第2話

 


「そういえば、織之助さまもパーティーに参加されるとか」

「ああそうだな」


 正成に付いて挨拶回りをしてしばらく。

 ふと思い出して訊くと、正成は目線を前に向けたまま肯定した。

 ――実は織之助もこのパーティーに参加すると聞いてからずっと心の隅で気になっていたことがある。

 本人に訊こうかとも思ったがなんとなくタイミングを逃して、当日まで来てしまった。


「あの……織之助さまの、パートナーって……」


 おそるおそるといったふうに訊いた鈴を、正成がニヤリとして見た。

 意地悪く弧を描いた唇にちょっと後悔する。


「知りたいのか?」

「なんでにやにやしてるんですか……っ」


 むっとして噛み付いた鈴に、正成はさらりと答えた。


「俺が思っていたより鈴は織之助のことが好きなんだな」

「――っ⁉︎」


 あまりの衝撃に鈴が大きく目を見開いたまま固まった。

 ――ちょっと待ってほしい。

 

(好き⁉︎)


 いや、もうこの際だから織之助のことが好きだというのは認める。

 なんなら前世のときから好きだったというのも潔く認める。

 それが主人を敬慕する従者の感情に収まらなくなっていたのも――認める。

 でも前世のときは絶対実ることがないのを知っていたから隠していたし。


(今世はまだ出会って二週間くらいしか経ってない……のに⁉︎)


 焦る気持ちを抑えるように持っていたグラスの中身を一気に呷った。

 アルコールが喉を通って、ただでさえ熱かった頬により熱が集まった気がした。


「顔真っ赤だぞ」

「だ、誰のせいだと……」

「人のせいにするな」


 ぴしゃりと言いのけられて鈴が口を尖らせる。

 空になったグラスをいじりながらも、思考はさっきの正成の言葉でいっぱいだった。

 ――もしかしたら正成さまの言った”好き”は、恋愛的な意味じゃないかもしれない。

 そうだ、そういうことなら頷ける。

 なんとか自分の中で結論づけて頷いたところで、正成がパーティー会場の入口を見た。

 

「ほら噂をすれば」


 そう言った正成の視線を辿って振り返る。


「社長」


 聞き慣れた低い声が鼓膜に響き、心臓が大きく音をたてた。


「早かったな」

「なんとか上手く丸め込めましたので」

「そうか、助かった」


 頭ひとつ上で飛び交う会話を耳にしながら、鈴は密かに胸を押さえていた。

 ――だって。


(正装がこんなにかっこいいとか聞いてない……!)


 普段からスーツを着ているところは見ているし、正直そんなに変わらないだろうと侮っていた。

 ぶっちゃけ今日の正成に関して言えば、「いつもよりちょっといいものを着て、髪もアレンジしてるんだなあ」程度にしか思わなかったのだ。

 だから、織之助にはいい意味で裏切られた。

 鈴が悔しさに唇を噛んだことに気づいたのは正成である。


「……鈴、ジャケットが皺になる」

「はっ、すみません!」


 無意識のうちに正成の腕を強く掴んでいたらしい。

 慌てて手の力を緩めると、正成が呆れたように息を吐いた。


「顔が赤いな」


 窺ったのは織之助で、眉をひそめて鈴を見ている。

 

「さっき一気飲みしてたからだろう」

「そうなんですか」


 真っ先に答えた正成に織之助が眉間の皺をさらに深くした。

 それを見た正成はなにを思ったのか、片頬だけ持ち上げて試すように鈴に視線を投げた。


「ああ。照れ隠しにな?」

「正成さま……っ!」


 思わずその腕を強く引く。

 皺になると怒られたばかりだったが、正成を止めるには言葉より物理に頼るしかない。

 自然と近くなった距離を気にする余裕のない鈴に、織之助が手を伸ばし――その腕を誰かが止めた。


「副社長」


 凛とした声に鈴はハッとして顔を上げた。

 すらりとした体躯を惜しみなく晒すスリットの深いタイトドレス。真っ黒で余計な装飾のないシンプルなドレスは、その人の美しさを存分に引き立てている。

 

「……古賀さん」


 鈴と正反対のドレスに身を包んで織之助の腕に触れているのは、間違いなく秘書室の先輩である古賀だった。

 

「おつかれさま、土屋さん」

「おつかれさまです」


 弾んでいた気持ちが一気に萎んでいく。

 背筋を伸ばして堂々と織之助の隣に並ぶ古賀は、紛れもなく大人の女性である。

 比べて――自分は。

 急にサックスカラーのドレスが子供っぽく思えてしょうがなくなった。

 

「鈴、ジャケット」

「ああっ、すみません……!」


 落ち込みながらまた正成の腕を強く掴んでいたらしい。

 端的に叱られて急いで手を離す。


(情けない……)


 織之助や古賀の前で失態を犯したことが恥ずかしい。

 しかも二度目だ。

 思わず俯きがちになると、「土屋」織之助が静かに鈴を呼んだ。

 けれどどうしてか顔が上げられない。

 どことなく空気が張り詰める――と、正成が鈴の剥き出しになっている肩を掴んだ。

 抱きしめるように引き寄せられて息を呑む。


「そういえば、鈴のドレスを選んだのは織之助だったな」


 挑戦的な視線を向けた正成に織之助は一瞬ぐっと唇を引き締め、それから観念したように頷いた。

 

「はい」


 聞いて、正成は鈴の肩から腰の辺りをなぞるように触れた。

 くすぐったさに鈴が小さく身を捩る。視界の端で織之助がきつく拳を握りしめたのが見えた。


「俺好みだ。さすがだな」


 その言葉に少しばかり胸が軋む。

 

(……織之助さまが正成さま第一なのは今も昔も変わらない、かあ)


 別に正成に勝とうだなんて思わないし、正成に忠義を尽くす織之助を見るのは好きだ。

 ――ただ。


(このドレスも正成さまのためを考えて選んだのかと思うと、ちょっと息が苦しい)


「……いえ」


 織之助は少し悩んだように間を取って、けれどはっきり言い切った。


「俺の好みです」



 

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