第8話 居場所
青い空の下で俺達は食事をしていた。カケーナの中でもちょっと高めのレストラン。その屋上の一番見晴らしのいい席だ。食事はもちろん魔獣料理ではなく普通の料理を。
フォルジナさんがフォークとスプーンを使ってスパゲティを巻いていく。この店で人気のイカ墨のシーフードスパゲティ。巻き終わるとフォークの先端でエビを刺し口に運ぶ。味覚以外の感覚を遮断するかのように目を閉じ噛みしめる。そして、緩んだ顔を見せる。
「美味しい~! イカ墨なんて初めて食べたけどこんなに美味しいのね?! 何だか複雑な味がして美味しいわ!」
「良かったですね、フォルジナさん」
俺も自分のスパゲティを食べる。俺のはペペロンチーノだったが、これもガーリックが効いていてうまい。ちょっとお高い店なだけはある。
「うん! ようやくちゃんとフォークとか使えるようになったし、やっぱり手が使えないと不便ね」
フォルジナさんの両手にはまだ痣が残っていた。ジュエルビースト相手に戦った時にかなり両手に負荷がかかったらしい。指の脱臼と骨折、部分的にかなり深く切れている所もあった。
普通なら全治二か月くらいだろう。しかしあれから一週間経ち、フォルジナさんの怪我はあらかた治っていた。
「龍の血が効いたんですかね?」
「さあ? 元々怪我の治りは早い方だったけど……ジュエルビーストの血の効果もあったのかもね」
そう言い、フォルジナさんはまたスパゲティを食べながら至福の顔を見せた。
後になって分かったことだけど、俺は自分のステータス欄からこれまでに料理した魔獣を確認できるようになっていた。ダークハウンド、角うさぎ、大芋虫のようなかつての草原で料理していたものだけでなく、ロックリザードやジュエルビーストのような最近のものまで。それによればジュエルビーストは龍の亜種という事だった。
龍と言えばこの世界においても最強の代名詞のようなものだ。人を襲わない種類や手のひらサイズまで種類はいろいろらしいが、一般的には強力な力を持つ魔獣だ。そして伝説では、その血には怪我を癒し永遠の命を与える力があるらしい。
といっても伝説は伝説で実際に永遠の命を手に入れることはできないらしい。しかしフォルジナさんの回復を見ていると、少なくとも怪我を癒す力はあったのではと思える。
風が吹き、俺は目を細める。フォルジナさんも新調した紫のつば広帽を押さえる。
「いい天気ね。風も気持ちいい」
「ですね……なんか贅沢な暮らしをしているな……」
ジュエルビーストのいた洞窟には宝石がたくさんあった。その中から手ごろなものをいくつか持ち帰ったのだが、それがすごい金額で売れた。大体一千万ダスク。日本で言えば一千万円くらいの金額だ。
それをフォルジナさんと山分けしたのだが、そのおかげでしばらくは金に困らない生活が出来るようになった。俺は初めて銀行に口座を作ることになった。
ついでにだが、ローデンス親衛隊の人たちも蜘蛛の糸玉から救出した後、俺達と同じように宝石を持ち帰っていた。今頃はきっと大手を振って自分達の領地に帰っていることだろう。
「いままでお金なんて服ぐらいにしか使い道がなかったけど、こういう風に美味しいものを食べるのはいいわね。一人だったら、こんな店に来ようとも思わなかった」
シャンパンを飲みながらフォルジナさんが言った。
「そうなんですか? なんか意外」
「そう? 一人の時は……これでもつらい事もあったのよ? 人に隠れて魔獣を食べなきゃいけないから……結構疲れてたのよ」
言いながらフォルジナさんは遠い目をする。俺も魔獣を食わざるを得なかったときはつらかったが……ひょっとすると、俺達は似た者同士なのかも知れない。
フォルジナさんは魔獣を食べなければ生きていけない。俺は魔獣を料理することしかできない。出会ったのは運命……なんていうと大げさだけど、幸運だったことは確かだ。
アイギアさんにもらった包丁……一度は包丁を手放そうかとも思った。古今亭でケイラスに言われてたように、俺には人に料理を作る資格なんかないんじゃないか……そう思ったからだ。それでも俺は捨てられなかった。料理の道を、誰かのために料理を作るという事を。
その願いはかなった。フォルジナさんという完全食撃のスキルに出会い、ようやく価値を持つようになった。雇い主で救い主。俺にとっては救世主みたいなものだ。俺に生きる意味を与えてくれた。
だから、言おうと思う。しばらく悩んでいたけれど、他の道は考えられない。
「フォルジナさん――」
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