第6話-4

 俺は騎士たちの間に入り、コップに水を汲んでフォルジナさんに持っていった。

「どうぞ、フォルジナさん」

「え? ああ、ありがとう」

 渡されたコップの水を一口飲み、フォルジナさんはどこかぼうっとした様子で遠くを見つめていた。

「どうか……したんですか?」

 俺が尋ねると、フォルジナさんは鼻を鳴らしながら答えた。

「感じるのよ、何かを。臭いなのかな……強い魔獣の痕跡を感じる」

「ジュエルビースト……ですか?」

「ジュエルビーストはまだ遭遇したことないからそうなのか分からないけど……経験上、これは濃い魔素の痕跡のような気がする……」

「じゃあもう近くにまで来たってことですかね」

「かもね。向こうも……何か騒いでるし」

 フォルジナさんが顎でしゃくる。その先にいるローガン達も地図を広げ、俄かに色めき立っていた。俺とフォルジナさんは話の聞こえる位置にまで移動する。

「ナンツ、確かか?」

「はい、ローガン。探索針が強い反応を示しています。ジュエルビーストと思しき反応まで三〇〇ターフ五四〇m範囲内です」

「三〇〇ターフ……ということは」

 ローガンが視線を移した先には岩場の裂け目が広がっており、山の内部へと続く洞窟になっていた。

「あの内部か……暗がりに巣を作るという情報だが、どうやらその通りらしいな。よし……このまま行くぞ」

「おう、待ってたぜ!」

「そう来なくちゃ!」

 騎士たちが声を張り上げ剣を鳴らす。話が急展開だが、どうやらこのままジュエルビーストを倒しに行くようだ。

「急だな……大丈夫なんですかね」

「即応できるように準備してるんでしょ。武装は十分。士気も高い。後回しにするより今仕掛けた方がいいんじゃない」

「なるほど……」

 あんまりよくわからなかったが、俺はあいまいに返事をする。

「フォルジナさん、ケンタウリ君。話は聞こえていたか? ジュエルビーストが近くにいる可能性が高いため、このまま前方の洞窟の探索に入る。君たちも来るんだな?」

「もちろん。同行するわァ……」

 フォルジナさんの返事に、ローガンは力強く頷く。

「ならば先ほどと同じように隊の中心に入ってくれ。五分後に出発する」

「分かったわ」

 ローガンは慌ただしく動き他の隊員たちと打ち合わせを始めた。残された俺達は出発の時間を待つだけだ。

「ジュエルビースト……美味しいといいですね」

 俺が小声で言うと、フォルジナさんはぷっと吹き出した。

「はは……ジュエルビーストに遭遇する前から味の話なんて、あなた中々いい根性してるわね」

「えっ、そうですか……?」

「だって、勝てるかどうかわからないのよ。こんな風に討伐隊を用意したってやられる時はやられる。リザードマンの時だってそうだったじゃない」

 そう言われ、リザードマンに討伐隊が全滅させられたことを思い出す。そうだ、つい最近やられたばかりじゃないか。

「えっ、でも、この人たち……強いですよね、多分?」

「あの時の討伐隊と比べると装備はしっかりしてる。動きも無理がないしちゃんと訓練を受けてる。きっと強いでしょうね。だからあっさり全滅ってことは無いんじゃない? それに……私もいるし」

 悪戯っぽくフォルジナさんが笑う。

「面倒臭いからなるべく他人に力は見せたくないけど、この人たちが危なくなったら流石に手を出すわ。あなたは頭抱えてしゃがんでなさい」

「はい、分かりました」

 フォルジナさんにそう言われると、少し残っていた不安な気持ちも消え去った。リザードマンを倒し、ロックリザードさえ簡単にやっつけたフォルジナさん。ジュエルビーストが多少手ごわい魔獣なのだとしても、きっとフォルジナさんならやっつけてくれるだろう。

「よし、行くぞ! 隊列を組め!」

「おう!」

 威勢のいい返事を返しながら騎士たちは二列の隊を組む。中間が膨らみそこに俺達が挟まれ、ひし形のような配置になる。そして前進を始める。

 前方の洞窟が近づいてくると、前の方の騎士が松明を掲げた。それにならい他の騎士も松明に火をつける。

 暗かった洞窟の中が炎で照らされる。壁面や天井は鍾乳洞のように岩が垂れさがっていた。時折小さな影が飛び回っているが、炎に驚いた小さな蝙蝠らしい。足元にはカマドウマのような昆虫もいた。危険な気配はまだないけど、油断はできない。

 入り口は狭かったが、少し進むと急に広くなり天井も高くなった。奥の方はいくつかの道に分岐しているようだった。

「探索針は!」

「若干右寄りです! 詳細不明!」

「よし、進路右!他の進路にも警戒を怠るな!」

 隊全体が右方向に動く。俺達も遅れないようについていく。

「探索針ってなんですか?」

「魔素に反応する道具よ。魔獣を避けたりするのに使うけど、この人たちは見つけるために使っているようね」

「へえ、そんなのがあるんですね」

 松明の薄明かりの中を更に進んでいくと、大きな空洞のある空間に出た。天井が高い……五ターフ九m近くありそうだ。奥行きも広いが松明の炎だけでは照らしきれない。音の響き方からしても、ずっと向こうにまで続いていそうだった。

「こんな所にいるんですかね?」

「さあ? 細かい生態は私も知らないのよねェ……」

 俺とフォルジナさんが話していると、騎士の一人が近づいてきていった。

「おい、お二人さん。悪いがおしゃべりは厳禁だぜ。何が出てくるか分からないからな……」

「……はい」

「了解」

 俺とフォルジナさんは目を見合す。怒られてしまった。確かにちょっと緊張感が足りなかったかもしれない。俺達はこの山で一番手ごわい魔獣に戦いを挑もうとしているのだ。

 隊全体の動きが急に止まった。何かと思うと、戦闘の騎士のハンドサインで動きを止めたようだった。何故止めた? 何かがいたのか……?

 俺は炎で照らされた前方に目を凝らす。大きな水たまりがあって、その先は壁になっている。キラリと……光った?!

 隊が慌ただしく動く。俺達の横や後ろにいた人達も前に出て、弓に矢を番え狙い始めた。間違いない。ジュエルビーストが出たのだ。さっき見た光の反射は、多分そいつの目に反射した光だったのだ。

 騎士の手がさっと下げられる。そして、五本の弓が一斉に闇の中に向けて放たれた。

 裂帛するような叫びが洞窟に響いた。すごい声だ。耳が痛いだけじゃなく原にも響く。洞窟のそこらじゅうでガサガサと色々な動物が動くざわめきが聞こえる。

「来たぞ! 逃がすな!」

「回り込め!」

 声のする方を見ると、槍を構えた騎士たちが前に出て魔獣と向かい合っていた。その魔獣はワニのような頭をしていた。そして背中にはごつごつとした岩が生えていて、少しロックリザードに似ていた。だが脚は細く長いものが六本で、まるで昆虫だった。

 これがジュエルビースト? もっとキラキラしているかと思ったけど、そうでもない。強いて言えば背中の岩が少し宝石っぽいかも? だがひとまず気にすべきなのは、無事やっつける事が出来るかどうかという事だ。

「押せ押せ!」

「矢を射かけろ! 効いてるぞ!」

 ロックリザードは騎士たちにかみつこうとするが槍で突かれて前に出られない。細長い脚での攻撃もあるが、それは別の人が剣と盾で防いでいる。そして間断的な弓の攻撃でジュエルビーストの頭や背中は段々と針山の様になっていく。

 ジュエルビーストが咆哮する。それは苦鳴にも聞こえた。槍の一撃が一際深く首に突き刺さり、ジュエルビーストは鋭い声で鳴いた。

 ジュエルビーストが右前足を大きく横に振った。

 肉を打つ音。そして鎧が岩壁に叩きつけられる音が響く。ジュエルビーストが飛んだ!

 吠え、そして騎士たちに食らいつこうとその大きな口を開ける。

「下がるな、押せえ!」

「くそっ、この化け物め!」

 剣で切りかかるが顔面は硬い鱗で覆われていて傷にならない。ガツンと鉄を打つような音が響き合う。

 そして至近距離から弓で射ようとした時、ジュエルビーストの背中が光を放った。こいつも……魔術を使う事が出来る!

 現れたのは放射状の結晶だった。空中で円形の結晶が形を作り、射かけられた矢を見事に弾いた。人間の攻撃に適応しつつある。見た目よりも賢いのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る