第3話―3
俺はその食欲に呆気にとられる。食べた肉の量はもう
いかん。見とれている場合じゃない。俺は時雨煮を作るんだ。肉を厚めに切って塩をして余分な水分を出し、軽く茹でて火を通す。鍋に醤油とみりんを入れて軽く煮詰め、水を切った肉を入れて火が通りすぎない程度に軽く混ぜる。ステーキは引っくり返してまだ片面を焼いている。時雨煮の方を先に出そう。
「時雨煮です」
鍋のまま出して、トングで椀に盛る。皿で出したいところだが、フォルジナさんの食べる速度を考えると、自分で適宜よそってもらった方がいいだろう。
「時雨煮? 何かしら……煮物? 炒め物?」
「煮詰めた醤油とみりんを肉と合わせた煮物です」
「へえ、色々あるのね。さすが料理人だわァ」
肉の束をフォークで刺して、フォルジナさんは口に運ぶ。
「何か食べたことある味かも知れない。これも美味しいわァ」
「醤油とみりんはよく使われるので、多分今までにも似たような料理を食べたことがあると思いますよ」
フォークの歯いっぱいに薄切りの肉を突きさし、押し込むように口に入れる。頬が限界まで膨らんでいる。もっとゆっくり食べればいいのに。そう思ったが、量を食べるフォルジナさんにとってはこれが当たり前なのかもしれない。
「じゃあ、どんどん作りますね!」
たくさん食べてくれるのはうれしい。しかしフォルジナさんの食欲は桁外れだ。俺は魔獣料理のスキルを存分に発揮し、彼女のために作り続けた。
「はァ~ん……お腹いっぱいになったァ~。ご馳走様~」
食べ終わり、フォルジナさんは力いっぱい背伸びをした。目の前には空になった鍋と皿と串。結局肉のブロック六個分を平らげた。
「はぁ……はぁ……疲れた」
俺は肩で息をしながら、倒れるように座り込んだ。時計がないから分からないが、太陽の傾き加減からすると多分二時間くらいはずっと調理していた。重たい肉の塊を運び、切り、調理。それをずっと繰り返したのだ。火魔法をずっと使ってたから魔力ももうほとんどない。魔力が無くなるというのは、多分初めての経験だ。体も頭もふらふらになっている。
でも……良かった。
しみじみとそう思った。俺の魔獣料理のスキルで、調理した魔獣の肉は生で食べるより美味しくなっていたはずだ。自分のスキルが他人の役に立つなんて思ったことがなかったが、まさかこんな風に役立つとは。
「まさか魔獣料理のスキルを持っている人に知り合うとは思わなかったわ。素晴らしいわね、あなたのスキルは」
フォルジナさんは立ち上がり、バレエのように厚底ブーツのつま先でくるくると回り始めた。回転に合わせて帽子の羽飾りがひらひらと揺れている。
「こんなにお腹いっぱいになるのは久しぶりだし、こんなに美味しいのは初めてよォ~」
「それは……良かったです」
俺も一緒に喜びたいところだったが、いかんせん体力に限界が来ていた。何とか声を絞り出すだけで精いっぱいだ。
フォルジナさんが回転するのをやめた。そして立ち止まり、俺の方を見る。
「カケーナの町に着くまでの約束だったけど、気が変わったわ」
宣言をするようなフォルジナさんの言葉だった。
「改めて、私の料理人になってくださらない? 期間は未定だけど、しばらくこの辺に滞在することになりそうなの。その間、あなたを専属の料理人として雇いたい」
「それは……」
討伐隊の仕事はなくなったし、その後の予定も何も決まっていなかった。だから雇ってくれるなら渡りに船だ。
「ちなみにですけど、それって……普通の料理人? それとも魔獣料理人として?」
「もちろん決まってるじゃない、そんなの! 魔獣料理人よ。多分世界にあなただけよ、そんなスキルを持っているのは。そして、そのスキルを活かすなら私と一緒にいるのが一番でしょ?」
当然のように、そして、どこか誇らしげにフォルジナさんが言った。
確かにその通りだ。俺のスキルとフォルジナさんのスキルは、ある意味でセットのようなものだろう。作る人と、食べる人。魔獣料理を作る俺と、魔獣料理を必要とするフォルジナさん。
俺は立ち上がり、フォルジナさんの顔を見て言った。
「雇ってください。ちょうど仕事もなかったし……よろしくお願いします」
「よろしく。ケンタウリ・クリヤ」
フォルジナさんが手を差し出し、俺は握手する。
「よろしくお願いします。アクリアスさん」
「フォルジナでいいわ。そっちの方が響きがかわいいから」
「分かりました、フォルジナさん」
フォルジナさんの手は小さくか弱そうに見えた。だがこの手がリザードロックを屠り去ったのだ。怒らせないようにしようと、俺は密やかに誓った。
「はァ~これで当面の目標にも一層期待が持てるわァ~! 今から楽しみ!」
そう言い、フォルジナさんはまたくるくると回り始めた。嬉しい時の癖みたいだ。
「フォルジナさんの目標って……なんですか?」
「え~そうね、雇ったんだし、ちゃんと説明しておいた方がいいわね」
フォルジナさんは回転を止め、上を指さした。ハインエアの頂の方だ。
「ジュエルビーストって知ってる? ハインエアでいっちばーん強い魔獣。それをやっつけて食べるのよ」
「えっ」
感嘆のえっじゃなくて、困惑のえっだった。
ハインエアでいっちばーん強い魔獣? ジュエルビースト? 聞いたことはないが、ハインエアで一番となると、きっと今日のロックリザード程度では済まないだろう。
「背中に宝石が生えてて、角は黄金! なんと目玉はダイヤモンドらしいのよ! すごいと思わない? 宝石自体はあんまりおいしくなさそうだけど、きっと肉はすっごく美味しいと思うわ! だから前々から食べたいとは思ってたのよ」
「へえ……」
なるほど。フォルジナさんからすると強い魔獣ほど美味しいというわけか。だとするとジュエルビーストを求めるのも理解できる。この辺じゃハインエア山脈が一番危険だから、ここで一番強いなら、それが一番美味しい魔獣というわけだ。
「ひょっとして、これから登るんですか?」
「え? いいえ、ちゃんと準備するわよ。それにあなたをカケーナのギルドに連れて行かなきゃいけないし」
「そ、そうですね……良かった……」
ハインエアに登るなんて、よほど準備をしていかないと無理だ。それも一人や二人では駄目だ。数十人で警戒しながら出ないと進めないはずだ。魔獣の巣窟に入り込むなんて、正気の沙汰じゃない。フォルジナさんは大丈夫かも知れないが、同行する俺の命が危ない。肉を持ち帰ってもらって下で料理するというのはどうだろう。
「楽しみだわァ~。山頂で景色を楽しみながらジュエルビーストのステーキ!」
駄目だ。フォルジナさんの頭の中では、山頂で食うことになっている。となると必然的に俺も同行しなくちゃいけない。
しかしまあ、多分何人か、いや、何十人か戦士の人が一緒に来てくれるのだろう。そうに違いない。
「ケンタウリはお弁当でも持っていくといいわ。二人で頑張りましょうねェ」
駄目だ。二人で行くことになっている。天職かと思ったが、これはとんでもないことになってしまった。
フォルジナさんは興が乗ったのかしばらく回り続けていた。嬉しそうに微笑むその様子に、俺は何も言えなかった。
・誤字等があればこちらにお願いします。
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