廃棄生命 5

005


 数分後、畜舎から呪いが消え、師匠が畜舎から車に戻ってきた。


「これで呪いは消えた。食わず逃げ事件は解決だ」


「……殺したんですか?」


「殺した、というより、祓うの表現が合うのかな?」


 師匠は車を発進させ、安全運転で帰路につく。


「私の予想通り、……あの畜舎の中には、ただ一つの、恐らく、自然発生した呪いがいた。その姿は、何というか、キメラを想像してもらえれば分かりやすいかな?」


「……キメラ」


 僕の脳裏に、とある少女の顔が浮かぶ。


「ああ。キメラだ。牛や、豚や、鶏や、植物もあった。それらが、……こう、リアルタイムで、ぐちゃぐちゃぐちゃーってなってる、ような見た目だったんだが……。分かるわけないな。

 君が見れば正体はもっと正確なものになっただろうが、あれは恐らく、動物霊の類だ。それも……、家畜だった動物の霊だな。理由としては、畜舎にいたから、という安直なものだが……多分当たってるだろう」


「じゃあ、動物たちがその、……願いの具現化をしたってことですか……⁉」


「ああ。私もにわかには信じられないが、動物たちも、地球人類と同じように、願いを持ち、それの具現化ができるようだ。もしかしたら、願いの具現化というのは、知恵がなくても、理性や意志があれば、誰でもできるものなのかもしれない」


「じゃあ、動物たちが、動物たちの願いが集まって、その呪いを生み出した。それも、人々から食欲を奪うような……。一体、どんな願いが集まって、そんな呪いを生み出したんでしょう?」


「君は、あの呪いを視たとき、どのようなものを感じた?」


「う~ん……そうですね。…………ごめんなさい。一番最初のときは、感情を視るなんて余裕、ありませんでしたし、何か感じていたとしても、思い出せないです。さっき視たときも、元凶を辿ることを意識してましたから、その中身は……。……でも、呪いは大体、負の感情から産まれるものですし、食欲の消失って、明らかに他者に危害を加えるものですから……、無難に怒りとかじゃないですかね。人間に対しての怒りが呪いを生み出した……」


「うん。まぁそうだな。あれは怒り、憎しみ、あと悲しみかな? そういうものから構成された呪いだった。家畜の、人間に対する、怒り、憎しみ、悲しみが具現化したものだった」


 それが、あの事件を、呪いの効果を産み出したのか。それは、いったい、どのような意味を持つのだろう。


「家畜が何故あのような内容の呪いを産み出したのか、疑問に思ってるな?」


 師匠は僕のように人の心が読めるのだろうか?


「君は、『お残しは許しまへんでー!』っていうセリフを知ってるか?」


「何ですかそれ」


「最近、といっても五年前だけど、それぐらいに始まったアニメのセリフなんだがな。家畜たちが怒ってたのはこういうことだ」


「……? つまり?」


「『食べ物を残すな。残すなら食べるな』。いや、なんだったら、『お前たちに食べる資格はない』と言いたかったんだろうな」


「ああ……。なるほど」


 それは、正当な怒りだと、僕は思う。


「そう思うと、今回の事件は、人類にとって、いい機会だったんじゃないのか、そう思ってしまうよ。人類が環境配慮に目を向けるいい機会に。いやもちろん解決はすべきだったんだ。しかし、彼らの気持ちも、痛いほどわかるからな……」


「師匠?」


 顔を覗き込むと、師匠は何故か、悲しそうな表情を浮かべていた。


「いやなんでもない。ひとりごとさ。そんなことよりも、――ありがとう。君がいなかったら、私は彼らを祓うことが出来なかった」


「いえ。師匠のお役に立てて良かったです」


「……嬉しいことを言うじゃないか。でも、もっと自分を大事にしろよ? 引き際はちゃんと見極めることだ」


「……はい。分かりました」


 その言葉に、師匠は「うん」と微笑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る