4.




「おいおいおいおいおい!」


 すぱんっと気持ちのいい音を出して襖を勢いよく開けたのは士郎である。

 もはやお決まりとなった登場の仕方に、織之助は長いため息を吐き出した。


「なんだ騒々しい。というかおまえはいつもいつも暇なのか」

「おまっ、おまえ~!」


 いつものごとく苦言を無視した士郎がずかずかと足を進め、織之助の目の前で膝をついた。

 その勢いのまま文机に手を置いた士郎に織之助が「おい」と声をかけるもやはりそれに対する返事はない。


「鈴吉と好い仲だっていろんな奴に言ってるって本当か!」


 切迫した表情で言い詰められ、その顔の近さに腰を引いて距離を取る。

 

「だからなんだ」


 冷静に返すと「うわあー!」と士郎が謎の悲鳴をあげた。

 その声の大きさに思わず顔をしかめる。


「うるさい」

「こっ、これが冷静でいられるかっ!」


 いったい士郎は何をそんなに興奮しているのか。

 ますます眉間に皺を寄せた織之助を見て、士郎が手を文机に打ち付ける。

 

「涼しい顔しやがって……なんだよもう水臭いなあ!」

「は?」

「早く言えよそういうことは! ずっとやきもきしてた俺らの気持ちをさあ……」


 次々と捲し立てる士郎に追いつけず頭の上で疑問符が浮かび上がる。


「まあ織と鈴が幸せならいいんだけど……って、なんだよ?」


 なにか決定的に食い違ってる――と織之助がその思い違いの内容を察したところでようやく士郎が言葉を止めた。


「いや、おまえ何を真に受けてるんだ」

「え?」


 今度は士郎が首を傾げる番だった。

 その様子に織之助がため息を混じえて吐き出す。


「はったりに決まってるだろう」

「……はあ⁉︎」


 くっきりとした瞳が見開いて織之助を映した。

 また眼前で大声を出された織之助が嫌な顔で士郎を睨んだ。


「鈴吉が襲われないための対策だ」


 公言してしまえばおいそれと鈴吉に手出しは出来なくなるだろう。織之助より地位が低いものなんかは特に。

 変にこそこそして、抱かれた抱かれていないと陰であらぬことを想像されるよりずっといい。なにより――鈴を自分のものだと公言して、どこかつっかえていたような気持ちがすっとした。

 ある意味開き直った織之助の態度に士郎が呆れたような表情になった。


「おまえ……」

「おい織之助!」

「うわっ、正成!」


 何か言いかけた士郎を遮るように、開けっぴろげになっていた襖から勢いよく声をかけたのは正成であった。

 思いがけない人物の登場に驚いたのは士郎だけではない。


「……どうされたんですか、正成様」


 正成がこんなところまで来るとはどんな急用だ。

 ここ最近は敵方に目立った動きもなかったはずだが――と、織之助が頭を悩ませていると行儀良く襖を閉めてから正成が織之助に詰め寄った。


「おま、おまえ、鈴、いや鈴吉に手を出したって」


 まさかの話題に織之助が目を剥いた。

 正成まで真に受けているとはまったくの想定外である。


「正成様、それは」

「そうなんだよ正成!」


 誤解だと告げようとした声を士郎が遮った。

 その顔がいきいきとしていて嫌な予感がする。


「おまえは話をややこしく……」

「責任は取るんだろうな⁉︎」


 するな、と注意する前に正成が織之助の肩を掴んだ。

 珍しすぎる正成の慌てた様子に一瞬言葉を見失う。


「正成様、ごか」

「取る! きっちり織之助が責任取る!」

「だから士郎、おまえは話をややこしくするな!」


 なぜか高らかと宣言した士郎に織之助が目を釣り上げる。

 士郎の言葉を聞いて正成はようやく冷静さを取り戻したらしい。織之助の肩から手が退かし、大きく息を吐いた。


「……そうか、いや、ならいい」

「正成さ」

「で、祝言はいつだ」

「正成様!」


 とんでもないところまで話が飛躍して織之助が声を荒げた。

 いったいどうして誰も嘘だと疑わないのか。

 心が綺麗すぎるからか、と心配になりつつ口を添える。


「誤解です。……先日、鈴吉が襲われることがあったのでその対策に噂を流しただけです」

「は?」


 何を言っているんだ、とでも言いたげな瞳が織之助を見た。

 その視線になぜかこちらが間違ったことを言っている気持ちになる。

 ――べつに嘘だろうがなんだろうが、鈴吉を守れるならそれでいいんじゃないか。

 そう思っている織之助には、いまいち二人の反応が腑に落ちなかった。


「そうなるよな~。聞け正成、織之助兄さんは思っていた以上に恋愛下手だ」


 うんうん頷く士郎が妙に腹立たしい。

 しかも恋愛が下手だとか上手いだとかは今関係ない話だろう。


「なんでそうなる……。というかその呼び方やめろ」


 また士郎の脈絡のない無駄話かと呆れてため息を吐くと、士郎が肩をすくめて正成を向いた。


「ほらな? 下手すると正成よりひどい」

「俺を引き合いに出すな」

「だっておまえも相当……」

「そういう士郎はさぞかし恋愛上手なんだろうな?」

「そりゃ場数が違うってもんよ」


 胸を張った士郎はちらと織之助を見て「あ」と思い直したように声を出した。


「……場数は織之助のほうが多いかもな」

「そんなわけないだろう」


 女とあれば見境なく声をかける士郎より場数が多いわけがない。

 抗議の意を込めて睨むと士郎は肩をすくめた。


「でも中身が空っぽだったんだよ織之助の恋……いや恋にもなってなかったわけだ今までは」

「なるほどな」

「正成様も納得しないでください」


 なぜか妙に腹落ちした様子の正成に織之助が苦い顔をした。


「初恋か……」

「なー」


 しみじみと呟いた正成に、士郎がなぜか親のような目で織之助を見ながら頷く。


「話が読めないんですが」


 率直な意見を口にすれば士郎の視線がいっそう生暖かくなった。


「今晩は織之助の遅い春に乾杯するかあ」

「は?」

「いつ認めるか見ものだな」

「認めるより先に気づくところからだろー」


 楽しそうに話す二人に、完全に置いて行かれた織之助は一人眉間の皺を深くするのだった。



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