第5話-5

 食事のあとはお風呂に入った。この世界では入浴は一般的じゃなく、お湯で体を拭うのが普通だ。しかしライオネルさんの家の離れには風呂があり、それに入れてもらった。

 ただライオネルさんは風呂に入るのは嫌いで使うことはほとんどないらしい。お客さん用なのだろうか。いずれにせよ地球にいた時ぶりのお風呂で身も心もさっぱりした。

「はあ……空が真っ黒だ」

 特にすることもないので星でも見ようかと外に出たが、空には星も月もなかった。日中の曇り空のようにぼんやりと僅かに明るく、畑や森の様子はぼんやりと見えていた。

 庭にはたくさんの案山子がいて庭の手入れをしていたが、この時間になると動きを止めて普通の案山子のように庭の真ん中で突っ立っている。マーガレットも食事の後はどこかに行って姿を見ていない。自分の部屋とかで休んでいるのかもしれない。

「まさかこんな所に来ることになろうとは……」

 事故で異世界に転生したのも驚きだったが、まさかこうして魔術師の家で厄介になるとは。フォルジナさんに出会ったことで人生が大きく変わってしまった。何も考えずに付いてきてしまったが……ひょっとしてすごい事に巻き込まれているのかもしれない。

 何せ、この世界では命の保証がない。これはゲームじゃない。俺はこの世界で生きていて、魔獣の脅威は常に存在している。冒険に出るという事は、その危険性を自分で負担しなければならないという事だ。フォルジナさんは強いがもっと強い魔獣と出くわす可能性はある。魔獣を食べなければ生きてはいけない……そもそも何でそんな体になってしまったのだろうか。それは聞いてもいい事なのだろうか。ライオネルさんとマーガレットの関係のように、立ち入ってはいけない領域なのかも知れない。

「何か見えるか、ケンタウリ君」

 声に振り向くと、いつの間にかライオネルさんが後ろに立っていた。

「何も……見えません。星でも見ようかと思ったんですが」

「星を? 占星術か」

「あ、いえ……ただ単に星を見るだけです。占いはできません」

「星を見る……星か……ここでは普通の空が見られないからな。そう言えば、もうずいぶん長い事夜空を見ていないな……」

 ライオネルさんはそう言い俺の隣で夜空を見上げる。

「君はフォルジナのスキルについてどこまで聞いている?」

「どこまで……って、能力の事ですか? 食叉フォークとか咬撃バイトって技が使える……それと魔獣を食べなければいけないってことくらい……かな? そのぐらいです」

「ふむ、そうか」

 思わせぶりなライオネルさんの言葉に、俺は思わず質問する。

「他に何かあるんですか? 秘密とか……?」

「秘密と言えば秘密だな。アクリアス家の。彼女は幼い頃は普通の人間だったが……いや、私が言う事ではないな。いつか本人から聞くがいい」

「そんな……すごく気になるんですけど」

「いっぱしの冒険者ともなれば他人に語れない過去の一つくらいはあるものだ。あやつもあれで苦労している。くすしき運命の下に生まれてしまったのだ。君は魔獣料理人だが……その力は彼女の役に立つことだろう。共にいる間は、せいぜい彼女を助けてやってくれ。そしてできる事なら……」

「なんですか?」

「彼女の相棒になってくれ。色々大変だとは思うが……」

「相棒……ですか」

 旅のパートナーとは違うのだろうか。もっと親しい間柄? 仲が良くなるのはいいことだと思うけど、ライオネルさんが言っているのはそういう事とはちょっと違う気がする。もっと別の意味だ。

「……これを君に渡しておく」

 そういってライオネルさんはポケットから布でくるんだ何かを取り出した。

「これは?」

 布を取ると中には宝石のようなものがあった。金色の十字の台座に丸い宝石が乗っている。宝石の色は青のようだ。

「タリスマンだ。これを持っていれば私の森の結界に惑わされることはない。自由に行き来が出来る。それと毒や痺れを浄化し、攻撃魔法を低減させる効果もある」

「それって……すごい効果じゃないんですか? もらっていいんですか、そんなの」

「ここに来る以外には大して使い道のないものだ。不必要になったら売るなりすればいい。それなりの金になるだろう」

「売ればいいって……じゃあ、はい、分かりました。お預かりします。これってフォルジナさんも持ってるんですか?」

「ああ、同じ機能のものを持っている。もっともあ奴の場合はスキルの効果で現枠にも耐性があるから、無くてもあまり関係はないようだがな」

「へえ……完全食撃パーフェクトイーターって便利なスキルなんですね」

「ふむ……便利と言えるだけなら良かったのだが、な」

 また思わせぶりな沈黙。フォルジナさんのスキルには色々と謎があるようだ。

「あら、そんな所にいたのねェ、二人とも」

 振り返るとフォルジナさんが玄関に立っていた。そよ風に金髪がさらさらと揺れていた。

「何してるの、男二人で」

「彼が星を見ようとしていてな。生憎ここでは普通の空が拝めんから、彼に文句を言われてたところだ」

「えっ?! 別に俺はそんな……!」

「星ィ? あら、確かに何にも見えないわね。今気づいた」

「お前は目の前の食い物にしか目がいかないからな」

 ライオネルさんはポンと俺の肩を叩き玄関に向かった。

「何よそれ? 私だってちゃんと周囲の気配には気を配っているわよ。今日なんかケンタウリにお尻を見られているのを気付いたんだから」

「ちょっと! 言いふらさないでくださいよ、フォルジナさん! あれは違うんですって!」

「尻? はははは! 若いな、ケンタウリ君。せいぜい殴られないように気を付ける事だ。トマトのように潰されてしまうぞ」

 そう言ってライオネルさんはフォルジナさんの脇を抜けて家に戻っていった。

「随分機嫌がいいみたいね、あのおじさん」

 開いたままのドアの内側を見ながらフォルジナさんが言った。

「そうなんですか。いつもは違う感じなんですか?」

「もっと……静かよ。食事の時もあんまり喋らないし。私が来たってあんな風に喜んでるとことは見た事ない。あ、ひょっとして……!」

「何ですか?」

 フォルジナさんが耳打ちするように小さな声で言う。

「女より男の方が好きなのかも?」

「は?!」

「良かったわね、ケンタウリ。うまく取り入ればこの庭をもらえるかもしれないわよ」

「いや、そんなわけないでしょ?! え? あるんですか?」

「さァ? さ、私は寝るわ。ケンタウリもゆっくり休みなさい」

 楽しそうに言いながらフォルジナさんは玄関のドアを開ける。

「変な事だけ言って帰るのやめてくださいよ!」

「はははは! おやすみ~」

「ちょっと! フォルジナさん!」

 子供のような笑いを残してフォルジナさんも家の中に戻っていく。

「まったく……変な所が子供っぽいな……」

 俺はライオネルさんからの言葉を思い返した。相棒になってくれ……相棒、こんな感じでいいのかな? なんか違う気がするけど。

 でも知り合ったばかりだし、関係を構築するのはこれからだろう。首にされないように、いいパートナーになれるよう俺も心がけないと。月も星も見えない夜空の下で、俺はひそかに誓った。





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