第4話―3
フォルジナは上機嫌で屋台の通りを歩いていた。二か月前に注文しておいたベストと帽子が仕上がっていたのだ。今身につけているものは赤を基調としているが、今度のものは青だ。
ラピスバッファローという魔獣の青い角を砕いて染めたもので深く鮮やかな色が美しい。帽子には同じバッファローの革の角の形の装飾が施され野性的な魅力が引き出されている。
新しいベストは緑鋼豚の革を使用しており強度に優れるが同時にしなやかで強靭さもある。なまじな鎧よりも頑丈でその分値段も張るが、フォルジナにとってはそれほど高い買い物ではなかった。
「さて……今日の晩御飯は何がいいかな……」
用事を済ませ、残る問題と言えば今日の晩御飯だった。普通の人間用の食事だけではフォルジナは満たされないが、それでも美味なものを食べるのは欠かせない行為だった。普通の人も娯楽として食事を楽しむ場合があるが、フォルジナにとってもそれは同じだった。
「あら……何? 喧嘩……酔っぱらいはいやね……」
道の先に人だかりが出来て、その中心で誰かが殴り合っているようだった。
「おう、やれやれ!」
「料理人のあんちゃん、がんばれ! ほら、そこだ!」
「いいぞ、俺は一人の方に賭けるぞ!」
無責任な野次馬たちの声が飛び交い、近くの露店ではその喧嘩を見物しながら酒を飲んでいるものまでいた。格好の酒の肴であり、何人かは賭けを始めているようだった。
「料理人……まさか……えっ?! あれケンタウリじゃない!」
厚底ブーツで背伸びして人垣の中心をみると、そこには鼻血を流しているケンタウリがいた。喧嘩相手はフォルジナには覚えのない男だった。
「認めねえぞ、お前が料理人なんてのは!」
相手の男が言いながら殴る。もうかなり足元がおぼつかない状態で、よれよれの拳はケンタウリの肩に当たる。対するケンタウリもふらふらで、反撃の拳はやはりよれよれだった。
「なあにやってんのよ、あいつ……警備に見つかったら面倒くさいわね。まったく……ちょっと通して」
せっかく新しい服を見て気分が上がっていたのに……と、フォルジナは溜息をついた。そして人垣をかき分け、その中心、二人が喧嘩している所に割り込む。
突然現れたフォルジナに男はぎょっとしたように目を見開く。といっても片目が腫れてほとんど塞がっていたが。
「ケンタウリ。何馬鹿な事やってるのよ。しかも勝つならまだしも……ボロボロじゃない」
「うっ……すいません、フォルジナさん……でもこいつが……!」
ケンタウリはバツが悪そうに鼻血を袖で拭う。料理人のくせに手で殴り合うなんて……フォルジナは大分呆れていた。
「な、なんなんだ、お前! 男の喧嘩に口出しするんじゃねえ……!」
相手の男、ケイラスはフォルジナに戸惑いながらも敵意を向けた。その行為にフォルジナは苛立ちを募らせた。ただの人間なんかに啖呵を切られても面倒なだけだ。何せ、喧嘩など成り立たないのだから。
「はいはい、うるさいから寝てなさい」
すっとフォルジナは真横に右手を振った。その指先がケイラスの顎を掠めた。
「う、ぉあ……」
ケイラスは目を回し、急に足腰から力が抜けて尻をつき、そのまま横に倒れた。
「お、おい! ケイラス!」
「てめえ何しやがった!」
ケンタウリの後ろにいた二人の男がフォルジナに詰め寄り腕を掴もうとする。
「あぁん……面倒くさいぃ……」
今度はフォルジナの腕が目にもとまらぬ速さで動き、ケイラスと同じように二人の男の顎を軽く打撃した。そして二人も同じように尻をついて倒れ動かなくなった。
「えっ……な、何したんですか……?!」
「気絶させただけよ。さ、さっさと行くわよ。はいはい、見世物は終わり~!」
フォルジナは人垣を掻き分けて来た道を戻っていく。ケンタウリは包丁のケースを拾って、そのあとをついていった。
宿に戻った俺は、用意してもらった水とタオルで顔の傷を冷やしていた。
両手も殴り合ったせいか熱を持っている。何か所か切れている所もあり、フォルジナさんの持っていた消毒薬と膏薬で手当をしてもらった。自分のベッドに座り、フォルジナさんはテーブルの椅子の方に座り頬杖をついて俺を見ていた。冷たい視線……無理もない。みっともないところを見せてしまった。
「で、昔の店の同僚に絡まれたって……いきなり殴り合うなんて随分仲がいいのね」
「すいません……でも……」
俺は足元のリュックの上に置いた包丁の革のケースを手に取る。ケースは壊れてしまったが、幸いにも中の包丁は無傷だった。少し土がついているが、それは洗えば済むことだった。
「あいつ、俺の子の包丁を……踏みつけにしたんです。それだけは許せない。他のものは代わりがきくけど、これだけは別です。恩人からもらった包丁なんです……」
そう……これは恩人からの贈り物。それを踏みつけにされて、黙っている事なんてできなかった。
「恩人から包丁を……まあ、それだけ大事ってのは分かったわ。そういえばあなたは魔獣料理のスキルを持ってるけど、それはその恩人……から習ったの?」
「それは……」
話せば長い話だ。だが、これから雇われて働くんだから、それは説明しておいた方がいいかも知れない。まず何から話そうか……。
「俺は……異世界転生者なんです」
「異世界転生者?」
オウム返しをするフォルジナさんは、不思議なものを見る目で俺を見つめていた。洋装できたリアクションだ。俺は気にせずに説明を続ける。
「俺は別の世界に住んでいたんです。地球っていう場所の日本に住んでいました。でも事故に遭って、それがきっかけでこの世界に転生したんです」
「転生者……噂には聞いたことがあったけど、へえ……あなた、そうなの……」
「はい。他にも……何人かいるんですよね? 有名な戦士の転生者の人もいるとか聞いたことがあります」
「そうね。ギルホーク……だったかしら。すごく珍しいけど、何人かいるそうね。あなたもそうだったなんて……ギルホークみたく戦士にはならなかったんだ」
「はい。それが……俺はこの異世界に来る前に、この世界の神みたいな女の人に会いました。それで何かスキルをもらえると言われて……俺は料理が好きだったから、料理のスキルを貰ったんです。そしてカケーナの北にある草原に突然放り出されました」
「ふうん。それで恩人に助けてもらったとか?」
「そうなんです。でもそれまで二か月ほど時間があって……俺はその間、魔獣から隠れながら何とか生きてたんです。食えそうな果物とか木の実を拾ったり、虫とかを食べたり。ほんと死にそうな毎日でした。それである日、俺は魔物の死体を見つけたんです。縄張り争いか何かで傷ついて死んでしまった魔獣を……」
「それを料理した、とか?」
「そうなんです。死んだばかりの魔物の肉を切って安全な場所に移動して……調理に必要な魔法も使えたので、火を起こして焼いて食べました」
「……食べたの?」
フォルジナさんが怪訝そうに聞き返す。そう、食べたのだ。本来なら魔素で汚染され食べることの出来ない魔獣の肉を……。
「最初は吐き気と下痢でひどい目に遭いましたけど、他に食べる物がなかったんでしょうがなく食べていました。焼いたり干したり茹でたり色々な調理法を試してたんですけど、その内に食中毒にもならなくなって、ある日スキルがレベルアップしたんです」
俺は今もその時のことを覚えている。頭の中が急に真っ白になって、その何もない所にイメージが浮かんだんだ。魔獣料理……それは言葉でも視覚でもなく、もっと別の感覚で俺にそのスキルを認識させた。
「それが……魔獣料理のスキル?」
「はい。俺は魔獣料理のスキルを手に入れました。剣ばかり使っていれば剣のスキルがアップするように、俺は魔獣を調理し続けた事でスキルアップしたんです。それまでは魔獣の死体を見てもただの肉と骨の塊としか思えなかったんですけど、部位を明確に分ける事が出来て、どこに毒があってどういう調理が最適化も分かるようになったんです。初めて見る魔獣にも効果があります」
フォルジナさんは腕組みをし、考えるように視線を上げる。
「スキルを使っているとレベルアップする……その理屈はそうよね。剣とか魔法のスキルと同じってことか。生産系スキルの一種なのかしら?」
「そうですね。原石を加工して宝石に仕上げるように、肉を調理して料理に仕上げる。一種の生産系のスキルかもしれません」
「それで……あなたはずっとその草原で逃げ隠れしながら魔獣を食べて命を繋いでいたの? 食料の心配がなかったのだとしても……よほどの強運だったのね」
フォルジナさんは天を仰いだ。
「……本当に強運だったらもっと街の近くとか安全な所に転生していたと思いますけど……そしてある日、俺は旅の隊商と出会ったんです。普通の隊商は通らない道だったらしいんですが、ひどい霧で道を間違えたそうで……進むことも戻ることも出来ずにさ迷っていました」
・誤字等があればこちらにお願いします。
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