺に何か用かよ?」
「……ルールマンさんの店に行きましょう。そこでお話します」
そう言って男装の従者は、先に立って歩き出した。
ヨハンネスは顔をしかめて迷ったが、結局、その後を追った。
ルールマンの店に着くと、彼は二人を二階の居間に誘った。
メヒティルトは暑そうに頭巾を脱いだ。
肩丈の栗色の髪が、さらりとこぼれる。
長身の上に整った小顔がのっていて、見栄えがする美人だった。
年の頃は、二十代ぐらいだろうか。
ヨハンネスはしばし驚いたが、ルールマンとメヒティルトが深刻な顔をしているので、表情を引き締めた。
「おそらく、刑は軽くなります。ですのでお二人は軽挙妄動を慎むように、との旦那様からの伝言です」
ルールマンに、メヒティルトはそう語った。
「軽くとは、どれくらいですか?」
ルールマンが尋ねる。
「昼にケーニヒ通りを聖マリア教会まで裸で歩き、門前で自己の罪を神の前で打ち明け、罪の許しを求めて頂きます。
晩鐘が鳴ると、司祭様が出てきてお許しが頂けます。それまで、正門前でひざまずいて待っていて下さい。
刑吏が二人、介添え人を務めます。市民からの投石や直接的な暴力がないよう、彼らが見張ります。ただし投げるのが汚物やゴミをであれば、妨げてはなりません。
あと、罰金として銀貨四十枚です」
メヒティルトの答えに、ヨハンネスは考え込んだ。
肉体的、金銭的な罰としては軽いものだ。
「……そこまで面目を潰されては、粉屋や皮なめし職人との連帯など進められんな」
ルールマンは、ひとしきり考え込んだ。
「わかりました。その旨、ピーター様にはお伝えください」
ルールマンがそう言うと、メヒティルトはうなずいて見せた。
「今回の件、どの程度ピーター様のご尽力があったので?」
「ご主人様は、判事を務める参議会員のご友人にご相談なされました。どこから減刑嘆願が来るかという見込みも添えてです。その結果、おそらく確からしい見込みが出たので、こうしてお伝えに来ました」
「……あんだよ。ピーターさんがねじ込んでくれて、刑が軽くなった訳じゃねーのかよ」
ヨハンネスが、口を挟んだ。
「ご主人様は、市参事会と市民の間のもめ事には、関与しません」
「……」
ヨハンネスは、黙った。
少年はルールマンを見たが、彼は目を閉じて考えている様子だった。
「わかりました。刑を受けます」
ルールマンは、そう言った。
「婆ちゃん、ピーター警吏って何なんだよ? なんか偉いのか?」
施療院に戻ったヨハンネス少年は、老フオイヤに尋ねた。
この頃のフオイヤは、部屋で椅子に座っている事が多い。
口と頭はまだ達者だったが、物忘れが多くなったり、何度も同じ話を繰り返すようになってきた。
「ああ、ピーター坊やの事かい。偉いかって言ったら、そうなんだよ」
フオイヤは、そう語り始めた。
ピーター・フォン・ダンツィヒと名乗ってるが、母方がダンツィヒ市の穀物商の家系なので、そう言ってるだけらしい。
本来の苗字はモルネヴェグ。市長を何人も出している名家で、施療院の創設にも携わっている。
モルネヴェグ家は様々な事業を行っているが、現在は金融と不動産管理が主でリューベック市に厳然たる影響力を持っている。
「あの子は、そこの長男だからね。本来なら市長だって狙える立場なのさ」
リューベック市の市長は四人いて、市参事会の中から選ばれる。
「ところがあの子は変わり者でね。家業は次男に任せっきりで、警吏なんて奉公仕事に精を出してる。結婚もせず、参事会にも立候補しない、とんだ放蕩息子で、モルネヴェグ家からそのうち廃嫡されるだろうって話さ」
老フオイヤは、そこでため息をついた。
「だけどね、あの子、職人やあたしらみたいな庶民にはとても親切で、人気があるんだよ。だからあの子は本当は切れ者だ、ってうがった見方をしてる人もいる」
「婆ちゃんは、どっちだと思うんだ?」
「そうさねぇ。あたしは案外、あの子は大きな事を成し遂げそうな気がするよ。ただ、何かのきっかけが必要なんだろうねぇ」
ヨハンネスの問いに、フオイヤはそう答えた。
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あ、サブタイトルはいつもアイアン・メイデンって私の好きなバンドの曲名から取ってます。
https://youtu.be/ng7Y1XZ6swk
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