第6話-5
「中々盛り上がってきたわねェ……ケンタウリ、あんたはちょっと下がってなさい……」
「はい……!」
完全に俺場違いだな、俺……戦えないし、襲われたらどうしようもないし。かと言って野営地に一人で残されるのも怖いし……結局、一番安全なのはフォルジナさんの後ろだ。
「どう、なんですか」
俺はフォルジナさんの後ろから尋ねる。
「どうって、何が?」
「戦況……っていうんですか? どっちが勝ってるんです?」
「どっちってそりゃあ……」
槍の間合いは潰され、完全に剣での戦いになっていた。弓でまだ戦っている人もいたが、味方が近くにいてはうまく狙えないようだった。
一人、また一人と長い前足で払われて吹き飛ばされていく。しかし騎士たちは不撓不屈といった様子で次から次に立ち上がり、またジュエルビーストに立ち向かっていく。
「うおお! ローデンス親衛隊の維持を見せろ!」
「うおおお!」
肉が肉を打つ。しかし騎士たちは立ち上がる。ジュエルビーストはその騎士たちを何度も退けていたが、次第に攻められている時間が長くなってきた。疲労が見えてきたのだ。その事を騎士たちも感じ取ったのか、これまで以上の気勢で攻撃を仕掛ける。
「ぬうああ!」
隊長であるローガンの剣が閃き、ジュエルビーストの前足を両断した。青白い血しぶきが舞い、ジュエルビーストが細く鳴いた。
ローガンは隙を見逃さなかった。体を上げたジュエルビーストの顎の下に潜り込み、そして一気に剣を跳ね上げる。
ジュエルビーストが大きな口から血を噴く。そして大きくよろめき、最後に天を仰ぐようにして上向いてからばったりと地に伏した。
騎士たちが歓声に沸く。拳を打ち合わせ、盾を鳴らし、剣を掲げ鬨の声を上げる。それに少し遅れて、ローガンがジュエルビーストの下から這い出てくる。その体はジュエルビーストの返り血で青白く染まっていた。
「ふう、ひどい臭いだ……しかし、やったな、お前たち」
「流石隊長です!」
「これで帰る事が出来る。長い旅でしたね、全く」
騎士たちは言葉を交わし合う。俺もジュエルビーストをやっつけて一安心だった。あとはこいつの肉を貰って料理してフォルジナさんに食べてもらうだけだ。
「良かったですね、フォルジナさん……?」
そう声をかけたが、フォルジナさんは怪訝そうに眉をひそめていた。
「どうかしたんですか? ひょっとしてジュエルビーストじゃない……とか?」
「いえ……大きな口、六本脚、背中には宝石、攻撃を防ぐ結晶の魔術を使う……特徴は合致しているわァ……だからジュエルビーストで間違いはない。でもォ……?」
騎士たちはジュエルビーストの背中の宝石を剥がしにかかっていた。ちゃんと大きなハンマーなども持ってきていて、手際よく背中の甲羅のような部分を叩き割っていく。
「いや、あんたたちも運がよかったな。こんな風にジュエルビーストが手に入るとは」
隊長のローガンが体についた血を拭いながら言った。
「我々二十人がかりでやっとだ。君たちだけで挑むのがどれほど無謀か分かっただろう? 魔獣退治などはやはり騎士や戦士の仕事だよ。はっはは!」
「そ、そうですね……」
怪訝そうな顔をしたままのフォルジナさんの代わりに俺が答えた。
騎士たちは砕いたジュエルビーストの背中の宝石を袋に詰め始める。
「あの背中の宝石……あれが貴重なんですか?」
「ああ。宝石としても貴重だし、魔法材料としても価値がある。伝説じゃあ人の背丈ほどもある水晶が生えてるなんて聞いていたが、やはり伝説は伝説だな。せいぜい膝の高さくらいまでだろう」
「へえ……人の背丈。ちょっと残念でしたね」
「なあに、宝石の価値よりも武功だ! あのジュエルビーストを仕留めたともなれば我らローデンス親衛隊の名も挙がるというもの! ギルドにも報告せねばならん」
普通はギルドで依頼を請け負ってから仕事をするけど、有名な魔獣などはそれとは別に常時退治の成果を受け付けている。やっつけた証拠を持っていくと報奨金が出るし、内容によってはランクも上がるし感謝状が出ることもある。
このローデンス親衛隊の人たちはよその領主の騎士らしいけど、この地域のギルドに報告していくことによって知名度が上がることになる。お金には結びつかないが、名誉や誇りを旨とする騎士にとっては何物にも代えがたいものなのだろう。
「ところで……あいつの肉が欲しいんだったな?」
「ええ、十万ダスクでねェ」
そう言い、フォルジナさんは用意しておいた金貨を皮袋ごと渡す。ローガンは袋の中を改めて頷いた。
「ふむ。確かに。では、どうすればいい? あのままでいいのか? それともどこかへ運ぶのか?」
「そのままでいいわァ……あとはこっちで適当にやるから」
「そうか……うむ、あらかた宝石も取り終わったようだな。悪いが我々は目的を果たした。これでハインエア山にも用がなくなった。これから下山するが……君たちはどうする? 一緒に来るか?」
「いいわ。私達は私達で何とかするから。ご親切にどうも」
「そうか……無理はするなよ。気が変わったら呼んでくれ。さっきの水場で小休止してから降りる予定だから、それまでにな」
「ええ、どうもォ……」
洞窟は先ほどの喧騒が嘘のような静寂で満たされていた。静かすぎて何だか耳が痛いほどだった。
一本だけ残してくれたたいまつを持って、俺はジュエルビーストの死体を照らす。フォルジナさんは何かを確かめるようにジュエルビーストの死体へと近づいていった。俺も炎の陰にならないようにその後ろをついていく。
「こいつじゃない」
そうつぶやくと、おもむろにフォルジナさんはジュエルビーストの顎の辺りの肉をむしり取った。そしてそれを口に入れて咀嚼し始めた。
「旨味が……魔素がそんなに多くない……前に食べたロックリザードとあんまり変わらない……」
「……強い方が魔素が多いんでしたっけ? つまり、弱い?」
「そうねェ……親衛隊の人たちは頑張っていたようだけど、はっきり言って雑魚よ、こんなの。少なくとも私の基準で言えばね。その気になれば一撃で倒せる」
「でも、この山で一番強いんですよね? このジュエルビーストって奴は……? 伝説が嘘だった?」
伝説ともなれば尾ひれも背びれもついて話が大きくなることもあるだろう。今回の剣もそう言う事なのだろうか。
「ジュエルビーストは大昔に山を下りて国を荒らしたことがある。その時は一国の軍隊を率いて倒した……それを考えると、本当はもっと強いはずなのよ。二十人程度じゃ問題にならないくらい」
「子供だったとか? 怪我をしてた?」
「かも知れない……でもひょっとして……嫌な音が聞こえるわねェ……戻るわよ、ケンタウリ!」
「えっ?! あ、ジュエルビーストの肉はどうするんですか!」
「放っておきなさい! 親衛隊の人たちが危ない!」
「えぇっ!? 一体どういう……ああ! もう、待ってくださいよフォルジナさん!」
何がなんだかわけが分からない。だ、が何かが起こっているらしい。フォルジナさんは耳まで敏感らしく、外で起きている何かを感じ取ったようだ。親衛隊が危ないって……一体何が起こってるんだ?
走るフォルジナさんに重い荷物を背負った俺が追い付けるはずもなく、俺は松明を頼りに暗い洞窟を一人で進んだ。何という心細さだろうか。進む先に見える微かな明かりを頼りに前に進んでいくと、しばらくしてちゃんと外に続く道へと辿り着いた。
「ああ、良かった。こんな洞窟で迷子なんて御免だよ、まったく……」
洞窟から日が暮れかけていた。そしてフォルジナさんの姿はなかった。ああ、もう。結構薄情だな。待っていてくれたっていいのに。
「待っていられないほどの緊急事態って事か……?」
俺も文句を垂れていないで足を動かす。しばらく道を戻っていると、休憩を取った水場が見えてくる。そこにようやくフォルジナさんの姿を見つける。
「良かった、見つかった……」
フォルジナさんの周りには親衛隊の人たちの荷物や、さっき宝石を入れていった袋などが散らばっていた。俺は妙な事に気付く。肝心の親衛隊の人たちがいない……。
「フォルジナさん、何があった――」
何かが視界の左側に接近してきた。それは分かったが、反応はできなかった。全身が一気に何かに包まれ、後ろに倒れるが強く引き込まれる。動けない。そしてむせかえるような甘く苦い臭いが立ち込める。……息が……体が、痺れ、る。まずい、完全にまず……い……フォル……。
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