第3話 カニバリさん
私は
ある山間の集落に住む、独身女性だ。
今年でもう三十五歳になる。
離婚した訳でも、未亡人って訳でもない。 普通に相手が居ない。
それどころか、私は年齢=彼氏いない。
今まで一度も恋人ができたことが無かった。
そして、これからもないだろう。
何故なら、私の集落での呼び方が原因だ。
《カニバリさん》
カニバリさんとは、私の《ステータス》を勝手に鑑定した奴がその内容を集落の人に話した結果つけられたあだ名だ。
もう理由は分かっただろう。
スキル《カニバリズム》
これが私がカニバリさんと呼ばれる原因となった《スキル》だ。
私は昔、とある場所で食べるものが無さすぎて死肉に手を出した事があった。
正直、味はよく覚えてないけど、とりあえず肉の味がした。
しかし、味を思い出せないどころか、記憶が曖昧なほど極限状態に陥っていた私は、その口にした死肉がなんであったか、確認しなかった。
…そう、死肉は人間のものだった。
正直、人肉を食べた時のことは今でも全く思い出せないけど、このスキルがある以上そういう事なんだろう。
なにせ、
を持っているんだ。
これで、食べていない方がおかしい。
この称号とスキルを見たときは絶望したよ。
まさか、自分がこんなものを口にしていたなんて、ってね?
何度も吐いたし、肉を食べるのが怖くなった。
でも、やっぱり空腹には抗えず、仕留めた獲物を食べる事が増えてきた。
今では普通に食べられるようになったよ。
……もちろんジビエ肉の話だよ?
まあとにかく、私は昔、極限状態になって人肉を食べた。
この事実さえあれば、私に恋人ができることはないだろうね。
そもそもどうして極限状態に陥ったのか?
……私は、元自衛官だったから、かな。
自衛隊の学校を卒業して、何処とまでは言えないけど、とある基地に務めていた普通の女性自衛官。
当時の私は、『このまま何事もなく自衛隊を止めて、また何処かでパートでもやって一人で死ぬのかな?』とか呑気なこと考えてた。
でも、その将来予測は最悪の形で裏切られた。
後に《国家封鎖結界》と呼ばれる結界の出現だ。
あの結界のせいで、日本は海外とのあらゆる交流を遮断された。
そして、崩壊が始まった。
結界と同時に出現した《モンスター》達が、人々を襲ったからだ。
最初こそ自衛隊や在日米軍等が応戦したものの、海外との交流を断たれた日本は物資の輸入ができず、銃弾や燃料が不足。
更には銃どころか、砲撃や爆撃が効かないモンスターに、ジェット戦闘機を落とすほどのモンスター。
もはや自衛隊が持つ兵器では到底敵わないモンスターの出現など、日本は少しずつ戦力を失っていった。
今では当時、自衛隊に所属していた人の九割が死亡していると言われる始末。
私は、モンスターの存在が日本全体で認知された頃に、運良くモンスターとの戦闘で大怪我を負ってしまった。
その怪我を理由に自衛隊を抜け、今では普通の女性として生きている。
あの時大怪我を負っていなかったら、私は死んでいただろうね。
なにせ、あの頃はまだライフラインや医療機関がしっかりと機能していた。
お陰で最先端の医療技術の恩恵を受けながら怪我を治す事ができた。
今あの時のような怪我をすれば、間違いなく私は死ぬ。
なにせ、この国に病院と呼べるようなものはもうほとんど残っていない。
あるにはあるけれど、自分でもできるような処置をしてくれるだけの施設だから。
何より、大怪我のお陰で自衛隊を辞める理由ができた。
あの時はまだ緩かったからね。
現場復帰は不可能って判断されて、簡単に辞められたよ。
もしあの時怪我してなかったら、あのまま最前線でモンスターと戦ってた。
そんなの、いつ死んでもおかしくない。
だから、あの時大怪我をした事は結果的に幸運だったね。
簡単に辞められて、しっかりとした治療を受けられて、戻ってこいとも言われない。
まさにベストタイミングだったよ。
でも、怪我が完治した頃にはもう国の崩壊が始まっていた。
在日米軍の立案したむちゃくちゃな攻撃計画で、自衛隊と在日米軍は実質壊滅。
その結果、そこら中にモンスターが出現するようになり、物流がストップ。
都市部では一気に物が足りなくなり、食料も無くなった事で治安が悪化。
更に、日本の食料自給率はお察しの通り。
他にもエネルギー資源を輸入に頼っていた為に、石油や天然ガスが枯渇。
火力発電が機能しなくなり、停電多発。
それ以前に、モンスターがライフラインを破壊するので電気もない、水もない、ガスも電波もない。
そんな状況になり、もはや自力で食料あってるのが困難な都市部は住みにくい環境となり、人が田舎へ出ていった。
が、そんな事で飢えをしのげるはずもなく。
考えてもみてよ。
日本という狭い島国には、一億人以上の人が住んでいるんだよ?
あっという間に食べもは無くなり、森や山に生えている植物に手を出す人が増えた。
その結果、毒草や毒キノコに手を出した人間が家族単位でバタバタと倒れ始めた。
また、毒に当たらなかった者達も飢えて死んでしまった。
だが、こうして人口が減った事で食料問題に関しては少しだけマシになった。
もちろん、この程度で終わるはずがない。
次に起こったのは病気だ。
昔は先進国の中でも群を抜いて整っていた医療体制が無くなった事で、怪我病気の人が増加。
特に、免疫力の弱い子供やお年寄りに多く病気が多発。
高齢者はほとんどの人が病気になり、大した治療を受けることも、バランスの取れた食事も摂ることができず、バタバタと死んでいった。
結果として高齢化問題が少しだけ改善されたよ。
高齢者が減った事でね。
更に、モンスターによる被害だ。
私の勝手な予想だけど、今の日本の人口は恐らく最低三千万。
多くてもその倍の六千万だろう。
仮に人口が六千万人だとして、多分五百万人くらいは飢えて死んだ。
次に、二千万人以上が病気で死んだ。
最後に、その他を除いた三百万人程がモンスターに殺された。
モンスターは種族にもよるが、基本的に人間を襲う。
きっと、それくらいは死んでると思う。
三百万人だよ?相当な人数が殺されたよ。
きっと、私が食べた人もモンスターに殺されたんじゃないかな?
あの辺りはモンスターが多い地域だったし。
それに、治安が悪化した。
そりゃあそうだよね。
物無い、飯無い、警察いない、国が機能してないから法が機能しない。
そんなの治安が悪化しないわけがない。
私だって泥棒とか普通にやってたし。
きっと、凶悪犯罪が次々と起こってたんだろうね。
でまあ、これがどう私が人肉を食べたことに繋がるかというと、自分の身を守るため。
この状況じゃ、誰かと助け合うだけじゃどうしょうもない。
どうにかできてたらまだマシな未来があった。
だから、食料を集めるのも、病気から身を守るのも、モンスターから身を守るのも、治安の悪化で犯罪者に好きにされないようにするためにも、自分の身は自分で守るしか無かった。
都合が良い事にその方法は誰にでも存在した。
その名も《ステータス》
誰もが持っているもので、生物を殺すと経験値が溜まって《レベル》が上がる。
レベルが上がると強くなれるから、野生動物やモンスターを狩りに行った。
レベリングのためにね。
しかし、現実はそう甘くは無かった。
命がけの戦闘。
やはり足りない食料。
中々上がらないレベル。
様々な理由で、私は徒に体力を消耗し続け、ついに食べるものが無くなった。
なんとか虫や野草を食べていたけど、限界がきた。
その結果、最初に話した通り死肉に手を出して……という事だよ。
私のカニバリズムは、飢えに苦しんだ証拠だ。
きっと今探せば私と同じように、カニバリズムのスキルを持ってる人は居るだろう。
でも、私の周りには一人もいない。
だから、集落の人達からこう呼ばれる。
《カニバリさん》
と……
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