第3話ー2

「これでいいかしら?」

 そういい、フォルジナさんはめくれた皮を脇に捨てた。背中全体が露出したから、これなら十分に作業できる。

「はい、ありがとうございます!」

 俺はロックリザードの上に乗って腰の辺りの脂肪を剥ぎ取り始める。肉が露出すると、サーロインと思しき部分が見つかる。基本的な筋肉の付き方は牛なんかと同じようだ。ただ尻尾周りの筋肉が発達してて、見慣れない部分もある。興味深いがそれは今は置いといて、俺はサーロインの辺りに包丁を入れる。肋骨は折れそうにないし、そこまでフォルジナさんにやってもらうのも気が引けるから、とりあえず骨を避けて肉を取る。それでも二十センチ近い厚さになる。縦横三十センチくらいで切って取り出す。すごい。縦だか横だか分からない肉塊。こんなでかい肉の塊は扱ったことがない。肉は薄いピンクで脂肪もほとんどない。結構強い弾力があって固そうな肉だ。それに熱い。そりゃそうだ。今さっきまで生きてて、激しく動いていたのだから。

 とりあえずこれだけあればいいだろう。俺はロックリザードから降りた。全く、切った肉を運ぶだけで一仕事だ。

「へーそんなお肉なのね」

 感心したようにフォルジナさんが言う。俺もトカゲの肉なんて初めて見るが、味もどんなのか想像がつかない。

 肉をまな板において、リュックから調理道具を取り出す。でかい肉の塊だからステーキでいいだろう。しかし……本当にこんな風に魔獣を料理するときがこようとは。小型の魔獣の死体をゆでたり焼いたりするのがせいぜいだったから、こんな風にちゃんと魔獣を料理するのは初めてだ。

「ステーキにしようと思うんですけど、どのくらい食べますか?」

「どのくらい? えーっとォ、それの五倍くらい」

「五倍?」

 それってどれだ。まだ切り分けていない。

「その肉の塊の五倍」

「これの……?」

 とりあえず切り出したが、実際に食べるのはこれの汚れていない芯の部分を想定していた。これの五倍? この塊だけで縦横一シュターフ30cm、重さで言えば二十キロくらいはあるぞ?

「さっき頭は食べたけど、大してお腹膨れなかったのよねェ。やっぱりお肉を食べないとだめみたい。私、はしたないようだけど、結構大食いなのよ」

「はい……分かりました」

 大食い……今さらっとこいつの頭を食べたと言ったが、それだけでも半デンス30kgはあるんじゃないか? というか、骨とかはどうなってるんだ? 訳の分からない能力だ。

 こいつの頭部はいきなり消えたようにしか見えなかったが、あのスキルで本当にかじったらしい。そしてかじったものはフォルジナさんの体の中に収まっているということか。どういう仕組みか分からないが、物質をエネルギーにでも変えているのだろうか。収まるわけがない。だがとにかく……そういうスキルで、フォルジナさんは結構な量を食べられるという事だ。

 しかし五倍か……二.五デンス一五〇kg? 体重の三倍くらいなんじゃないか。物理的に収まる量じゃない。だが、頭部と同様に、どうやってかこの細い体に収まるという事なのだろう。

「……じゃあとりあえず、ちょっと厚めに切りますね。焼き方はミディアムレアでいいですか」

 驚くのは後にして、俺は料理人としての役割を果たすことにした。

「ええ、それでいいわ。お願い」

 細かい詮索は無用だ。今必要なのは、美味しい料理を作ることだ。

 フライパンを熱する。本当はバターがいいが、菜種油しかないのでそれをフライパンに入れる。ハーブも胡椒も無い。塩が残っていたのは救いだが、肉そのままで勝負するしかない。

 片面を焼きつつ、油を匙で上からかけて火を通す。元々結構温度があったから、比較的早く火が通るだろう。固くなりすぎないように、ミディアムレアだ。魔獣の肉だからしっかり火を通した方がいいような気もするが、フォルジナさんなら平気のようだ。血を直接舐めていたくらいなのだから。

 肉をひっくり返し焼き色を付ける。匙で肉を押してみるが、程よい弾力。親指と中指をつけて丸を作った時の、親指の付け根の筋肉の固さがミディアムレアの目安だ。一枚目ができた。

 リュックに残っていた皿に載せる。付け合わせの野菜も何もない。ただの肉。数シュデンス数kgのステーキだ。白っぽい焼き上がりは豚肉に似ている。

「出来ました」

「そう……へえ、魔獣の肉もちゃんとステーキになるのね」

 フォルジナさんはリュックに座り、皿を膝の上に置いて食べ始める。ナイフの通りは悪くないようだ。フォルジナさんが握りこぶしほどの大きさの一口目を口に運ぶ。

「……美味しい!」

 フォルジナさんは頬を膨らませながら、目を輝かせて言った。

「すごい! 生で食べるのと全然違う! あなたすごいのね! 天才だわ!」

 そう言い、フォルジナさんは次々に切り分け口に運ぶ。途中から面倒になったのか、半分ほどの塊を口の中に押し込んで一息に食べてしまった。その顔には幸せそうな微笑があった。

「お代わりを頂戴!」

 空になった皿が突き出される。料理人としてこれほどうれしいことはない。物凄い食欲と食べ方に圧倒されるが、この人は本当に魔獣の肉を、魔獣料理を食べてくれる人なのだ。

「はい! 分かりました!」

 とは言ったもののまともにステーキを焼いていては何時間かかるか分からない。せめて大きな鉄板でもあればいいのだが、ここにあるのはフライパン一枚だけだ。

「焼き方はレアでもいいですか?」

「何でもいいわ。任せる」

 きらきらとした目でフォルジナさんが答えた。何だかすごい期待されているようだ。

 今度は思い切って十センチの厚み。内側はレアというか完全に生っぽくなってしまいそうだが、元々の肉の温度が高いから何とかなるだろう。

 その肉を焼いている間に俺はもう一度肉を切り出してくる。

 そしてぶつ切りにし、塩を振って串にさす。あとは適当な石を積んで台にして、串焼きだ。ステーキだけでは作業量が追い付かない。並行して違う料理を作る。

 あと出来るのは何だ? 俺はステーキを引っくり返しながら考える。使える調理器具は鍋が一個だけ。となると煮込みか。確か醤油とみりんも無事だったはず。生姜はないがしぐれ煮風の煮込み、それで行こう。

 串焼きの炎を魔法で調整し、俺はまた肉を切り出しに行った。段々切るのにも慣れてきた。しかし肉質がサーロインからランプに変わってきている。本当なら切り分けたいところだが、そんな余裕もないのでそのまま混ぜて使う。

 串焼きの串を回してまんべんなく全体を焼く。これはもうそろそろ良さそうだ。ステーキの方も焼けてきている。先に串焼きを出そう。

「出来ました。串焼きです」

 串焼きは一度に四本出来た。量的には最初のステーキよりも多い。これでしばらく時間を稼げるだろう。

「ステーキだけじゃないのね。色々食べられるなんて嬉しいわァ……」

 そう言い豪快に串焼きにかぶりつき、肉を一個引き抜く。

「ステーキとは食感が違ってこれも美味しいわ。塩かげんもちょうどいい」

 フォルジナさんは次々と肉を引き抜いて食べていく。ペースが速い。あっという間に一本が無くなり、二本目に取り掛かる。





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