第3話 彼女の目的

 俺は……呆然としたままだった。だらしなく口を開けたまま、フォルジナさんの下へと歩いていく。

 まだ体に、さっきのロックリザードの吠え声や攻撃の痺れが残っているようだった。身の竦むような恐怖を今も思い出せる。

 だが肝心のその恐怖の対象、ロックリザードは死んでいた。俺の目の前であっけなく……その頭を切り取られて死んでいた。切り取られた頭がどこへ行ったのかさえ分からないが、それをやったのはフォルジナ・アクリアスと名乗るこの女性だった。ひょっとして俺は、とんでもない人についていこうとしているのか? まるで……はっきり言って、化け物じみている。

「探してたのはこういう奴よ」

 フォルジナさんはそう言いロックリザードの背を軽く叩く。俺は二ターフ3.6mの位置で足を止め、事切れているロックリザードを改めて眺めた。

 ロックリザードは足から力がなくなり腹ばいになっているが、それでも俺の身長より高い。象とかサイみたいな大きさだった。首からはまだ血が流れ出ていて、首の下あたりに真っ赤は水たまりが出来ていた。

「こいつを……討伐する仕事ってことですか?」

 俺がそう聞くと、フォルジナさんは手を振って否定する。

「違う違う。そうじゃなくて、これは完全に私用……っていうか、本当にただの食事なのよ。さっきも言ったでしょ? 私は魔獣を食べて魔素を摂取しないといけないの。普通の人が食事するようにね」

「魔獣を……食べる……」

 言っていることは分からないではない。特定の部族ではその神秘的な力を手に入れるために魔獣を食べることもあるらしい。フォルジナさんもそういう事情なのだろう。だが食べると言っても……せいぜい狼くらいの大きさの魔獣がせいぜいだと思っていた。それ以上の大きさでは一人で仕留めることは難しい。

 だがその点で言うならフォルジナさんは例外だろう。昨日の戦いを見る限り、時分より大きなリザードマンを二十数匹も倒したのだから。それに……現に目の前でロックリザードを一人で倒してしまっている。

「じゃ、ちょっと待っててくれる。解体して肉を食べるから」

「解体って……ここで食べるんですか?」

「そりゃそうよ。放っておくと魔素が抜けちゃう。さっさとここで食べちゃうわ」

「えっ……ひょっとして……生で食べる気ですか?」

 俺の質問にフォルジナさんは少し考えて答える。

「まあそうね。私料理は苦手だし……いつも生で食べてる。あっ、ひょっとして……」

 閃いたとでも言うようにフォルジナさんが目を見開く。期待に満ちた目が俺を見ていた。

「あなたの魔獣料理のスキルでこいつを料理できるんじゃない?」

「えっ……それは……」

 俺は改めてロックリザードの死体を見る。これまでに食べた事のある魔獣の死体は、どこがどういう部位かというのが何度も調理しているうちに分かってきた。言わば、勘が身につくのだ。何度か経験することで俺のスキルはアップし、似た魔獣に対しても応用することができる。

 だがロックリザードに関しては全く勘が働かない。巨大な塊……肉や骨の流れが見えない。

 だが――。

「やります……やらせてください!」

「あら、本当にできるのォ?」

 フォルジナさんの顔に笑みが浮かぶ。その嬉しそうな顔に覚悟が決まった。どんなことにでも初めてはある。今日がその日だ。

 ロックリザードを切り分けて料理する。誰かのための、本当の魔獣料理だ。

「とりあえず切り分けてから何を作るかは考えます。ちょっと待っていてください」

 俺はリュックを降ろし、エプロンを身につけ包丁を手にした。

 まずどうすべきか。俺は首のなくなったロックリザードを前に思案した。

 首の断面からは血が流れ出ているが、血抜きになってちょうどいい。もう少しこのまま放っておけばいいだろう。その間に何を作るか考えなければ。

 まずどこを使うかだ。小さいトカゲの場合は肉が少ないので、せいぜい太もも当たりの肉を骨付きのまま調理するくらいだ。だがこいつは体が大きい。胴も太いし力も強いから肉が結構ありそうだ。となると背中から腰にかけての肉、ロースやサーロイン辺りが良いだろう。

 だが……こいつをどうやって捌こうか? 首から尻尾の付け根までで三ターフ5.4mはある。普通なら横に倒して腹を切って内臓を抜いてから包丁を入れていくが、こんなでかい体を引っくり返すなんて無理だ。今は腹ばいになってるが、この姿勢のままでやるしかない。

「切ったりするの、手伝おうか?」

 俺がどこから手をつけようかと悩んでいると、フォルジナさんがそう言った。

「手伝うって……」

「皮を剥いだり、どっかを切ったり。普通の人間に扱える大きさじゃないでしょォ?」

 普通の人間……確かにフォルジナさんは普通じゃない。何だか化け物扱いするようで気が引けるけど、ここは手伝ってもらう事にしよう。

「ああ……じゃあ、背中の皮を剥いでもらっていいですか?」

「ええ、分かったわ」

 そう言い、フォルジナさんはロックリザードの背中の皮膚に手をかけた。岩棘の生えている範囲は肌が固くなっていて、まるで亀の甲羅のようになっている。とても俺の持っている包丁じゃ刃が通らない。というより、余程の業物の剣とかでもない限り斬ることはできないだろう。

「これを、剥いちゃえばいいのね……」

 フォルジナさんは左手の指をそろえ、空中でスッと斬るように動かした。その動きも彼女のスキルなのだろう。ロックリザードの肌に細い切れ目が入った。分厚い皮膚とのちょうど境目だ。

「取れるかしら……よっ、と……」

 左足で首の付け根辺りを踏みつけ、背中の皮膚の切れ目の辺りを両手で持ち、フォルジナさんはメリメリと皮を剥いて行った。まるで布団をめくるみたいに、大して力を入れているようでもないのに、分厚く重そうな皮がどんどん剥がれていく。

 そしてフォルジナさんはロックリザードの上に乗り、さらに皮を剥いでいく。皮の下は脂肪の層になっていた。赤味がかった黄色い層が五センチほど。脂肪をどけると、そこには薄いピンク色の肉が見えた。鶏肉よりもさらに白っぽい色だ。ただ臭いはきつい。魔獣特有のにおいとかびた土の様なすえた臭いが混ざっている。






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