第2話―3
二時間ほど歩いて、カケーナまであと半分と行ったところまで来た。そこまで俺たちは特に会話もせず黙って歩いていたが、フォルジナさんが口を開いた。
「この辺かなァ……匂うのよねェ……」
「匂う……って何がですか?」
匂い。意識を集中してみるが、特に分からない。ハインエア山脈は地下にマグマがあるため時折硫黄臭いそうだが、そういうのでもなさそうだ。
「魔獣の匂い……ちょっと危険な奴」
「えっ?! 逃げた方がいいんですか?」
ハインエア山脈には大型のドラゴンもどきみたいな魔獣もいる。人間を一飲みにするような奴だ。そういうのが下りてくることはまずないそうだが、可能性はゼロではない。
「あなた一人なら逃げた方がいいかもね。でも、逃げるんじゃなくて、探してるのよ。私が、その魔獣をね。ちょっと荷物持ってて……」
フォルジナさんが俺の足元にリュックとポシェットを放る。俺はそれを拾いながら聞く。
「探してるって、退治ってことですか?」
フォルジナさんもギルドから依頼を受けているという事なのだろうか。強いのだから、そうなのかもしれない。
「退治するんじゃなくってね……食べるのよ。言ったでしょ? 完全食撃。このスキルのせいでねェ……魔獣を食べないとお腹がすいちゃうのよォ……朝ごはんはもらったけどあれだけじゃ全然足りない……」
「足りなかった……すいません……気が付かないで」
フォルジナさんは空中の匂いを嗅ぎながらうろうろと動き回る。彼女には何かの匂いが分かるらしい。
「いいのよォ、あなたのせいじゃない。そもそも、普通の食事はいくら食べても私の栄養にならないの……。ただ、町に連れていく代わりに、ちょっと付き合ってねェ……早めのお昼ご飯……ほら、足跡があるでしょ?」
言われて下を見ると、確かに雑草が踏まれたような跡がある。それに広い範囲が土が起こされ雑草も掘り返されてぐしゃぐしゃになっている。
「ここで体を地面にこすったのね。おかげで匂いが良くわかる」
そう言い、フォルジナさんは足早に歩き始めた。方向はハインエア山脈の麓だ。おいおい、本気かよ。
ハインエア山脈は普通の山と違いなだらかな山の形をしていない。台地が地面から急に生えたような形をしているのだ。山肌はほとんど岩で、魔獣以外の生き物はほとんどいない。山の麓は岩場と森林が混ざったような状態で、少し登ると岩場が連続し、やがて直角に近い壁に突き当たる。その壁が、ハインエア山脈の根元だ。
今向かっているのはその麓の森林がある地帯だ。ズンズンとフォルジナさんは脇目も振らず進んでいく。
この森林にもハインエアの魔獣は潜んでいる時がある。だから、入るのは自殺行為だ。そう聞いたことがある。しかしフォルジナさんは知ってか知らずか、お構いなしに進んでいく。
「あ、あの! ここは危ないですよ! やめた方が……!」
俺は不安になって声をかける。
「安心して。雑魚の魔獣くらいなら私には近寄ってこない」
フォルジナさんは俺を振り返りもせず答えた。そして迷いなく前へ進んでいく。
時折匂いの方向を確認しながら、彼女の歩みは止まらない。周囲の植物の様子も変化していく。背丈より小さかった草が、軒並み俺の身長を超えていく。魔素は動植物にも影響を与える。大型化はその一例で、毒を持ったり棘が生えたり、様々な、悪意としか思えない様な変化をするのだ。
「何を探してるんですか?!」
「だから、昼ごはん。そのうち分かるわ」
刺々しい枝葉や異臭を放つ草をかき分け進むと、少し開けた所に出た。足元が岩場になって、草が少ない。ちょうど森と岩場の境目のようだ。
根元はこんな風になっているのか。と、少し感心したが、それどころではない。俺は嫌なものを見つけてしまった。
俺たちがいるところから数十メートル先。岩場の向こう側の端っこに、魔獣がいた。それも……結構でかい。
ずんぐりとしたトカゲ。第一印象はそうだったが、よく見ると背中には刺々しい岩が生えており、太く長いしっぽの先端には丸い岩の塊がついている。恐らくロックリザードだ。こちらに気付いてか、低く鈍い声で吠えた。
何てことだ……本当に魔獣がいやがった。
「見いつけた! 今日のお昼ご飯!」
俺の恐怖をよそに、フォルジナさんは嬉しそうな声を上げた。軽く両手を叩き、嬉しそうに軽い足取りで進んでいく。
何を考えてるんだ。魔獣を食べると言ってたが……捕まえてどうこう出来る大きさじゃない。倒せるとしたら二十人くらい必要だろう。それもあの討伐隊の連中みたいのじゃなく、もっと訓練された戦士がだ。
「荷物持って隠れてなさい。すぐ終わらせるわァ……」
終わらせる? 何の冗談だ? フォルジナさんは武器も持っていない。リザードマンは倒していたが、あのくらいの魔獣は人間が殴って倒せる相手じゃない。第一あんな帽子を被って、靴だって厚底ブーツだ。戦う格好じゃない。でもフォルジナさんは……それでリザードマンを倒していた……。
駄目だ。逃げろ。
そう言おうとしたが、フォルジナさんの背中はあまりにも普通過ぎた。その背中に俺は何も言えず、ただ見つめていた。彼女には不安や恐怖は欠片もない。そう見えた。いつも通りの散歩に出かけるような足取りで、彼女は魔獣に向かっていった。
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