第5話-6

 二日後、ライオネルさんの家の工房には俺達の服や道具が並べられていた。見た目は変わっていないがどれも強化されており、強度や耐久性が上がっているらしい。

「へー……この服も頑丈になっているんですか?」

 俺は自分の服を手に取って確かめてみる。ごわごわしたちょっと厚手の服。頑丈は頑丈だが鎧などとは比べるべくもない。そのはずだが強化されているそうなので、ちょっと引っ張ってみる。

「うーん……硬いのかな。よく分からない」

「ちょっと貸してみなさいよ、ケンタウリ。引っ張るっていうのはこういうのよ」

 フォルジナさんに服を渡すと左右の手で服の左右の袖を持ち、フォルジナさんは思い切り横方向に引っ張り始めた。生地が限界まで伸びてはちきれそうだが、シャツは千切れずに頑張っている。

「ほら見なさい……私の力でも千切れ――」

 ビビッと音がして袖の縫い目が少し千切れてしまった。

「あっ! 何やってるんですか、フォルジナさん! あ~俺の服が……!」

 俺はフォルジナさんからシャツを取り上げほつれた所を見る。左の脇の下の部分がちょっと破けてしまっていた。

「あはは~、ちょっと強化が足りなかったみたいね、ライオネル」

「何を言っとるか、こ奴め! 龍族にも比肩するようなお前の全力で引っ張ったら壊れるに決まっとるだろうが! まったく……そこはマーガレットに繕わせる。置いておけ」

「はい……お願いします……」

「えーっと、私の服も大丈夫そうね。強度、耐久性、対魔術耐性」

「引っ張って確認しましょうか?」

 俺がいうとフォルジナさんは振り向き、いーっと歯を見せた。

「ケンタウリ君。君の調理器具にも対魔術耐性を付与してある」

「魔術耐性? 魔術が効かないって事ですか?」

 俺は一瞬鍋やフライパンで魔法を受けているところを想像した。

「魔術と言っても普通の魔術ではなく、より一般的に魔素の影響を受けないという事だ。死んだばかりの新鮮な魔獣の肉には魔素が含まれているからな。金属の種類にもよるが、長期に渡ると酸を受けたように劣化する。包丁も切れ味が鈍る。そういった症状に対する耐性だ。それと、掃除用の布巾も用意した」

「布巾? これですか?」

 鍋の隣には十枚ほどの布巾が畳んで置かれていた。見た目は普通の布巾だが、何か特別なものなのだろうか。

「調理器具に施した処置を維持できるように布巾に魔術をかけてある。洗ったあとにそれで拭けば魔術耐性を維持できるぞ。消耗品なので十枚用意したが、無くなったらまた取りに来るといい」

「へえ、すごい。そんな便利な魔術があるんですね」

「過去に研究した技術の応用だ。市井の魔術師には難しいと思うがな」

 ちょっと自慢そうにライオネルさんが言った。でもこれは自慢できる魔術だろう。俺はまだ魔術の事は分かっていないが、たった二日でこんなものを用意するなんてきっとすごい事に違いない。

「ありがとうございます。良かった、これでこの包丁も長持ちする……」

 俺はアイギアさんから貰った包丁を手に取る。心なしかいつもよりピカピカと輝いているように見えた。魔獣を切ると金属が劣化するなんて知らずに使ってたが、これで気兼ねなく料理することができる。

「ありがとう、ライオネル。じゃ、準備も出来たし、お昼ご飯を食べてから午後に出発するわ」

「うむ。ハインエア山脈……ジュエルビーストだったな。お前の眼鏡にかなえばいいが」

「ええ、そう願うわ」

「宝石で出来た魔獣でしたっけ?」

「六本脚の蜘蛛みたいな魔獣よ。背中から宝石の原石が生えてて、目はダイヤ。内臓の一部も宝石らしい。角は黄金でキラキラ綺麗な魔獣らしいわ」

 フォルジナさんが両手の指をわきわきと動かしながら言った。

「……そんな魔獣、食べられるんですか? 宝石……石だらけのような」

「魔素さえ含まれていれば私は構わないからそれは心配していないけど……味の事で言うならケンタウリ、あなたの腕の見せ所でしょ?」

「あ、はい。それはそうですね……」

「ロックリザードの時みたいなごちそう、期待してるわよ!」

 フォルジナさんが俺の背中をバシンと叩く。思わず呼吸が詰まるほどだったが、俺は何とか笑みを返す。

 そうだ。食べるも食べられないも、それは俺の腕次第だ。どんな魔獣かは分からないけれど、それを美味しく料理するのが俺の責任って奴だ。

 しかし内臓まで宝石だと言うと、筋肉や骨も宝石かも知れない。煮たら柔らかくなるのか、芋みたいに煮っころがしにすればいいのか、今からちょっと頭の中で考えておかないといけないかもしれない。

「出発は午後か……それまで庭を見ててもいいですか?」

「好きにしなさい。何か気になる事でもあるの?」

「色んな食材があったから、ちょっと興味があって。いくつか持って行ってもいいですか?」

「ふむ、何でも持ってって構わんぞ。ただし森には入らないようにな。タリスマンがあれば迷うことはないが、場所によってはちょっと面倒なことになる。何せ時空が歪んでいるからな」

「はい、ありがとうございます。森には入らないようにします」

「ふうん。じゃあ、食材の方はケンタウリに任せて、私は昼寝でもしてるわ。しばらくはあったかい毛布ともお別れだし……」

 言いながらフォルジナさんは伸びをし、寝室のある奥の部屋へと歩いていった。チュニック姿のフォルジナさんもこれで見納めだ。

「そういえばマーガレットはどこですか?」

「今の時間だと……庭の方だろうな。何か用か」

「いえ。お世話になったからお礼でも言っておこうかと」

「そうか……」

 そう言い、ライオネルさんは少し考えこんでしまった。また何か変なことを言ってしまっただろうか。

「……生き人形に礼などという奴は初めてだ。あいつも喜ぶだろう。是非言ってやってくれ」

「はい。じゃ、ちょっと行ってきます」

 包丁を置いて俺も部屋を出る。マーガレットの事は……何だか分からないがデリケートな問題らしい。ライオネルさんにとっても何か特別な生き人形なのだろうか?

 家の外に出ると綺麗な青空が広がっていた。雲が一つもないし太陽も見えない。その割には明るいので何とも奇妙な天気だった。これも星や月が見えないのと同じ事なのだろう。

 庭を見回してマーガレットを探す。似たような案山子が何体も動いているが、一際大きい生き人形がいる。それがマーガレットだった。白菜の畑の辺りをカートを引きながら歩いている。

「みんなちゃんと仕事しているんだな……」

 地球にいるころは会社員で事務仕事をやっていた。一時期農業に憧れて転職しようかと思ったこともあったけど、結局踏ん切りがつかずずるずる会社員を続けていた。もし可能なら、こういう畑でのんびりくらすのもいいかもしれない。まあ、農業には農業のつらさがあるんだろうけど。

「マーガレット、ちょっといい?」

 マーガレットは肥料を撒いているところだったが、声をかけると動きを止め俺の方を向いた。相変わらず子供の落書きのようなとぼけた顔だが、ちゃんと俺の事を認識している。

「短い間だったけどお世話になりました。料理、おいしかったよ」

 俺が言い終わってもマーガレットは微動だにせずいた。やはり生き人形だからこういう会話は無理なのだろうか。そう思っていると、ゆっくりとマーガレットが右手を差し出してきた。

「握手……ってこと? はは、ありがとう、マーガレット」

 俺はマーガレットの手を握る。気持ちが伝わったようで嬉しかった。やはりマーガレットはほかの案山子とは違う特別な生き人形のようだ。

「ありがとう。会えてよかった……また来るよ、フォルジナさんと一緒に」

 マーガレットは何も言わない。やがて右手をもどし、また肥料を撒く仕事に戻っていった。俺はその姿をしばらく眺めていたが、邪魔しちゃ悪いと思い家の方へ戻っていった。

 マーガレットはライオネルさんと一緒にここで何年も働いているのだろう。何十年、ひょっとすると百年以上。マーガレットに心が、記憶があるのなら、俺達と過ごしたこの数日の事を覚えていてほしいと思った。





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