第8話
抱え上げられてベッドに転がされた後。
今までにない性急さであっという間に服を剥かれた鈴は、絶え間なく降ってくる唇を受け入れるのに必死だった。
分厚い舌が上顎や歯列をなぞって、呼吸の隙を与えてくれない。
その間にも織之助の手は器用に胸の先をいじり、鈴の喉から甘い声を引き出そうとする。
「ん、ぁう、んん……!」
塞がれている口の端からどうしても嬌声が漏れてしまう。
それが、恥ずかしくてしょうがない。
織之助と付き合い始めた一ヶ月に満たない期間で、体は触られる気持ちよさをしっかりと覚えてしまった。
胸ばかり良いようにされて腰が浮く。
気持ちいい、けど、もどかしい。
無意識に擦り合わせた膝に気づいた織之助が喉奥で低く笑った。
「……どうした?」
意地悪く目を細めた織之助に訊かれて、鈴はカッと顔が熱くなるのを感じた。
「な、なんでも……」
「ちゃんと言え、鈴」
すり、と太ももを大きな手が撫でる。
足の付け根を焦らすように触られるとどうしていいかわからない。
「してほしいこと、ちゃんと」
熱を含んだ瞳が鈴を見た。
「い、いじわる……!」
恥ずかしさで目頭が熱くなる。
(さわってほしい。もっと、もっと近くで織之助さまを感じたい)
でも、それを口にするなんて。
ぎゅっと唇を結んだ鈴に、織之助は「鈴」とあやすように名前を呼んだ。
「俺と鈴は恋人なんだ。対等で、上下関係もない」
足を触っていた手が頬に移動して、親指で涙の溜まった目の下を優しく撫でる。
「もっと甘えてくれ。おまえのわがままが聞きたい」
穏やかに微笑んだ織之助に心臓がきゅうっと痺れた。
――言えなかったことは、たくさんある。
だから今世で想いを伝えることができてどれだけ嬉しかったか。幸せだったか。
しかも、驚くことに織之助も同じ想いでいてくれて。もうこれ以上を望むなんて厚かましいにも程がある。
(……そう思ってたけど)
凝り固まった思考を溶かすように織之助が鈴の唇をくすぐった。
その指の熱さに身を委ねたくなる。
――委ねて、いいのかな。
「……わたし」
「うん」
おそるおそる出した声は緊張で少し掠れた。
織之助は気にすることなく、その続きを待った。
「私、織之助さんが好きです」
頬を覆っている大きな手をそっと握る。
自分よりも分厚くて、骨張っていて、少しカサついた男のひとの手。
「だから、織之助さんには幸せでいてほしい」
ぎゅ、と少しだけ力を込めると、織之助が応えるように親指で頬をなぞった。
「そのためなら、自分の幸せなんてどうでもいい――」
一度ゆっくり瞼を閉じ、それから決意を固めてそっと目を開いた。
「……なんて、うそです」
心臓が痛いほど脈打っている。
こんなこと言っていいのか、この期に及んで迷いそうになる自分を叱責して重たい口を無理やり開く。
「織之助さまの、織之助さんの隣にいたい……」
ほど近い距離で視線が交わった。
ぼろ、と涙がひとつぶ瞳からこぼれ落ちる。
「徳川のところになんて、行きたくない……!」
吐き出した本心は、四百年前から抱えていたものだった。
言ってしまった、と、やっと言えた、が同じだけ心の中でさざめく。
小さく息を吐いた織之助は鈴の手を握り、繋ぎ止めるように指を絡めた。
「……行かせない」
力強く言い切った唇が、その想いごと鈴の唇にぶつけられた。
軽く喰んでから離れた唇を思わず目で追う。
「鈴」
優しい響きで呼ばれて、視線を少し上げた。
眉をひそめた織之助が苦しそうに声をこぼす。
「好きだ。愛してる。手放したくない。ほかの男のところになんて行くな」
それは、きっと、織之助がずっと言えずに抱え込んできていた本心だった。
前世でどうしようもない想いを抱えていたのは自分だけじゃないことを知って、胸が軋む。
「そばにいろ、――いてくれ」
甘い懇願に鈴はそっと目を閉じた。
すぐさま唇に熱が落ちてくる。
角度を変えて何度も、その想いのかたちを確かめるように。
(……こんなに簡単に受け入れられて、いいんだろうか)
幸せすぎてバチが当たったりしないだろうか。
かっこ悪くて、最高に自分勝手な想いを織之助は笑いもせず受け入れてくれた。
織之助も曝け出してくれた。
(今なら素直に言える……気がする)
うやむやになった体の熱はキスで簡単に復活していて、下腹の奥を疼かせている。
薄く開いた目で見た織之助もきっと同じ気持ちだと、今ならわかる気がした。
「織之助さんが、ほしいです」
キスの合間にそっと囁く。
それまで止まらなかったキスが止まって、織之助が熱に浮かされた顔で鈴を見下ろした。
その表情にきゅうっと全身が痺れる。
「もっと、触って……」
思ったまま唇を寄せると、一度軽く口を吸ってから織之助が顔を上げて眉根を寄せた。
「――やばいな」
その色気に、また下腹部が熱く疼く。
「おまえの甘えかた、かわいすぎる」
そう言うが早いか。
ぱくりと唇が食べられてしまった。
遠慮のない舌に翻弄されるまま、絡まった指に少しだけ力を入れる。
「ん……」
どことなく嬉しそうな、それでいてあまり余裕のない織之助に、鈴は不思議な充足感を味わった。
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