第9話 言葉(ことのは)

何本もの放物線が、純の身体を包むように降り注いでいる。

白く透き通るような肌が、湯気の中で均整の取れたシルエットをボンヤリと浮かび上がらせている。


少年のような身体つきも、所々丸みを帯びて美しく息づいている。

キュッと締まったお尻は、マシュマロのような弾力を持っている。


顔に降り注ぐ湯に閉じられた目蓋には長い睫毛が跳ねあがり、小さな唇からは白い歯を覗かせている。

純は浴室から出ると、タオルを身体に巻いて大きな鏡の前に座った。


ドライヤーの風を当てると短い髪はミルミル早さで乾いていき、ブラシも使わないのに柔らかいウェーブを作っていった。

二十五才というのに、少年のような瑞々しい肌をしている。


ドライヤーを止めると、純は鏡を見つめながらため息をついた。

その息で一瞬白い曇りが広がったが、直ぐに消えてしまった。


ドライヤーを置こうとした時、タオルが落ちて純の白い肌が鏡の中に現れた。


「キャッ・・・」

純は小さく声を出してしまったが、そのまま自分の身体を見つめている。


(又、胸が大きくなったみたい・・・)


《えっ・・・?》

※注:作者の声です)


少年のような顔とアンバランスなバストが、ツンと上を向いて映っている。


《そ、それで・・・?》


ピンク色の小さな乳首は、薄い乳輪の中に埋まっている。

白く細い指が降りてきて、心の動機を静めるように押さえている。


純は・・・女であった。


《良かったー。一時はどうなるかと・・・》


(この頃、変・・・。

急に女っぽい身体になっていく・・・)


純は人前に出る時は、サポーターで胸を締め付けて膨らみを消していた。

事情は後程説明するが、女である事を隠していたのである。


美しい瞳を覆う、黒縁のメガネも度が入っていない。

男ばかりの現場にいるとホルモンが刺激されるのか、この頃妙に身体が彩づいてくるのが感じられる。


だが、他に理由がある事は自分でも解かっていた。

安田の事が心に入り込んでくる。


最初は嫌われているとばかり思っていたのだが、長く接している内に包み込むような視線を感じ取るようになっていた。

それに男らしく常に周囲の者達に気を配る態度が、清々しく思えるのだった。


日本の「サムライ」がイメージされる。


この間、ヤクザまがいの情報誌の押売りを追い返した時の安田を思い出すと、今でも胸がときめくのだった。

男に対してこんな感情を持ったのは、生まれて初めてであった。


両親がアブ・ノーマルという事もあるせいか、純は男に恋をした事がなかった。

と言うか、男性に対する意識が極端に欠如していたのである。


無理もないかもしれない。


幼い頃から男の見本(サンプル)として豊とロジャーを見てきたため、性に関しては頭の中で整理がつかないまま大人になった。

父の影響で好きな建築デザインに打込んだ事もあり、異性を意識したことはなかった。


そのせいかバストもヒップも余り大きくならず、ずっと少年のような体型でいたので、女の扱いを受けた事が無かったのだ。

それに、建築の世界ではその方が何かと都合の良い事が多かった。


日本の男社会では特にそうで、まして年配が幅を利かせている中で純のような若者は、それでなくても舐めれてしまうのだ。

その事を良く知っている父は、純を息子として紹介したのである。


しかし、さっきも言った通り日本に来てからの身体の変化に自分でも驚いている。

生まれ育った環境から抜け出した事が一番の要因であろうが、やはり安田の事を意識し始めた頃から顕著になっている。


そう、純は恋をしたのである。


安田の事を想う度に疼く胸の痛みが、両親にも相談できず一人悩む日々が続いている。

そうは言っても、嫌な悩みではなかった。


再び、安田の顔が浮かんでくる。

最近、見つめ返してくれるようになった男の顔が純の心に迫ってくる。


純の白い肌がポーと色づいてきた。


「アッ・・・」

自分の身体の変化に、小さな声を出した。


指をそっと動かしてみる。

微かに電流が走る。


すると埋まって見えなかった固まりが、徐々に姿を現してきた。


(ヤ・・ダ・・・)


純は無意識に膨らみの頂上に手を移動させると、今までに無い不思議で切ない感覚が身体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。


(あ・・・な、何だ・・ろう・・・?)


《うーん・・・。調子、出てきたぁ・・・(笑)》


身体が熱くなってくる。

ひいたばかりの汗が再び滲む。

チクチクした無数の静電気が、身体中を包む。


「ふぅ・・ん・・・」


吐息が漏れる。

長い睫毛がカーブを描く。


耳の付根まで、顔が赤く染まっている。

初めてのイタズラが、純を女に変える。


月が雲に隠れる。

純の目蓋が開いた。


そこには、ハッキリと大人の女として目覚めた光が妖しく宿っていた。

純のしなやかな指が踊る。


ぎこちなく、それでも確実に攻めていく。

プックリとした唇から白い歯を覗かせる。


熱い吐息と共に、声が出た。


「ハ・・ァ・・・

や、安田・・さ・・・ん」


潤んだ瞳を窓の外に向ける。

月が再び顔を出す。


純の顔に微笑みが浮かぶ。

遠くなる意識の中で男の名前を呼ぶ。


何度も、そう・・何度も・・・。

もう、雲の上にいた。


純の心が、月の光と同化する。

純の寝室では、微かな吐息が支配していた。


今日から、女を意識し始めた純であった。


《良かったぁ・・・(笑)》

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