第4話―4

「そうね……あの辺りはたまに濃い霧が出る。天気の悪い日は近づくなって言うけど……で、その運の悪い隊商に助けられたの?」

「いえ、最初助けたのは……俺の方なんです」

「あなたが?」

「はい。最初に気付いたのは魔獣の気配でした。よく見かけるダークハウンドの群れ……そいつらが走っていくのが見えました。そういう時は狩りのおこぼれにあずかれるので、俺はそれを目当てに後を追いました。まるで食屍鬼グールみたいに……それで群れを離れた場所から見ていたんですけど、どうもいつもと様子が違いました。狙われているのは魔獣じゃなくて、隊商が襲われていました。アイギアという人が隊長で、何人かの戦士と一緒に戦っていたんですが多勢に無勢。やられるのは時間の問題でした。そこで俺は持っていた魔獣除けの香を使って、ダークハウンドを追い払ったんです」

「魔獣除けの香を使っていなかったの、その隊商は?」

 不思議そうに聞くフォルジナさんに、俺はその時のことを思い出しながら答えた。

「使ってはいましたけど霧のせいで効果が半減していたんです。それと俺の作った香はちょっと特別で、普通の香より効果が強いんです。いくつかのハーブや魔獣の体液を混ぜた特別製で、普通の十倍くらいの忌避効果があります。その分効果時間は短いんですが、ダークハウンドの群れを追い払うには十分でした」

「それも魔獣料理のスキルなの?」

「はい。魔獣の死骸、内臓や骨の一つ一つまで何に使えるのかがわかるんです。そしてダークハウンドを追い払ってから、俺が比較的安全な場所まで案内して、そこで霧が晴れるのを待ったんです」

「へえ。じゃあ、あなたはその隊商の恩人ってわけね」

「たまたまです。恩人なんて言うほどじゃ……でも最初は不審がられましたよ。案内しているときは向こうも無我夢中だったから俺の姿にあまり注意を払わなかった様なんですけど、なにせその時の俺の姿ときたら数か月は風呂にも入らず、髪の毛もひげも伸び放題。不潔極まりない状態だったんです」

「ああ……まあ、しょうがないんでしょうけど、確かにそんな人がいきなり出てきたら驚くわよね。例え魔獣を追い払った命の恩人だとしても……」

「実際そうでした。でも隊長のアイギアさんが出てきて、俺が草原に放り出された異世界転生者だってことを話しました。それで向こうも分かってくれて、目的地のカケーナまで連れて行ってくれることになったんです。その時に髪と髭も切ってもらって、服も新しいのを貰いました」

「アイギア……その人があなたの恩人ってわけ?」

「そうなんです。服も新しいものを買ってもらって……それに俺のスキルを生かせるように料理人の仕事も口利きしてもらいました。古い知り合いの人が経営する酒場で、古今亭って所です」

「ふうん……で、その時に包丁ももらったの?」

 そう言いながら、フォルジナさんはテーブルの二つのコップにワインを注いだ。そしてコップの一つを俺に差し出す。

「ありがとうございます……」

「宿代のうちだから気にしないで飲んで。安物だけど」

 一息でフォルジナさんはコップのワインを飲み干し、もう一度ワインをコップに注いだ。俺もワインを一口飲み、話を続ける。

「料理店で住み込みで働けることになって、助けてくれた礼だって貰ったのがあの包丁でした。買えば結構な値段らしくって……でも金の問題じゃなくて、なんて言うか……初めて認めてもらえたような気がして。それがうれしくて……あの包丁は今の俺にとっては大事な物なんです」

「そう……いい人に巡り合ったのね。でも……酒場で働くようになったあなたが何で戦士団で料理番なんかしてたの?」

「それが……さっきのあいつらのせいです。いや、俺のせいでもあるんですけど……」

 知り合ったばかりの人に話すような無いような気もするけど、でもこれからはフォルジナさんが雇い主だ。俺の過去……スキルにまつわる問題についても知っておいてもらった方がいいかも知れない。俺は意を決して話すことに決めた。

「酒場に限らず料理を出す店には大抵、料理のスキルを持つ人が働いています。戦士の人が剣や弓のスキルを持つように」

「そうね。スキルに応じた職業を選ぶのは当然のことだわ」

「はい。それで俺は料理のスキルを持っているという事で雇ってもらえたんですけど……料理が出来なかったんです。普通の、人間の料理が」

「料理のスキルがあるのに?」

「俺は草原で暮らしている間に魔獣料理のスキルを得ました。そのおかげで生き延びる事が出来ましたけど……魔獣料理のスキルは当然、普通の料理のスキルじゃない。ダークハウンドのどの部位に栄養があるか、どうやって料理すればいいかは分かるんですけど、新鮮な卵がどれか、野菜を煮る火加減だとかは分からないんです。俺のスキルはあくまで魔獣用。当然と言えば当然なんですが……」

「それで追い出されたの?」

「いえ、もう少し複雑で……さっきいた三人、あいつらは古今亭で働いているんです。料理のスキルも持っています。あいつらは……自分のスキルに誇りを持っている。そのスキルを持ったうえで更に研鑽を積んでいる。一流のレストランには負けますけど、それでも料理人としての矜持がある」

 そう、それは間違っていない。正しい料理人の姿だ。

「……一方の俺は魔獣料理のスキルで酒場では役立たず。野菜の下ごしらえさえうまくできない。それどころか……料理を侮辱しているって言われました。客に出す料理を魔獣料理なんて穢れたスキルで作るなんて論外だって……」

「穢れてる……ふうん……私にとっては価値があるけど……」

「ケイラスたちの言葉は……悔しいけれど、間違っていない。料理人たちはスキルを持ったうえで努力し、よりよいものを作ろうとしている。普通の料理スキルが無い俺が立ち入れる領域じゃない。人の何倍も努力しても、それでも足りない。料理長は俺を差別せずに下働きとして使ってくれましたけど、日に日にケイラスたちからの風当たりが強くなっていきました。そしてそれはほかの料理人にまで広がって……料理長から辞めてくれないかって言われました。これ以上職場の雰囲気が悪くなると業務に支障が出るって……」

 あの時の事は今でも思い出すと胃が痛くなる。みんなの視線が刺さるようで、調理場を歩いているだけで冷や汗が出た。誰も俺には話しかけない。すれ違うたびに侮蔑を込めた視線で見られ、舌打ちをされる。

「それで辞めちゃったの?」

「これ以上古今亭にいても皿洗いくらいしか出来ることはない……普通はそこから色々仕事を任せてもらうようになりますけど、俺にはそれも期待できない。そのうえ職場の雰囲気が俺のせいで悪くなってるんだから、古今亭にとっても俺の存在は不利益を与えるものでしかない。出来れば続けたかったですけど、それ以上耐えられませんでした」

「へー……私だったら気に食わない奴は全員シメてやるけど」

 俺はさっきのフォルジナさんの立ち回りを思い出した。軽い一撃……掠っただけにしか見えなかったが簡単にケイラス達を気絶させていた。

「それは……フォルジナさんは強いからそう思えるんですよ。俺は……スキルはあっても結局大した奴じゃない。他人と喧嘩してまで我を通すことは……出来なかったです」

「そんな感じよね、あなたって」

 フォルジナはコップのワインを飲み干しもう一杯を注ぐ。初対面の人に、そんな人なんて思われてるなんて情けない限りだったが、どう取り繕っても変わるものじゃない。コップのワインを半分ほど、胸につかえる思いと一緒に飲み下す。

「それで他の料理店で働こうと思ったんですが、俺が魔獣料理のスキルを持つ変な奴だって噂が広まってました。それはケイラスたちの仕業らしくって……結局どこも雇ってもらえなかったんです」

「あいつらそんな事までしてたの? 本当にシメてやんないと」

 どこまで本気なのか分からないフォルジナの言葉だった。俺は殴られてボコボコになっているケイラスの姿を思い浮かべた。少しだけ気が晴れるような気もしたが、もしやり返すにしてもそれは自分の手でやらなければならない事だろう。

「……そして俺はギルドに行って、あの戦士団の料理番の仕事をやることになったんです」

「で、リザードに襲われて、私がそこに来たって事ね」

「そういうことです。本当に死ぬかと思いました」

 ワインに口をつけながらフォルジナさんは小さく笑った。

「そうね。私がいなかったらあなたはリザードマンに殺されてた。恩に着せるつもりはないけど、本当、運がよかったわね。包丁も無事だったし」

「はい、アイギアさんに顔向けできなくなる所でした」

 俺が言うと、フォルジナさんは再びコップのワインを飲み干した。

「ま、食前酒代わりにちょうどいい話だったわ。お腹も空いてるし、どっかに食べに行くわよ」

「あ、はい。すいません俺のせいで遅くなって」

 フォルジナさんは立ち上がり帽子のつばを撫でながら言った。

「別にいいわよ。お昼にロックリザードを食べたおかげでまあまあ満腹だから。私にとって普通の食事はほとんどただの娯楽……味を楽しむだけのものに過ぎない。待たされた方が、かえって味が増すってものよ。空腹は最上のソースとかなんとか言うじゃない?」

「そう、ですね。じゃあ行きましょう。この辺ならいい店を知ってます」

「じゃあ案内を頼むわ。古今亭以外でね」

 俺はフォルジナさんに苦笑を返した。





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