第5話 VS山の主
「この気配…《ネームドモンスター》か」
姫華は冷静に感じ取った気配から、その正体を特定する。
しかし、気配は一つではなく、またもう一つの気配と争っているように感じる。
「もう一体は《ネームド》じゃないな。…もっと上、《ボスモンスター》かな」
《ネームドモンスター》
別名、《二つ名持ち》とも言われるモンスターで、他のモンスターとは一線を画す強さを持っている。
その強さは総合戦闘力だけでも五十万以上。
特に強い《ネームド》は二百万以上とも言われているほど圧倒的であり、姫華も絶対に手を出さないようにしていたモンスターだ。
また《ネームド》は常に一定の数存在し、《ネームド》を殺した者は次の《ネームド》となる。
そのため、常に《ネームド》の数は減ることがなく、一定数存在する。
しかし、例外として《ネームド》が《ネームド》を殺すと、その数が減る。
そして、その者は《二つ名》を二つ持つことになる。
ちなみに、《ネームド》の定数は176である。
《ボスモンスター》
《ネームドモンスター》の上位互換であり、各都道府県に一体ずつ存在している。
基本的にその都道府県から出ることはなく、《ボスモンスター》同士の争いは滅多に起こらない。
しかし、《ネームドモンスター》との戦闘は度々発生し、周辺に被害を出す。
戦闘力は最低でも百五十万以上。
判明している最も強力な《ボスモンスター》の戦闘力は五百万である。
《ボスモンスター》は討伐しても《ネームド》のように次の《ボス》になれる訳ではない。
しかし、唯一無二の称号を得られる為、全く討伐する意味がない訳では無い。
「運がいいわね。このまま争ってくれれば、《ネームド》が致命傷を負う。そして、そのまま《ボス》が何処かへ行ってくれれば、私が次の《ネームド》だ!」
《ネームド》は名声はもちろん、ステータスに大幅な補正がかかる。
また、弱いモンスターや人間等の格下に対して威圧効果があるため、雑魚に囲まれた時に役に立つ。
弱っているところを見つけたなら、積極的に攻撃すべきだろう。
その事を知っている姫華は、気配のする方へ走り出した。
そして、山の中腹ほどまで来たところで強力なモンスターの気配を感じ、立ち止まる。
「これは…山の主か?」
山の主。
姫華がそう呼ぶ存在は、この山一帯を縄張りとしている強力なモンスターだ。
しかし、非常に温厚で腹が減っていない状態では自分から人を襲うことはまずなく、また集落には姫華が居ることを知っていて、あまり人間を襲おうとしない。
しかし、単純な戦闘力では格上なので姫華も手を出していなかった。
「《ネームド》と《ボス》の圧に日和ったのかな?ちょっと様子を見に行くか」
山の主は、本来もっと奥に住んでいる。
《ネームド》と《ボス》から逃げるためにここまで降りてきたのなら、もしかしたら集落に行ってしまう可能性がある。
突然山の主が集落に現れれば、それはもう大パニックになるだろう。
その状況で、万が一誰かが山の主を攻撃したらどうなるか…
そのような事態を避ける為に、姫華は山の主の様子を見に行くことにした。
「この辺りのはずだけど……居た!」
気配を頼りに山の主の方へ向かって行くと、そこには目を血走らせ、口を半開きにしながらヨダレを垂らしいている巨大な熊が居た。
あの巨大な熊が山の主なのだ。
やはり、姫華の予想通り何か様子がおかしい。
「《ネームド》と《ボス》の圧にやられたか…錯乱してる」
山の主は、《ネームド》と《ボス》の圧にやられ、錯乱しているようだった。
よく見ると、両前足に血が付いており、途中で何かを襲った事は明白。
姫華はどうするべきかと少し距離を取りながら山の主の様子を観察する。
すると、突然山の主が姫華の方を向く。
そして、しばらくその方向を見つめたあと、
「グルアアァァァァア!!!」
腹の底を震わせるような咆哮をあげ、強靭な四肢で地を蹴りこちらへ向かってくる。
「チッ!見つかった!!」
姫華は、すぐにその場を飛び退くと、異空間からハルバードを取り出す。
その直後、山の主の突進が先程まで姫華が居た場所で炸裂し、木の幹を破壊する。
「ハアァッ!!」
突進が失敗に終わり、僅かに生まれた隙をつく形で姫華はハルバードを振り上げる。
ハルバードは山の主の腹部に直撃し、姫華の人間離れした腕力によって毛皮を容易く断ち、肉を削ぎ落とす。
内臓を傷付けるまではいかなかったものの、決して無視できないダメージだ。
錯乱した山の主は怯むことなく姫華に向かって前足の爪で攻撃してくる。
「甘い!」
しかし、正常な判断ができない山の主の攻撃では姫華を捉えることができず、簡単に回避されてしまう。
姫華は振り上げたハルバードの向きを変え、刃のある方を前に向けると全力で振り下ろす。
狙うは首。
この一撃で首を斬り落とし、一気に勝負を付ける気なのだ。
だが、命の危機を感じた山の主は本能的に飛び退く事で、姫華の必殺の一撃は空を切る。
そして、そのままハルバードは地面を叩いた。
「くっ!」
けたたましい轟音と共に、まるで爆撃でも受けたかのように、ハルバードが振り下ろされた周辺の大地が砕け、土が飛び散る。
近くにあった木は根っこから吹き飛ばされ、小規模なクレーターのように地面にくぼみができる。
「ぺっ!ぺっ!クソッ!口に土が入った」
衝撃の直ぐ側に居た姫華は、飛び散った土を全身で浴び、口の中にまで入ってきた。
姫華は土を吐き出すと、くぼみから離れ近くの背の高い草を毟る。
そして、その毟った草を口の中に放り込み、むしゃむしゃと食べしまった。
「やっぱり土を食ったあとの口直しは野草だね。こんな事するの私くらいだろうけど」
姫華は基本的に何でも食べる。
そう…何でも食べるのだ。
もちろん、金属や石、プラスチック等は食べないが、基本的に有機物であれば何でも食べる。
一応、プラスチックも有機物ではあるが、本人曰く美味しくないので食べないとのこと。
姫華は、《悪食》というスキルのお陰で自然界に存在する有機物は大抵食べる事ができる。
しかも、毒や病気、寄生虫を一切気にせず生食できるという副次的効果が存在し、毒草や毒虫、毒魚を食べても問題無し。
もちろん、生肉も平気で食べられる。
その結果、物理的に道草を食うという事をたまに行っていたりする。
「グルルル……」
「錯乱状態でも警戒はするんだね。でも、もう遅い」
姫華は再びハルバードを構え、警戒心を高めた山の主に向かって走り出す。
一瞬で山の主との距離を詰めると、山の主が動くよりも速くハルバードを振り上げる。
その先には山の主の顎があり、下から骨ごと叩き斬るつもりなのだろう。
それに対し、山の主は両前足を地面に叩きつける攻撃をするため、上半身を持ち上げていた。
これならハルバードを躱すと同時に、攻撃できたかも知れない。
しかし、姫華のハルバードは山の主の動きよりも速い。
「ふんっ!!」
ハルバードは顎のに直撃し、山の主の顎を粉砕した後、鼻の部分まで切り裂く。
叩きつけ攻撃のために上半身を持ち上げていた事が功を奏し、脳を下から破壊される事は無かったものの、山の主の顎は完全に破壊され、顔の下半分を縦に真っ二つにされてしまった。
だが、錯乱状態の山の主はそれを意に介さず両前足を振り下ろす。
「それは不味い」
姫華は急いで飛び退くが、両前足が地面に叩きつけられた時に発生した衝撃波までは躱せなかった。
「くっ!」
空中で大きく体勢を崩した姫華は、着地と同時にバランスを取ろうとする。
しかし、そのバランスを取るための僅かな時間を狙って山の主は突進してきた。
「やばっ!」
姫華は何とか間にハルバードを挟んで直撃は回避するも、威力を抑えることはできず後方へ吹き飛ばされる。
飛ばされた方向には木が生えており、姫華はその木にぶつかる。
「がはっ!?」
木はミシミシと嫌な音を立てたが、地面に張り巡らされた根の力でその場に踏ん張る。
そのせいで凄まじい衝撃が姫華を襲う。
恐らく骨が折れている。
しばらくは安静にしたほうが良いだろうが、今はそれを気にしている場合ではない。
「嘘でしょ!?」
山の主は再度突進を行い、姫華に向かって走ってきている。
なんとか立ち上がり、突進をぎりぎりで回避して、木を粉砕してもなお走り続ける山の主の後を追う。
やがて減速した山の主の左後ろ脚めがけて全力でハルバードを振り、脚を斬り飛ばす。
「ガアアア!?」
突然脚を失い、バランスを崩した山の主はその場に倒れ込む。
そんな隙を、姫華が見逃すはずがなかった。
「うおりゃぁぁぁああ!!」
飛び上がり、ハルバードを振り上げた姫華は、首の骨に狙いを定め全力でハルバードを振り下ろす。
その一撃は、正確に山の主の首の骨を捉え、粉砕した。
脊髄を、骨ごと再起不能なまでに粉砕された山の主は即死した。
《位階が上がりました》
《位階が上がりました》
《位階が上がりました》
「お?一気に三つも位階が上がった。流石山の主だね」
格上のモンスターを倒した事で、多めに経験値を獲得した。
そのため、位階が三段階も上がったようだ。
すぐに自分のステータスを確認する姫華。
『位階: 90 +3
総合戦闘力: 252,430 +4070
称号: 《山の主殺し》 NEW
所持スキルポイント140 +30 』
「おお!位階が九十になってる!」
山の主を倒した事で位階が上昇し、ついに九十の大台に到達した。
また、戦闘力も上昇し、新しい称号も獲得した。
『称号:《山の主殺し》
山の主を討伐した者に贈られる称号。
効果: 総合戦闘力を少し上昇させる。 』
どうやら、上昇した戦闘力の一部は称号の効果もあるようだ。
どの程度上昇しているかは明記されてはいないが、あるにこしたことはないだろう。
しかし、姫華は称号にはあまり興味がないようだった。
「どうしようかな?取ろうかな?《鑑定》」
スキル《鑑定》
他者のステータスや武具のステータスを見ることができるようになるスキル。
持っているとかなり便利なスキルではあるが、人に使う時はあらかじめ了承を得なければならない事や、《鑑定》を受けると全身を舐め回されるようにジロジロと見られているような不快感に襲われる為、モンスターを刺激する事になっしまう等、使い方には注意が必要なスキルだ。
取得に必要なスキルポイントは四十。
スキルポイントを使わずに取得する事も可能ではあるが、そのためには一般的に鑑定士と呼ばれる職に何十年と就く必要があるため、あまり現実的でない。
そのため、大抵はスキルポイントを使用して取得されている。
「あるにこしたことはないし…取っておくか」
姫華は少し悩んだあと、《鑑定》を取得する事を決断し、スキルポイントを使用した。
《スキル 《鑑定》 を取得しました》
《残りスキルポイントは100です》
「よし!取得してやったぜ!」
《鑑定》を取得した姫華は、さっそく山の主の死体に《鑑定》を使用する。
《ホシノワグマの死体》
「おお!鑑定できた!!」
どうやら、山の主はホシノワグマという種族のモンスターだったようだ。
巨体に強靭な四肢。
そして、よく見ると背中に星のようなマークがある。
胸にはツキノワグマのような模様もあった為、名前の由来はこれだろう。
「ホシノワグマねぇ…美味いのかな?」
《悪食》を持つ姫華にかかれば、基本的にどんなものでも美味しく食べる事ができる。
普通の人なら吐き出すようなものも平気で食べる姫華の『美味しい』はあまり信用しない方が良いだろう。
すると、山の遥か上で何かが爆発したかのような爆発音が聞こえてきた。
「っ!?」
突然の爆発音にとっさに警戒態勢を取る姫華。
しかし、すぐに自分には関係のないものだと分かった。
その直後、山頂近くに山の主とは比較にならないほど強力なモンスターの気配が落ちてきたのを感じ取った姫華。
「《ネームド》だ!!」
山の主の死体を異空間へ収納すると、急いで山頂近くに走った。
―――――――――――――――――――
ステータス 山の主
『名前: 無し ♂
種族: ホシノワグマ
位階: 96
総合戦闘力: 306,504
スキル: モンスターはスキルを持たない為省略
称号: 《山の主》《温厚な強者》 』
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