第2話 ある集落の

とある山間の集落の近く


集落から少し離れた場所。

徒歩十分程度の距離にポツンと一軒家が建っている。

古い家ではあるがそこまで老朽化はしておらず、人が住んでいる気配がある。

そんな家から、朝早くに一人の女性が出てきた。


「んん〜!今日もいい天気ね」


女性は農作業をするのか、土で汚れた作業着を着て、長靴を履いて家から出てきた。

体を伸ばし、全身で朝日を浴びると、そのまま手ぶらで畑へ向かう。

しかし、彼女は一見手ぶらに見えてすべての農具を持っている。

そのすべてを異空間へしまっているのだ。

そのため、何も持たずに畑へ向かっているように見えるのだ。


畑へついた彼女は、手袋を付けて異空間からバケツを取り出すと、畑に生えた雑草を抜き始めた。

もうそろそろ暖かくなり、梅雨が近付いて来る時期だ。

雑草も少しずつ大きくなっている。

毎日抜いても新しい雑草が生えてくるので、抜いても抜いてもきりがない。

しかし、雑草まみれの畑では野菜がよく育たない。

育ったとしても収穫の邪魔な上に、新しい作物を植えるときに雑草が邪魔で植えることができない。

また、雑草は病害虫の発生の温床になってしまう。

ただでさえ食糧に困っているこの現状で、病害虫に作物を枯らされたとなれば明日が危うい。

それどころか、一家丸倒れ。

最悪の場合、集落の人間を巻き込んで餓死する可能性まである。

そうならない為に、彼女は今日も今日とて農作業に励むのだ。


農作業を続ける事数時間

もう日は天高く上り、朝はとっくの昔に終わった。

その事を確認した女性は立ち上がって畑を見渡す。

すると、エンドウ豆を植えている畑に人影が見えた。

それを見た彼女は、人影に自分の存在を覚られないように警戒しながら近付き、直ぐ側まで来る。

そして、こっそりと背後を取ると、エンドウ豆を採っている人物の肩に手を置く。


「ひっ!?」


その人物は突然後ろから肩を触られた事で酷く驚き、尻餅をついてしまう。

その人物は集落に住む女性で、集落ではトラブルメーカーの泥ママとして有名な女性だった。


「そのエンドウ豆は来年育てる為の種を作ってるんです。侵入禁止柵が目に入りませんか?」


女性がそう言うと、泥ママは真っ青になりながら首を縦に振る。

どうやら恐怖で錯乱しているらしく、分かっているのか分かっていないのか判断が難しい。

女性は溜息をつくと、周囲に散らばったエンドウ豆を広い、泥ママの鞄に入れる。


「今回はそのエンドウ豆はお譲りします。しかし、次はありませんよ?いいですね?」

「は、はいぃぃぃ〜!!」


女性に叱られた泥ママは、今にも失禁そうな勢いで返事をしながら鞄を握りしめる。


「どうぞ、お帰り下さい」


女性がそう言うと、泥ママは一目散に逃げ出した。

その姿は、凶悪殺人犯から命懸けで逃げている様子と酷似していた。

この女性は、あの泥ママから相当恐れられているようだ。

女性は溜息をつくと、雑草が入ったバケツを持って家に帰った。





――――――――――――――――――




集落


泥ママが恐怖で強張った表情で帰ってきた。

その情報は、あっという間に集落全体に広がった。

…泥ママのしたことと共に。


「泥ママさんたら、またあの人の所に行ったらしいわよ?」

「あの畑に?」

「また行ったの?懲りないわねぇ泥ママさんは」


集落に住む女性達の世間話の話題は、泥ママが“あの人”の畑に野菜を盗みに行った事でもちきりだった。

どうやら、泥ママは頻繁に畑に野菜を盗みに行っているようだ。


「やってる事は許せないけど、あの畑に行ける精神力だけは尊敬できるわね」

「ね?私なら、見つかった瞬間漏らしちゃうわ」

「まさか!大隅さんは漏らさないわよ。泡拭いて気絶するんじゃないの?」

「ヤダも〜!そんなに弱くないわよ!」

「集落を守ってくれてるのは分かるけど…やっぱり怖いわよね〜?」

「ほんとよ。居なくなると困るけど、できればここには来てほしくないわね」


今度は女性の話になった。

女性は泥ママだけでなく、集落全体で恐れられているようだ。

それも、絶対に近付いていはいけない場所に住む、曰く付きの人物という扱い。

そんな世間話をしていると、一人の男性が慌てた表情で走ってきた。


「おい!カニバリさんが来たぞ!!」


それを聞いた集落の女性達は、すぐに同じ方向を向く。

そこには、リヤカーに木箱を積んだ女性が村へ向かってやってきている姿があった。


「行きましょう。すぐに貰わないと」

「ええ。今日は何かしら?久しぶりにお肉が食べたいわね」

「山瀬さんは旦那さんに頼めばいいじゃない!いつでも新鮮なお肉が食べられるでしょう?」


女性は恐れられているようではあるが、全く関わりがないほどではないようだ。

しかし、集落の人達は女性の事を毛嫌いしており、興味があるのは木箱の中身だけ。

やがて、女性がいつもの場所へ来ると、集落の女達が集まってきた。


「今日は鹿肉と熊肉の燻製です。普通の肉よりは日持ちしますが、早めに食べてください」


そう言って、女性は木箱を開いていく。

そして、木箱がいつものテーブルに置かれた瞬間、女の戦いが始まった。


「ちょっと!それは私のよ!!」

「横取りしないで!」

「アンタは息子が猟師なんだから要らないでしょ!?」

「邪魔よ!肉が取れないでしょ!!」

「誰よ!鹿肉を独占してるの!!」

「押さないで!押さないでって言ってるでしょ!?」


限りある肉を求めて、集落の女達は猛獣の如く木箱の中身を取っていく。

ものの数分で十数個はあった木箱がすべて空になった。

その頃にはもう誰もおらず、女性が木箱を片付けているだけだった。

そして、女性はリヤカーに木箱を積むと、危険な猛獣を見るかのような視線を浴びながら家へ帰っていった。


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