第5話-4

 持って帰った野菜はマーガレットに渡し、俺も下ごしらえを手伝いながら一緒に料理を作った。キッチンは離れの方にあり、一〇人くらいは座れそうなダイニングの隣にある。厨房に立つマーガレットは木の枝で出来ているとは思えないほどよく働き、手早く料理を作っていった。会話は俺から一方通行だが、一応俺も料理人の端くれなので何を求められているかは大体わかった。

「ふむ、今日の晩飯は一段と豪勢のようだな」

 ライオネルさんが席に着き、テーブルの上の料理を見て言った。テーブルの上にはブドウとチーズのサラダ、バターナッツかぼちゃのポタージュスープ、山牡蠣のクリームシチューがボウルと大鍋で並んでいる。

「あら、本当ね。いつも質素なスープだけだったけど、マーガレットはちゃんと作れるじゃない? それともこれはケンタウリが作ったの?」

 フォルジナさんも席に着いて俺に聞いた。いつもより弾んだ声、美味しいものを前にしたときの声だった。俺は流しで調理器具などを洗いながら答える。

「俺は下ごしらえだけです。調理はほとんどマーガレットがやってくれました。すごいですよ、機械みたいに正確で素早いんです」

「機械? 機械って?」

「え、ああ……」

 そういえばこの世界ではまだ機械らしい機械を見た事がない。蒸気機関車とか電化製品とかはどうも存在していないらしく、馬や牛の力に頼ることが多いようだ。もっとも代わりに魔術が発達しているようなので、それほど不便も無いようだった。

「機械っていうのは……俺の国とかにあるやつで……金属で出来てていろんなことを代わりにやってくれるものです」

「それはつまり……生き人形って事?」

「ああ……近いかも知れません」

「生き人形は決められたことを正確に繰り返すのが得意って聞くわ。ねェ、ライオネル。こんなに美味しそうなものを作れるのになんでいつもしょっぱいスープだけだったの?」

「腹に入れば皆同じだ。肉も野菜もな。手間をかけるだけ無駄じゃないか?」

 少し苛立たし気にライオネルさんが答えた。どうやらこの人にとって食事とは食餌……腹に入ればそれでいいという感じらしい。これではマーガレットも腕の振るい甲斐がない。

「本気で言ってるの、あなた? 魔術師には変な人が多いって言うけど、やっぱりあなたも変な人ね、ライオネル」

「うるさい。魔獣を食うお前にとやかく言われる筋合いはない」

 その言葉にカチンと来たのか、フォルジナさんも強い口調で言い返す。

「私はスキルのせいで仕方なく食べてるだけよ! あ、でも最近はケンタウリがちゃんとした魔獣料理を作ってくれるから、そっちの方も楽しみになったわ! 今日は魔獣料理はないの?」

「今日はちょっと……肉とかがないので。それにライオネルさんは魔獣料理は食べられないじゃないですか」

「いいのよ、こんなおじさんなんて。適当な残りでスープっぽいものを作っておけば食べるわよ」

「何で主人の私が一番適当な料理を出されねばならんのだ! お前は相変わらず遠慮を知らんな!」

「ホストとしてもっと客をもてなそうって気持ちはないの? これだから魔術師は!」

 二人は料理そっちのけで口論を続けていた。だがそれほど険悪なものではなく、お互いに会話を楽しんでいるようにも見えた。ライオネルさんはいろいろ言っているけど、フォルジナさんが訪ねてきたことがうれしいのかもしれない。やはり食卓は一人より大勢の方がいい。

「よし。これで終わり……と。あ、焼けた?」

 マーガレットの視線を感じグリドルの方を見るとサーモンのムニエルがいい感じに焼けたようだ。三人分のムニエルをそれぞれの皿に乗せてマーガレットと一緒にテーブルまで運んでいく。

「それがメイン料理? 魚?」

 フォルジナさんが立ち上がって俺の持っていく皿を覗き込むように見る。

「サーモンのムニエルです。湖で獲れた新鮮な奴があったので、マーガレットに調理してもらいました」

 サーモンは海で成長し川を遡上して産卵する。湖で生きる魚では無いはずだが、ライオネルさんの庭の中では何でもありらしい。脂がのってうまそうなサーモンだった。

「うむ、では早速いただくとするか」

「ええ、冷めないうちに!」

 俺が席に着くのを待たずにフォルジナさんはナイフとフォークを取り自分の皿のサーモンを切り分け始めた。ライオネルさんもナプキンをつけてサーモンを食べ始める。この世界では食べる前のお祈りとかがないから、いただきますという機会もない。俺は一人で手を合わせて心の中でいただきますと呟いた。

「おぉいしいぃ~! 何この魚? 初めて食べた!」

 フォルジナさんは言いながらすごい勢いでサーモンのムニエルを口に運んでいた。フォルジナさんのは半身を丸ごと使った一クリッド30cm程のムニエルだが、その大皿の上の焼き身はあっという間になくなっていく。きっとたくさん食べるだろうからと大き目に調理したが、フォルジナさんにはこの程度では全く足りないようだ。

「食べた事ないんですか、サーモン?」

「多分ない。あんまり、しゃかにゃはたべたことにゃいのよ」

 もぐもぐと口を動かしながらフォルジナさんが喋っている。一旦食べるのをやめるという選択肢はないようだ。

 俺も自分の皿のサーモンを食べる。身には火が通っているが硬くはならずしっとりとしている。噛むと甘みとうまみが溶けだし口の中に美味しさが満ちる。皮はパリパリで食感がよく、皮に張り付いたかわぎし、脂の部分が噛むほどに美味しい。焼くのに使ったバターと最後に散らしたパセリが豊潤さと爽やかさを添えていて、はっきりいってこれは絶品じゃないだろうか。マーガレット、恐るべしだ。

「あー……食べちゃった。ねえケンタウリ、もっとこの魚はないの?」

「これは……サーモンはまだ残っているので……」

 視線を上げて厨房を見ると、キッチンカウンターの向こうでマーガレットが俺を見ていた。大丈夫と言っているような気がした。

「じゃあマーガレット、もう一人前作ってくれる?」

 俺の言葉にマーガレットは小さく頷き食材庫の方へ歩いていった。大丈夫らしい。

「やれやれ、来たそうそううちの生き人形をこき使ってるな。大した客人だよ、君は」

 ライオネルさんが口元を拭きながら言った。サーモンを半分ほど食べ、今度はサラダを取ろうとしているようだった。

「すいません……でもすごいですよね。あんなに料理が上手なんて。どうやって覚えさせたんですか?」

 ライオネルさんのサラダを取る手が止まり、フォルジナさんも一瞬サーモンを口に運ぶ動きが止まる。妙な雰囲気がしばらく続いたが、数秒で何事もなかったかのように二人は動き出す。

「何か変な事――」

 俺が言いかけるとテーブルの下でフォルジナさんが俺の脚を小突く。よく分からないが聞いてはいけないことだったようだ。

「……生き人形にも種類があってな」

 サラダを取り、ライオネルさんはサラダの中のブドウをフォークで突きさす。

「一般的には、魔術により人間の行動を記憶させ模倣させる。他にもいくつかあるが……まあ、マーガレットはその他の方法だ。それで普通の生き人形よりも色々な事が出来る」

「へえ……そう、なんですね……」

 変な雰囲気は消えない。マーガレットの事は聞いてはいけないことだったのか。しかし何故だろうか。他の方法って一体……?

「……じゃあ次はこのシチューを貰おうかしら? これは何が入ってるの?」

 場の空気をごまかすかのようにフォルジナさんが明るい声で言う。

「あ、これは山牡蠣が入っています。俺も聞くだけで本物は初めて見たんですけど、川とか滝に生息する牡蠣なんです」

「へー川に住むの? 山牡蠣ってことは他にもいるの?」

「本来の牡蠣は海に住んでます。浅瀬の岩場とか海底の岩に張り付いています」

「ふうん……これが岩牡蠣? なんかプヨプヨしてる……?」

「貝の仲間で、これは身全体を食べる事が出来ます。俺の国だと海のミルクって呼ばれてて栄養もあるんですよ。旬は冬で鍋物にして食べることが多いです」

「そうなんだー」

 フォルジナさんは椀によそった山牡蠣をスプーンでつつき楽しそうに眺めている。どうやらサーモンだけでなく、牡蠣も初めて食べるらしい。

 ひょっとしてフォルジナさんの食生活は、あんまり豊かではなかったのだろうか。古今亭で出していた料理は、作ったことはないが一応メニューは見て大体覚えている。通年を通して鳥や豚の料理があり、野菜などは季節の料理が多い。確かサーモンも時期には出していたはずだが、それほど一般的な食材ではないのかもしれない。

 しかし考えてみると、フォルジナさんの専属料理人という事で雇われたが、肝心のフォルジナさんの事を全く知らない。何が好きで嫌いなのか、アレルギーなんかも聞いておかないといけないかもしれない。魔獣を食べるくらいだから食中毒やアレルギーも無いのかもしれないが、場合によっては命に係わる事だ。

「あら、なんか……? ぷりぷりして柔らかい?! 面白い食感ね! それに美味しい!」

 そう言ってフォルジナさんは椀を口に当て一気にかき込んで食べてしまった。そしてすかさず鍋からおかわり。この様子だとこっちもすぐになくなってしまいそうだ。

「山牡蠣のシチューはこれで終わりですよ。ライオネルさんと俺の分も残しておいてくださいね」

「はーい」

 返事をしながら、まるで子供が新しいおもちゃでも貰ったかのような顔でシチューをすくっている。

「ケンタウリ君、これは何のスープだ? かぼちゃか?」

 ライオネルさんがスープを飲みながら俺に聞く。

「そうです。バターナッツかぼちゃを潰してクリームと混ぜたスープです。珍しかったので取ってきたんですけど、マーガレットにお願いしてスープにしてもらいました」

「かぼちゃのスープ? かぼちゃがこんな風になるのか?」

「皮をむいて火を通すと簡単に身が潰せるので、そこにクリームを入れて滑らかにしてスープを混ぜるとこうなるんです」

「ふうむ、かぼちゃのスープなんて初めて見たな。面白い味だ。いつもせいぜい焼くか煮るくらいだったが……さすが料理人だな」

「スキル自体は魔獣料理ですけど、知識だけなら普通の料理の事も多少は分かります。でもマーガレットには敵わないみたいです」

「ふむ、そうか。マーガレットが作ったか……そうか」

 独り言のように呟き、ライオネルさんは静かにスープを飲み始めた。

「かぼちゃなのね、これは。これも美味しいわァ!」

 フォルジナさんはスープをスプーンですくって飲んでいたが、面倒になったのか椀を持ち上げて直接飲んでしまった。

「おい、はしたない真似をするな」

「え? いいじゃない別に」

 ぺろりと唇を舐めてフォルジナさんは答える。こうして改めてちゃんとした食事をとって分かったが、フォルジナさんはちょっと行儀が悪いのかもしれない。魔獣の肉ならこれでもいい気がするが、人前で食べるにしてはちょっと奔放過ぎる。それともライオネルさんが堅いんだろうか? 貴族とかとは違うんだろうけど、長い時間を生きている魔術師なら礼儀にもうるさそうではある。

 でもまあ、俺達しかいないし、ここで俺がとやかく言う事じゃないな。

 ライオネルさんとは初対面だし、フォルジナさんとだってまだ四日目だ。それでもこうやって食卓を囲めば笑いが出る。誰かと一緒の食事ってのはいいもんだ。





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