第6話-3

「ありがとうございます。ところで……肝心のジュエルビーストって奴はもう見つけたんですか」

 俺が聞くと、リーダーの人がにこやかに答える。

「痛い所をつくな。実はまだなんだ。魔獣を倒しながら登るのに思ったより時間がかかってね。しかし大体の目星はついている。おっと、紹介が遅れたな。私はローガン。クレイディア家の親衛隊長をしているものだ。こいつらも親衛隊のメンバーだ」

「俺はケンタウリと言います」

「私はフォルジナ」

「そうか、よろしく、フォルジナさんとケンタウリ君」

「ところで……クレイディア家って? どこかの領主様ですか?」

「ここから南の方のな。余りこの辺と交流はないんだが、ジュエルビーストの噂を聞いてうちの主人がどうしてもとね……財政難なのもあって、我々がここに派遣されたのさ」

「へえ……大変なんですね、騎士の人たちも」

「誇りだけでは食っていけんという事さ。しかし君たち……本当に二人だけなのか? 我々があらかた魔獣は片づけたはずだが、それでもよくここまで来られたな」

「あのくらいの魔獣なら私にも何とか出来る。険しい山道の方が手ごわいくらいよ」

「倒したのか? ブルーベアやダークハウンドを?」

 ローガンは信じられないと言った様子でフォルジナさんを見つめた。言いたいことは分かる。ブルーベアはさっきこの人たちがやっていたように複数の戦士で取り囲んで戦うような魔獣なのだ。それを一人で、しかもフォルジナさんのような恰好の女性が倒しただなんて、とても信じられないだろう。間近で見ている俺ですらいまだに信じられないほどだ。

「倒したわ。機会があったら見せてあげる」

「疑るわけではないが……何か特別なスキルの持ち主なのかな? まあいい。ここまで二人きりで辿り着いたという事が何よりの証左だ。これ以上は聞かないでおくよ」

「そうしてもらえると助かるわァ」

「では……今倒した魔獣を片付けてから登る。それまでは少し待っててくれ」

 そう言うとローガンは親衛隊の仲間に指示をして、倒したブルーベアを道の端に片付け始めた。放っておけばほかの魔物が食べて片付けてくれるんだろう。

「……ありがとうね、ケンタウリ」

「えっ、何がですか?」

 様子を眺めていると、フォルジナさんが小さな声で話しかけてきた。

「さっき、私が苛ついていたときに助け舟を出してくれたじゃない」

「ああ、さっきの……」

 俺が大声で割り込んだことを言っているらしい。

「なんか雰囲気が悪くなりそうだったので、つい……すいません」

「いいのよ。おかげで助かった……穏便に話を進めるっていうのが苦手なのよね。いつもかっとなって喧嘩腰になっちゃう……」

「そうなんですね。でもまあ丸く収まったからいいじゃないですか! それに後ろをついていくだけで何もしなくて済みそうだし」

「それがね……ちょっと問題なのよね……」

 曇りを見せるフォルジナの表情に俺は何かと心配になる。すると、フォルジナさんはお腹をさすり始めた。

「ここを登り始めてから何も食べてないでしょ? だから、お腹が空いてきちゃった」

「お腹が空いた……? じゃあ携帯食料でも食べますか。硬いビスケットとかもありますけど」

 バッグから取り出そうとする俺に、フォルジナさんは首を横に振る。

「そう言うのじゃなくて……」

 ちらりと向こうの騎士団の様子を見ながら、小声でフォルジナさんが言う。

「魔獣……食べてないからお腹が空いちゃって」

「えっ?! それじゃああっちで死んでる奴を分けてもらえば……」

「人前で食べると変人扱いされるのよ。化け物だなんだって……昔追いかけられたことがある。特に騎士なんて無駄に正義感の強い連中なんかに」

「俺の前では普通に食べてたじゃないですか。ロックリザードを」

「あの時はケンタウリとすぐに別れる予定だったから。それに害になりそうになかったし」

「はは……そうですね、俺じゃフォルジナさんに太刀打ちできない。じゃあ近くで魔獣を倒して食べてくるとか」

「今から別行動をとって魔獣を食べに行くのも、ちょっとねえ……」

「そうですね……不審に思われそう」

「参ったなあ……誰もいないと思ったから、お腹を空かせてジュエルビーストを捕まえようと思ったのに」

 顎に手を当てフォルジナさんは悩み始める。

「すぐ見つかるんですかね、ジュエルビースト」

「目星はついてるって言っていたけど……どうかしら。このままだと空腹を我慢できなくなりそう……」

「……我慢できなくなったらどうなるんですか?」

「どうなるってそりゃあ……」

 フォルジナさんは両手を上げて獣のように構えた。

「食べ物を求めて大暴れしちゃう」

「大暴れ……」

 リザードマンやロックリザードとの戦いを思い起こす。魔獣をものともしない戦いぶり……その調子で暴れられたらたまったものじゃない。

「冗談ですよね……はは」

「それはどうかしらね……ああ、お腹空いた」

 ぐるぐるとフォルジナさんのお腹の音が聞こえた。可愛そうだけど、ジュエルビーストを見つけるまで我慢してもらわないと。

「あ、片付いたみたいですよ」

 親衛隊の人が手を振って俺達を呼んでいた。小走りで近づいていくと、リーダーのローガンが言った。

「これから私たちは次の水場に向けて進行する。君たちは私たちの隊の真ん中に入ってついて来てくれ」

「一番後ろじゃなくていいの?」

 フォルジナさんの質問に、ローガンは頷きながら答える。

殿しんがりはうちの者が務める。君たちは……客という事ではないが、むざむざ一般人を危険にさらすことは我々の矜持にもとる。安全には配慮させてもらうよ。魔獣が出てきても基本的には何もしないでくれ。動く場合にはこちらの指示に従う事。いいね?」

「いい……ですよね?」

 俺がフォルジナさんを見ると、少々不満げだったが小さく頷いた。

「は。じゃあ俺達は真ん中を邪魔にならない様についていきます」

「ああ、そうしてくれ。じゃあ、お前ら! 次の水場に向けて侵攻を開始する。周辺の警戒を厳に!」

「了解!!」

 二〇人ほどの部下たちが一斉に返事をし大音声だいおんじょうが響き渡る。耳のいい魔獣なら逃げ出しそうだ。いや、逆に近づいてくるのだろうか。

 隊は真ん中の俺達を包囲する形で進んでいく。弓を持った人が半分。残りの人は剣か槍を持っていて、弓の人も腰や背中に剣などを提げていた。急に襲われた場合、遠ければ弓で狙って、近くに来たら槍と剣で応戦するのだろう。その手並みの片鱗はさっき見たばかりだ。

 歩き始めて一時間。急峻な岩場を登り、いくつかの洞窟を抜けて更に進んでいく。魔獣は何度か見かけたがこちらに気付くと逃げて行った。魔獣除けの香の効果もあるだろうが、真新しい魔獣の返り血を浴びた集団を警戒しているのかもしれない。或いは、フォルジナさんの気配に気づいているのか。

 そうこうするうちに次の水場に到達した。途中での戦闘は無し。ここも完全に安全な場所というわけではないが、ひとまず俺はほっと胸をなでおろす。

 水は張り出した岩の下から染み出ていて、真下にある窪みに一五シュデンス九リットルほどが溜まっていた。水は濁りもなく清澄で少し冷たい。各自緊張をほどき、喉を潤したり汗を拭ったりしていた。

 俺も水を飲み、濡らしたタオルで顔や首元を拭う。フォルジナさんはと言うと、少し離れた所でぽつんと立っていた。

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