廃棄生命 4
004
髪を束ねた師匠と僕は車に乗り、隣市へ向かっていた。
師匠の車は明らかに法定速度を無視している速度で走行していた。
「すまない。自分の仮説がおそらく正しいということに、自分でも信じられなくてね」
「信じられない?」
「ああ。信じられないよ。この事件を引き起こしている原因は、もしかしたら、願いの具現化、かもしれないなんて」
「願いの……、具現化?」
「ああ。多くの人間の願いが、同一の指向性を持ち、集合することで、現実を歪めることが可能になる、人類が誰しも持つ異能だ」
「そんなことが可能なんですか?」
「可能だよ。古来から人類は願いによって発展してきた。信仰と魔術はその典型例だよ」
「……? なるほど? でも、もしそれが本当だとしたら、大多数の人間が隣市を、というよりそこにいる人々を呪ってることになりますよ?」
「いや、おそらく奴らが呪っているのは、呪おうとしているのはもっと多い。徐々に呪いの範囲が拡大していることも加味すれば、一つの街だけじゃ収まらないだろう」
「……あ、そっか、こっち側にも呪いが来てましたもんね」
「そうだ、しかも、私の考えが正しければ、呪いをかけているのは――ッ!」
――瞬間。僕たちをまとう空気が変わった。
「――呪いの中に入った。頼む。晴眼を使って、呪いを振り撒いている存在を探してくれ。直行で呪いの元凶を叩きに行く……!」
僕は頷き、晴眼を解放する。
呪いの気配は住宅一件一件から視える。
強さはまちまちで、強く呪いが取り憑いている家もあれば、そうじゃない家もある。
僕は住宅から湧き出る呪いを注視する。すると、それぞれの家から、呪いの線が視えはじめてきた。
一本の家もあれば四本の家もある。
その線を家から辿っていくと、線がどんどんとより集まり、一本の太い線へと収束していく。
(これが師匠が言っていた、呪いの元凶!)
この線を辿っていけば、呪いを振り撒いている奴の場所に辿り着ける。
――嗚呼、それにしても、眼がイタイ。
バチバチと痺れるような痛みが眼から脳にまで浸透してくる。
元凶の居場所は分かった。後は師匠に伝えれば、それで……。
――あれ? 眼がオフにならない。
あれだけ練習したのに。あれだけ特訓したのに、アレを視てると、オフにするスイッチに手が届かない。
アレから眼が離せなイ。
いや、オフにする必要なんてない。これが僕の世界。ぼくのケしき。
流れに身をまカせるンダ。
道筋なんてオしえる必要ナんてナイだろう。すぐ目ノ前にミチがあルのだかラ。
アレに乗れバイイ。アレガ元キョウにツナガっテイルのナラ、アレニノッた方が手っ取り早イ。
アレにノろう。今すグ乗ロう! こンな肉体は捨テて、もット遠クヘ!
『――と?』
何か、聞コえる?
『……イ! ――ト。――ズと⁉』
ボクのナマえを。誰かガ……。
「――和斗‼︎」
――ガンッ‼︎ と頭に強い衝撃を感じた。
「……ッ、アアァ――!」
とても気持ち悪い。車酔いでもしたのか? 今にも吐いてしまいそうだ。
「和斗! オイ和斗! 無事か⁉︎ 自分が分かるか、源和斗!」
となりを見ると、師匠が焦ったような顔で、僕の名前を呼んでいた。
「し、しょう? 前見て運転しないと危ない、ですよ?」
「馬鹿野郎! そんなのはどうでもいい! お前、引っ張られかけてたぞ!」
「ごめんなさい……。でも、見つけました……」
「――ッ! 分かった。説教は後だ。それで、元凶は?」
「太い線が、……あっちに」
僕は視えた方向に指を指す。
「ずうっとあっちに伸びてて……。たぶん、あれの先に元凶が……!」
「分かった。ありがとう。今はゆっくり休め」
「……はい」
言葉に甘えて、僕は車のシートを倒し、静かに目をつむった。
■■■
師匠に方向を伝えてから一〇分もせずに、車は止まった。
「ここか」
師匠の言葉で、僕は目を開ける。荒れた牧場のような場所に車は止まっているようだ。
広大な土地に、伸び切った草。そして壊れかけた畜舎がある場所だった。
畜舎からは、これまで視た呪いとは比較にならないほど膨大で、強力な呪いの塊が視える。
あれが呪いの元凶だと、僕は瞬時に理解した。
「よく分かりましたね……。ここが、大元がいるところだって。僕は大まかな方向を教えただけなのに」
「大まかな方向さえ分かれば良かったんだよ。町の中では、呪いが蔓延していたからな。強弱があまり掴めなかった。でも、方角さえ分かればこっちのものだ。大まかな方向さえ分かれば、探知の範囲を狭くできるから、探知の精度も上がるというわけだ」
師匠は車のドアを開け、外に出る。
僕もドアを開け、外に出ようとするが、僕の前に回り込んだ師匠が、僕の肩を掴んで、無理矢理シートに座らせた。
「君はここで待っていろ。この先は危険だ。この私ですら異常事態だと本気で思うくらいにな。君も疲れてるだろう。今はゆっくり休め。……協力してくれて、ありがとう」
師匠は微笑み、僕の頭をなでた後、ドアと車のカギを閉め、畜舎の中へ入っていった。
僕は自らの力不足を呪った。
僕にもっと力があれば、隣に立つことが出来たのだろうか。
いや、それはない。たとえ僕に力があったとしても、師匠は僕の同行に難色を示しただろう。
先の一件以来、師匠は過保護になったと思う。様々な可能性を考え、僕を魔術的な事象から遠ざけようとしているような気がする。
それに不満はないのだ。僕のためを思ってくれているのはありがたい。でも、どうしても心の中にモヤモヤしたものが付きまとう。
自分が、師匠に『甘えている』という事実が、僕に無力感を実感させるからだろうか。
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