第2話 完全食撃

 俺は彼女に案内され野営地に行った。と言ってもそこにはハンモックが吊るしてあるだけだ。魔獣除けの香も焚いていないし、焚火も消えていた。

 女性が一人で野営しているのも危ないが、その上さらにこの辺は魔獣の出現地帯だ。何の対策もしないなんて半分自殺の様なものだ。この場所をも甘く見ている……とは思ったが、この人は素手で軽々とリザードマンを退治したのだ。甘く見るのも納得だ。怖いものなんかないんじゃないか?

「いつもこうやって……寝てるんですか? 香も焚かないで?」

「大丈夫よ。私を襲う魔獣はいないから。気配が分かるみたい。あなたも心配しなくていいわよ。じゃ、お休み」

 彼女は体に付いた血を拭うと、ハンモックに乗って帽子を自分の顔の上にかけた。もう眠るらしい。

(そうは言ってもな……いくら何でもそのままってわけには……)

 俺はテントを広げて一応魔獣除けの香を焚いておく。ちゃんと匂いのする新しい奴だ。必要ないと言われても、流石に何もしないで寝るのは心細い。

 しかし、本当にとんでもない事になってしまった。

 ついさっきまで、あの討伐隊と一緒にいたのだ。俺が生き残ったのはただの幸運に過ぎない。アクリアスさんが来なければ、俺の死体もあそこに転がっていただろう。あるいはリザードマンの腹の中だ。

 とても眠れそうにない。そう思ったが、目を閉じるとすぐに眠りに落ちてしまった。


 ハッとして飛び起きる。

 俺は……そうか、昨日の夜、リザードマンが来て……みんな殺されて……。俺は自分の顔を触る。これは、夢ではない。頬にはまだ生乾きの傷がある。

 テントの隙間から外を覗き見る。ここは彼女……フォルジナ・アクリアスの野営地だ。向こうに討伐隊の亡骸と荷物の残骸が見える。現実だ。昨日の惨劇は、間違いなく起こったことだ。俺は手で目を押さえて軽くもみほぐす。もう一度見ても景色は変わらなかった。本当に四十人が死んでしまったのだ。

 呆然としながらも俺は空腹を感じた。まだ夜が明けて間もない。六時くらいだろうか。本来ならこの時間に起きて朝食の仕込みを始めるはずだった。体は習慣で早く目覚めたが、しかし仕事は四十人の戦士と共に消えてしまった。

 靴を履いてテントの外に出ると、彼女はまだハンモックで眠っていた。アイマスク代わりなのか、帽子を顔に被せている。

 無防備にしか見えないが、何かの達人みたいに、近づいたら目覚めたりするのだろうか。しかし試してみる勇気はない。昨日のリザードマンのように殴られたくはなかった。

「これからどうしよう……」

 仕事を失い、また無職だ。報酬は調理器具をそろえるのに使ったからほとんど一文無し。任務完了後の後金を見込んでいたから、今は小銭くらいしか残っていない。

 とはいえ、今悩んでも出来ることはない。することもないので自分の荷物を整理して心を落ち着ける事にした。リュックの側面は昨日の戦闘で刃物で切られたらしく、かなりの範囲が裂けてボロボロになっていた。繕うにもこれはひどすぎて無理だろう。新調するしかなさそうだ。

 結構高かったのに……。この任務の為に買ったというのに、一回で駄目になってしまった。だが自分の代わりに犠牲になってくれたと思えば、安いものか。

 リュックの裂け目からは結構荷物がこぼれてなくなっているようだった。フライパンも一枚ない。箸とかも無くなってる。包丁は……良かった。あった。これは大事な奴だから、なくさなくて良かった。

 他にも無くなっているものはあったが、買い直せばすむ物ばかりだ。今はその金もないが、包丁が残っていたので御の字だ。

 もう一度アクリアスさんを見るが、まだ寝ていた。もうそろそろ起きてもおかしくはない時間だが、皆が朝方とばかりは限らない。腹が減ってきたので朝食にしたいが、俺だけ先に食うのも申し訳がない。

 だが、どうせ大したものは作れない。押し麦を煮ておかゆの様なものを作るだけだ。欲しいと言われたらその時に作ればいいだろう。

 俺はリュックの中から押し麦を出す。それと塩と、非常用の干した人参。材料はこれだけだ。水もリュックに入れておいた非常用の瓶詰がある。

 森には入らず端の辺りを歩き回って燃えそうな枝を拾い集め、魔法で火をつける。そして鍋に水と材料を入れて、あとは煮えるのを待つだけだ。料理と呼ぶのもおこがましいが、これで温かい朝食が食べられる。

 そう言えば鶏はどうなったろうか。今の所鳴き声を聞いていないが、あいつらも今頃は腹を空かせているかもしれない。ひょっとすると卵を産んでくれているかもしれないが、あの死体置き場に戻って卵を探す気分にはならなかった。四十人分の死体をもう一度見ることになるのだ。朝食どころではなくなる。

 うえ。思い出しただけで具合が悪くなりそうだ。

 それにしてもこのフォルジナ・アクリアスという人は何なんだろうか。

 完全食撃パーフェクトイーターのスキルを持っていると言っていた。そんなことを言われてもどういうスキルなのか知らないが、何らかの食事に関するスキルという事か。そんなに大食いには見えないが、しかしやせの大食いという事もある。だが例え十人前とか百人前を食べたとして、そんなのは食費がかかるばかりで何の役にも立たないだろう。せいぜい大道芸人が関の山だ。

 だがあの力は本物だ。リザードマンを殴り殺し、剣を投げつけて殺していた。あんな細い体のどこに力があるのか。スキル由来としても、それが食事とどう関係するのかが分からない。たくさん食べると強くなったりするのだろうか?

 顔は美人だったけど……何だか得体のしれない人だ。命の恩人ではあるが、恐ろしくもある。でも町まで同行してくれるそうだから、悪い人ではなさそうだ。

 等と考えているうちに粥が煮えてきた。もう少し水分がなくなってとろみが付くまで我慢だ。質素な食事だが、この匂いを嗅いでいると腹が鳴ってくる。

 ぐううう。

 獣の唸り声の様な音が聞こえた。まさか、狼か何かを呼び寄せてしまったのか? 思わず辺りを見回すが、しかし魔獣らしき姿は見当たらない。魔獣除けの香もちゃんと焚いてある。音は後ろからだ。また聞こえる。

「ひょっとして……アクリアスさん……?」





・誤字等があればこちらにお願いします。

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