第1話―4

「で、あなただけ? 他にも料理人の生き残りはいるのかしら?」

 彼女が俺の方に近づいてくる。その顔や服には無数の返り血がついていた。白い肌に赤い雫が垂れ、どこか狂気を思わせた。一体この人は何なんだ? 何で、魔獣を相手に素手で戦えるんだ? 何でこんな風に平然としていられるんだ。

「料理人は他にはいません……俺だけです」

「ふーん。あなたは雇われたの?」

 周囲を見回しながら彼女が聞く。

「はい……一週間だけ、リザードマンの討伐のために雇われました……」

「そうなの。雇われじゃ、ねえ。代表者がいれば謝礼金でもふんだくろうと思ったのに。ギルドに行っても全滅のこのありさまじゃ、謝礼なんか出ないわね」

「そう……ですね」

 俺は茫然としながら答えた。

「あなたは……一体誰なんですか……」

 疑問が口をついて出た。彼女は頬についた血を指で拭い、ぺろりと舐めた。頬には血の痕が尾を引いていた。

「フォルジナ・アクリアス。と言っても有名じゃないから知らないでしょうね。完全食撃パーフェクトイーターって言えば知ってる人はいるかもしれないけど」

「完全食撃……?」

 フォルジナ・アクリアスと言う名にも、完全食撃という言葉にも覚えはなかった。冒険者の間では有名な人なのかもしれない。なにしろこの強さだ。はっきり言って……化け物だ。

「私のスキルよ。万物を食らい自らの血肉に変える。物も魔力も、その全てを食らう。まあ、知らないなら別にいいわ」

 アクリアスと名乗ったその人は、指についた血をもう一度舐めた。

「あの……!」

「ん? なあに?」

「やめた方がいいですよ、魔獣の血なんて……体に有害です!」

 魔獣の体は普通の生物と構造は大差ない。しかし体内に魔素と呼ばれる特殊な魔法成分が含まれており、それが魔獣に超常の力を与えている。魔素は人体にとって有害だし、それを含んだ血や肉も同様に有害だ。少量であっても摂取すれば体調不良を起こす。腹痛やめまいで済めばいいが、重篤な症状が出れば後遺症も残るし、最悪の場合は死に至る。

「普通はそうね。でも私は……このスキルのせいでちょっと訳ありでね。魔獣を食べても大丈夫だし、逆に食べなきゃいけないのよ」

「魔獣を食べる……?」

 俺はこの世界に来た時に見知らぬ平原に放り出され、それで食い物がなくてやむなくその辺の弱い魔獣を殺して食いつないでいた。そのおかげで魔獣料理なんてスキルを身に着けてしまったが……世の中には俺のような境遇の人が他にもいたのか。

「とりあえず、死体を何とかしようかしら? リザードマンはどうでもいいけど、この人たちはギルド所属の人たちなんでしょ? ほったらかしってわけにもいかないわね」

「はい……そうですね」

 俺はそう答え、立ち上がった。まだ現実感がない。みんな殺されてしまった。ふと見ると、離れた場所で鶏が歩き回っていた。壊れた檻から外に出て、えさの袋を突っついている。生き残りは俺と、この鶏たちだけだ。


 リザードマンの死体を野営地の隅に運んだ。ほとんどはアクリアスさんが無造作に放り投げていたが、俺も三匹だけ引きずって運んでいった。

 そして討伐隊の戦士だ。戦士の死体を一列十人で四列並べていった。原形をとどめている奴は少ない。みんな頭を割られたり顔を潰されて死んでいた。それにかじられたような痕もあるし、内臓がはみ出ているのもあった。

 死んだ人には申し訳ないが。恐ろしいのと気持ち悪いので何度も吐いてしまった。アクリアスさんは平気なのか、淡々と死体を並べていった。

 手足がなかったり首が取れている人もいたが、どれが誰のなのか分からないので列の端にまとめ、テーブルクロスをかぶせておいた。白いテーブルクロスは血を吸って赤くなり

却って陰惨な印象が強くなった。

「これでいいでしょ。一応魔獣除けの香は焚いてあったけど、多分期限切れね。後で私の奴を置いておくわ」

「期限切れ……だったんですか?」

「ええ。臭いが薄い……効果がほとんどないと思う。実際にリザードマンが来てるし」

 魔獣除けの香はイトゥマという植物の草から作る。確かに長期間保存すると効果が無くなると聞いたことはあったが……まさかそんな理由で襲われていたとは。ケチっているのは料理人だけじゃなく、そんな所もだったのか。なんて馬鹿馬鹿しいんだ。そんなことで四十人が死んだ。危うく俺まで殺されるところだ。

「あなた、これからどうするの?」

「え?」

「ギルドの依頼なんだろうけど、こんな状態じゃ継続は不可能でしょ? 町に戻るの? それとも、どこか別の所?」

「あ……はい、カケーナの町に……戻ります」

 ギルドにも報告が必要だろう。全員が殺され、任務は中止だ。また新しい仕事を探さなければならない。恐ろしい目にあった直後だが、自分の財布の中身が気になるのは変わらずだった。生きるのには金が必要だ。

「じゃあ、ちょうどいいわね。私もカケーナに用があるから、良かったら一緒に行かない? それに料理人なのよね? 町に行くまで料理人として雇うわ」

「……本当、ですか」

 それは願ったりかなったりだ。

 この地域は割と危険な地域だ。北にあるハインエア山脈という魔獣の巣窟から近く、魔獣と遭遇しやすい。俺一人で町まで帰るとなると、かなりの運が必要になる。途中で死ぬ確率が半分くらいだろう。

 アクリアスさんは強い。その強さは謎だらけだが、リザードマンを軽々と倒しているのだから、ちょっとくらいの魔獣なら平気のはずだ。一緒に街に向かってくれるというのなら、こんなに頼もしいことはない。

 初対面の女の人を頼るのは、何だか随分情けないような気もする。しかし、そんなプライドは魔獣相手には何の役にも立たない。

「お願いします。助かります」

「じゃ、行きましょうか。私の野営地はあっちにあるの」

「え、いいんですか……」

 女の人が一人。そんな場所に行ってもいいのだろうか。

「いいわよ、別に。それともなあに、この死体の山と一緒に夜明かししたいの?」

 アクリアスさんが並んでいる四十人分の死体を指さす。ぞっとしない光景だ。死んだ連中には悪いが、こんなところには居たくない。それに死体を漁る獣が寄ってくるかもしれない。魔獣除けは普通の動物には効かないから、狼とかがいればやってくる可能性はある。

「……お願いします」

「ところで、あなたの名前を聞いていなかったわね?」

「あ、はい。俺はケンタウリ・クリヤです」

 本当は栗谷健太郎だが、こちらではその名前で通している。健太郎はどうもこの世界の人には発音しにくいらしい。

「そう。じゃ、ケンタウリ。ついてきて」

 それがすべての始まりだった。フォルジナ・アクリアスと、俺の、長い旅の始まり。





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