第7話-4
闇の中で俺は目覚めた。ひどい吐き気と頭痛……体中が何かに押し付けられていてひどく窮屈だった。そして少し前の出来事を思い出す。
「蜘蛛に……そうだ、俺は蜘蛛に捕まって……! えっ、これって糸の中?」
何とか抜け出そうとするが体は動かない。だが上着の中には包丁が提げてある。大事だからなくさないようにと身につけていたが……よし、これで外の様子が見えるはずだ。俺は自分をくるんでいる糸のようなものを少しずつ切っていく。
遠くで岩の崩れるような音が聞こえる。腹に響くような重低音。一体何が起きているんだ? 俺は逸る気持ちを抑えながら手を動かす。
そして、外が見えた。
「何だここは……!」
洞窟の中のようだったが、周囲全体が仄かに光っている。まるで蝋燭のような弱い光だが、その中に動くものが見えた。青く丸い帽子……フォルジナさんだ! そしてその前にはでかい魔獣がいる。こいつも背中に宝石が生えているけど……ひょっとしてジュエルビーストなのか? さっき親衛隊がやっつけたのよりもっとでかい……親玉って事か!
そしてひょっとしてフォルジナさんは、俺を助けようとしているのか?
「無茶だ! あんなでかい化け物相手に……いくらフォルジナさんでも!」
その不安は的中し、フォルジナさんは殴られて壁に叩きつけられる。とても無理だ。このままではフォルジナさんまで食べられてしまう。
「……げて……逃げてください、フォルジナさん……!」
体がふらついて声もうまく出ない。でも、おれは必死になって叫ぶ。
「逃げるんだ、フォルジナさん……逃げて……」
声は届いているだろうか。俺だってこんな所で死にたくはないけど、だからって自分の為に誰かが死ぬようなことは嫌だった。
「違うでしょ、ケンタウリ!」
闇の中にフォルジナさんの声が響いた。俺は息を呑んで、その声を聞く。
「美味しい料理を作るから任せて下さい、でしょ!」
「フォルジナさん……!」
ああ、そうか。フォルジナさんは勝つつもりだ。あの馬鹿でかい、フォルジナさんの百倍くらいはありそうなジュエルビーストに、勝つつもりなんだ。そしてそれは、不思議な事ではないように思えた。
フォルジナさんは勝つ。だから、俺はあのジュエルビーストを料理する。それが俺の役割だ。
「くそ、こうなったら意地だ! 俺だって料理を作ってやるぞ!」
見下ろせば
糸玉から壁に乗り移った所で、再び大きな揺れが来た。
「おわあぁっ!」
危うく落ちそうになったが、気を取り直して岩の壁を伝って降りていく。もう一度見下ろすとジュエルビーストはぐったりと倒れているように見えた。すぐそばにはフォルジナさんもいる。勝った……? 勝ったのか?!
「フォルジナさん、今行きます!」
壁を下り、そして宝石を踏み越えながらフォルジナさんの下に走る。フォルジナさんは地面に倒れ込んでいるようだった。そして、ジュエルビーストは死んでいる。
「フォルジナさん、大丈夫ですか?」
肩をゆすってみるが、反応がなかった。暗くて顔色もよく分からないが、とにかく良くない状況のようだった。だが料理人のスキルのおかげか、フォルジナさんが置かれている状況が分かった。
空腹。それも、昏倒し心肺機能さえ停止するほどの、深刻な空腹。まるで冗談みたいだ。お腹が減って死にそうだなんて。
「スキルのせいか……スキルを使うとお腹が空くって言ってたけど、ジュエルビーストとの戦いで力を使い果たしたって事か……?!」
俺は狼狽しながらもフォルジナさんの胸に耳を当てる。心臓の鼓動がひどくゆっくりで、多分弱い。
「どうする?! 人工呼吸? マッサージするんだっけ?」
どうすればいいのか迷っていると、上着の中からころんと俺の包丁が落下した。
「あれ、留め具が取れた――」
その包丁を見て、理解した。包丁が違うと言っている。お前がすべきことは、もっと別の事だと包丁が言っていた。
「俺は……料理を作る……!」
フォルジナさんの体力は魔素を含んだ食事で回復する。それも、強い魔獣であればあるほど魔素も多く効果が大きい。
今、目の前にいるじゃないか。とびっきりの大物が。
「待っていてください、フォルジナさん!」
この魔獣を料理する。どこの肉を使う? どこが一番うまいんだ? 俺は闇に目を凝らしジュエルビーストを睨む。腕じゃない。頭でもない。その体の内側……その中に選ぶべき部位がある、ような気がする。俺の中でスキルが疼いているようだった。スキルが俺を導こうとしている。
「心臓か……!」
それ以外の答えはないと、俺は確信した。そして猛然とジュエルビーストの肉に斬りかかる。心臓までは遠い。肩口から切り開いて鎖骨の隙間から進んでいかねばならない。解体というより、トンネルを掘るような作業。全身がジュエルビーストの血にまみれるが、構ってはいられない。切るべき肉の線が見える。切り分けるべき層がわかる。一切りごとに答えに近づいていく。
そして――心臓に達する。
「よぉし! すぐに作ります、フォルジナさん!」
フォルジナさんは何も答えない。だが時間と共に確実に弱っているようだった。まさしく一分一秒を争う状況だ。
俺は魔術で火をおこし、そしてソースを作り始める。そして心臓の肉を切り分け焼いていく。たっぷりある血もソースに混ぜて味を調えて……出来た。作業時間と味を天秤にかけて、今出来る最速の、そして一番うまい料理……!
ジュエルビーストの心臓のシチュー。
「フォルジナさん……! 食べてください!」
上半身を抱き起し、口元にスプーンを近づける。僅かに反応するが食べてはくれない。
「起きてください! 作ったんですよ、料理を! フォルジナさんが食べてくれなきゃ俺なんて何の役にも立たないじゃないですか! 起きてください!」
スプーンを強引に口に入れシチューを呑ませる。そして肉の切り身を口に入れると、フォルジナさんはもごもごと口を動かし何とか呑み込んでくれたようだった。
「良かった……?! 起きてください、フォルジナさん!」
フォルジナさんの目がうっすらと開く。そして唇が動く。
「ぅ……ぅ……」
「う? どうしたんですか?」
「……ぅ……うまい!」
フォルジナさんはガバリと跳ね起き、そして俺に言った。
「何なの一体? 今私何食べたの? すごく美味しい! 口の中が幸せ!」
「フォルジナさん……回復早っ……」
一口で目が覚めるなんて、何だかフォルジナさんらしいなと思った。
「ジュエルビーストのシチューです。心臓の肉と血を使っています。煮込み時間が短いから野菜とかは入って……あの、聞いてます?」
「あむむもっともめみいないの?」
フォルジナさんは俺から鍋とスプーンをひったくってもごもごと口をいっぱいにしていた。
「肉ならいっぱいありますから……何でも作れますよ。ステーキ、ローストビーフ、回鍋肉」
「じゃあ全部作って! 全然足りない!」
周囲は宝石が散乱し魔獣の死体が転がっている。何より暗いしまだ蜘蛛の毒で気持ちが悪い。はっきり言って滅茶苦茶だ。こんな所で料理を作るのも、食べるのも。でもまあ、雇い主が作れと言うなら、作るのが料理人だよな。
「分かりましたよ、何でもお好きにどうぞ」
「やったー! 命張って戦っただけの甲斐はあるわァー! うまーい!」
子供のように喜ぶフォルジナさんを見て、何だか俺は報われる気がした。
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