第7話 卵

「魔女かぁ……」


与えられた《二つ名》に愚痴をこぼしながら家へ帰る姫華。

その腕には、一つの大きな卵があった。






十数分前


「はぁ……魔女かぁ…」


ただでさえ《カニバリズム》と《同族喰らい》のせいで周囲から白い目で見られていたにも関わらず、大き過ぎるデメリットを持った《魔女》という称号。

新しい爆弾を抱えることになってしまった姫華は、溜息をついて落ち込んでいた。


「せめてもう少しまともな称号を……ん?」


落ちていた枝を使って土をいじっていると、後ろからパチパチという、何かが燃えているような音が聞こえ、振り返る。

するとそこには激しく炎を上げる不死鳥の姿があった。


「え?……ええぇぇぇ!!?」


何故か激しく燃え上がる不死鳥の体。

しかし、不思議なことに一切熱を感じず、周囲に燃え移る気配もない。

そんな不可思議な状況に理解が追い付かず、その場に立ち尽くしてしまった姫華。

だが、あることを思い出しすぐに不死鳥の元へ駆け寄る。


「羽根!《不死鳥の羽根》!!」


その昔、まだまだ姫華が弱かった頃。

たまたま知り合った男性と焚き火を囲んで話した際に聞いた話にこんなものがあった。


『もし、この世界に不死鳥が存在したら、その不死鳥の羽根はとんでもない価値を持つだろうね』

『ゲームはもちろん、アニメや漫画において、復活アイテムといえば《エリクサー》か《不死鳥の羽根》だ』

『まあ、ものによっては《一度だけ死を回避する》って効果のものもあるけど…まあ、死を回避できる《アーティファクト》って、いかにも富豪とか権力者が好きそうじゃない?』

『もちろん僕も欲しいよ』

『誰もが欲しがるモノだろうね』


誰もが欲しがる《死を回避する》能力を持った《アーティファクト》。

そして目の前に不死鳥が居る。

なんとしてでも羽根をむしり取らなければならない。

その一心から燃え盛る不死鳥の体に手を当て、その羽根を思いっきり引っ張る。

しかし、


「ふぎぎぎぎ!!」


いくら力を入れても羽根はびくともしない。

戦闘力が大幅に上昇し、筋力も尋常でない状態になっている姫華の力でも、羽根は一本も抜けなかった。

それでも諦めきれず、何度も挑戦するが結果は惨敗。

やがて不死鳥の体は、火に巻かれた蝋のように崩れ始め、炎へと変わってゆく。


「あぁ!待って!まだ燃え尽きないで!!」


まだ羽根を採っていない。

その一心から自ら炎の中へ飛び込んだ姫華の体に、それまで一切の熱を感じさせなかった不死鳥の炎が牙を向いた。


「うぐっ!?あああああああああ!!!」


全身が燃える。

先程までの無害さが嘘のように姫華の体を焦がしていく。

皮膚を、肉を、爪を、髪を。

明らかに異常な熱を帯びた炎は、あっという間に姫華の体を火傷だらけにしていく。

しかし、突然痛みが消えるのと同時にその火傷は一瞬にして再生した。


(なんで…どうして傷が………まさか、これが《再生の炎》ってモノなの?)


《再生の炎》

不死鳥の持つ固有能力の一つだ。

その炎は大量の生命エネルギーをもち、触れたものを癒やす効果を持っている。

もちろん、普段は不死鳥にしか効果を発揮しないが、不死鳥が意図して使用することで他者にもその効果を反映させることができる。

痛みが消え、火傷が一瞬で完治したのは、不死鳥が姫華に《再生の炎》を使用したからだろう。


「バカな…自分を殺した相手に《再生の炎》を……」


姫華が不死鳥に助けられた事に困惑していると、不死鳥の体は完全に崩れ落ちた。

そして、その場には大量の羽根と灰が残されていた。

…否、もう一つ残されているものがある。

それは、ラグビーボールのような形をしており、大きさはラグビーボールよりも一回り大きい。

灰を被っていたいたので払ってみると、それは大きな卵だった。


「不死鳥の卵……不死鳥は死後灰の中から蘇るってよく言うけど…まさか卵とは……」


某有名魔法学校に出てくる不死鳥をイメージを持っていたため、不死鳥が卵になるのは中々に驚きだった。

灰の中から雛が出てくるとのではなく、卵がポツンと置かれている。

では誰が卵を温めるのか?

そんな疑問を抱いた姫華は、卵を抱えると羽根と灰を回収して家に戻ることにした。


「こんな所に卵を無防備に置いておく訳にはいかない。帰って私が温めてあげよう」


幸い、卵はかなりの熱を帯びている。

しかも、その熱は魔力によるもの。

つまり、卵の状態で体温を維持できるという、とんでもない能力をこの卵は持っている。

布団に包んでおけばさらに暖かくなって、孵化にいい影響を与えるだろう。

もちろん、温め過ぎるのは良くないだろうが、定期的に熱を逃せば良い話だ。

家を空けることが多い姫華にとって、基本的に放置で良い管理というのはとても嬉しいものだ。


「冬用の布団を使えば暖かくなるかな?まさか、卵自体が発熱してそのまま孵化するようになっているとは…」


卵を刺激しないようにゆっくりとバランスを取りながら走ったせいで、帰るまでにいつもの十倍近い時間か掛かってしまった。

家に帰ってきた姫華は、家の近くに誰もいない事を確認すると、すぐに不死鳥の卵を布団でくるみ、人が来なさそうな部屋へ入る。

そこに卵を隠すと、部屋にしっかりと鍵をかけた。

この部屋には窓はあるが、とても人が入れる大きさの窓ではない。

いつも雨が入らなように注意しながらではあるが窓は開けているので空気は綺麗だ。


「家からそう遠くまで行かなければ、卵が孵ったかどうかは察知できる。やっぱり、家に残らないとね」


一応、念入りに家の近くに人が居ないかチェックをし、家中を探し回って人が来た痕跡が無いか調べる。

もちろん、家の外のチェックも忘れない。

そこで姫華はあることに気が付いた。


「あっ!水を採って来てない!!」


山へ行った理由は水を確保するため。

しかし、山の主との戦闘や、《ネームド》の討伐でそれどころでは無くなり、帰ってきてしまった。

もちろん、まだまだ飲む用の水は残っている。

畑の水だって普段は川から持ってきている。

本来、焦る必要はないが、水を狙う泥棒の事を考えるとやはり予備があった方がいい。

しかし、今山奥まで水を取りに行くのは少し怖い。


「水はほしいけど、卵を守らないといけないし…鍵なんて気休めでしかないからなぁ」


実際、昔泥棒に入られた時は鍵を壊されていた。

もう十年以上前の話なので既に犯人はブタ箱にぶち込まれ、恐らくモンスターに襲われて死んでいるだろう。

姫華はその時の泥棒が生きているとは思っていないが、同じようなことをする奴が居ないとは限らない。

そんな心配をしていると、姫華は誰かがこちらへ来ている気配を感じ取った。


「また水泥棒か?…ちょうどいい、軽く脅して〆るか」


姫華の家の裏にある山は、春には筍が取れたり、秋には誰かが植えた柿の木から柿が取れたり。

川や大きめの池があるので魚も採れる。

山菜だって山ほど生えているし、普段からモンスターを間引いているため野生動物も多い。

これでもかというほど山の幸の詰まった、ある種の金山のような山だ。

しかし、この山には誰一人として近付こうとしない。

理由は簡単。

姫華が居るから。

姫華の事を恐れる集落の人間達は、全くと言っていいほど山に入ってこず。

多少のリスクを受け入れてでも別の山へ行こうとする。

そのため、家に向かってくる人の気配は大抵泥棒だ。


姫華は山へ身を隠すと、タイミングを見計らい泥棒の様子を確認する。

すると、相手はやはり集落で泥ママと呼ばれている女だった。

女は念入りに周囲を警戒しているが、素人のそれでは姫華を見つけることはできない。

やがて、水瓶の側まで来た女は持ってきていた水筒を水瓶の中へ入れる。


「ここで何してる」

「ひゃうっ!!」


突然、後ろから声をかけられた女は、水筒を手放して飛び跳ねる。

すぐにその場から逃げようとするが、着地が上手く行かず、転んでしまう。

そこへ姫華が《威圧》を使って女を脅す。


「あ…あ……」


圧倒的格上が放つ《威圧》は相当な破壊力を持ち、例え威力を抑えていたとしても簡単に相手を気絶させることができる。

姫華の《威力》を受けた女は、妙な声を出したあと泡を吹いて気絶してしまった。


「…ちょっとやり過ぎたかな?」


液体が染み出している股間部を見ながら、姫華はそう呟いた。

このまま放置してもいいが、それでは簡単に逃げられてしまう。

それに、もう少し脅さなければこういう連中は反省しないものだ。

少しくらい、痛い目を見せるべきだろう。

女の体を持ち上げると、近くの川へ連れて行く。

そこでズボンと下着を脱がせて、その両方を洗う。

もちろん濡れた部分にも水を掛ける。

何故か女は目を覚まさなかったので、異空間へ入れていたタオルで水を拭き取り、遠出用に何年か前に入れた下着とジーパンを着せた。


「……この人、死んでないよね?」


中々目を覚まさない女を見て、まさかと思った姫華は緊急で《鑑定》を使う。

本人の許可のない《鑑定》の使用はマナー違反ではあるが、今回は致し方なしだ。

《鑑定》は問題なく発動し、ステータスを閲覧することに成功した。


『名前: 本田遥 ♀

 種族: 人間

 位階: 2

 総合戦闘力: 206

 スキル: 下級潜伏 下級盗術 

 称号: 《泥棒》《盗人》《人殺し》


 所持スキルポイント 20 』


「《人殺し》?この人、殺しをしたことがあるの?」


位階が二になっているのはそれの影響だろう。

しかし、この時代に《人殺し》の称号を持つものは珍しくない。

盗賊や山賊、海へ出れば海賊だって居るのだから。

そういった連中は称号に《○賊》と付いており、死体を《鑑定》しても《○賊の死体》となるため、殺したとしても賊であれば問題ない。

つまり、人を殺した事が問題なのではなく、誰を殺したかが問題になる。


「この集落であった殺人事件といえば……私がここに来てすぐの時にあったあれか」


姫華が集落に来て間もない頃。

集落の長をしていた家の奥さんが殺害されるという事件があった。

当時、長の家には奥さん一人しかおらず、長とその息子は猟師と共に狩りに出ていた。

長の不在を狙った計画的な殺人事件だった。

しかし、長は誰かから恨みを買うような人ではなく、むしろ集落の中での話し合いで誰一人なろうとしなかった長の地位を引き受けた、周囲から尊敬の眼差しを向けられる人物。

そして、その奥さんも恨み買う程の事をするような人ではなかった。

そのため犯人特定は難航し、未だに解決していない事件だ。


「まあ、別にどうでもいいけど」


姫華はあの事件の際、潔白を証明するため《鑑定》を許した。

その結果、“カニバリさん”と呼ばれ、恐れられる事になったが。

しかし、『殺人犯とは違うが、それ以上にヤバイ奴』という、不名誉な認定のされ方をすることで候補から外された。

集落からは腫れ物扱いを受けているので、わざわざ事件解決に手を貸すつもりもなく、姫華はこの女が犯人であろうとどうだっていい。

未だに気絶している女を担ぐと、家へ向かった。

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